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(31)改めてプロポーズはしっかりお受けします

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 思いの外、居酒屋での食事が楽しくて長居してしまった私たちは、その間に近くて遠い花火の音が聞こえて、それが目的で来たわけじゃないけど勿体なかったねと声を揃えた。
 ようやく居酒屋を出ると、吹き荒ぶ風の冷たさに酔いも吹き飛んで、私は身を震わせながら翔璃ではなく菜智と腕を組んで並んで歩いている。
「兄貴、アンタがうんって言ったら、今すぐにでも役所行くって言い出しそうじゃない、美都真」
「あはは、気軽に頷けないね」
「それ兄貴が聞いたら激怒するよ」
「そんな怒るかね。そりゃ嬉しいけど」
「けどじゃないの。同じようなことでウジウジしてる私が言うのもどうかと思うけど、あんな暴れ馬、アンタしか手懐けられないわよ」
 優吾と一緒に数メートル先を歩く翔璃を顎で指すと、自信のなさもそこまで行くと翔璃が可哀想になると、菜智もさすがに困った顔をする。
「カナダで一体なにを掴んで帰ってきたのやら」
「本当にね。自分に自信つけて帰ってきたはずでしょ」
 容赦なく脇腹をパンチされて、仕返しにマフラーの隙間に冷え切った手を突っ込んで菜智と騒いでいると、振り返った翔璃が置いて行くぞと呆れた顔で言う。
 そのまま酔い覚ましでのんびり歩いてホテルに戻ると、翔璃は当たり前のように優吾に鍵を渡してから、私の手を取ってエレベーターに乗り込んだ。
「あの二人置いてきちゃって良かったの」
「知らん。ここまで用意してやったんだ。泊まるか泊まらないかはアイツらの自由だし、好きにするだろ」
「なんだかんで面倒見が良いよね」
「ならそんな健気な俺を労って可愛がってよ」
 不意に顔を寄せられると、耳朶を甘噛みされて首筋にキスされる。
「ちょ」
 咄嗟に引き剥がして首筋を押さえると、目が潤んでると翔璃は楽しげに呟いて口角を上げ、意味深に私の唇を熱い指で優しく撫でた。
 ドキドキさせられて身体が甘く痺れだすと、絡めた指を緩やかに動かしながら、翔璃に手を引かれて廊下を歩き、今日泊まる部屋の前に辿り着く。
 どうしたってこのヒトが大好きで、誰にも渡したくないし、隣に立たせるのだって嫌だと独占欲が高まってくる。
 カードキーを差し込んでランプが緑に切り替わると、ドアノブを握った翔璃が部屋のドアを開ける。
「豪華な部屋は無理だったけど、それくらいは許し……」
 背伸びして翔璃の首に手を回すと、私からキスをして恐る恐る舌を絡めれば、すぐに応えるように肉厚な舌に絡め取られる。
「んふっ、ん」
 私から仕掛けたはずなのに、キス一つでも翻弄されてしまって、身体はどんどん甘く痺れて脚の狭間が淫らに潤う。
「玄関でやるの好きになっちゃった? 美都真はエロい子だな。ますます俺好み」
「違う」
 照れ隠しでリップ音を立ててキスをすると、抱擁を解いてマフラーとコートを脱いでクローゼットに掛ける。
 すぐに抱き留められてしまうけど、さすがに寒くてお風呂に入りたかった。
「お風呂入りたい」
「風呂でしたいとか、どんだけ煽るのよ美都真」
「そんなこと言ってないでしょ。体が冷えたから温まりたいの」
「んじゃお湯貯めて来てやるから、これ掛けといて」
 翔璃はマフラーを外してコートを脱ぐと、私の頭をポンと撫でてから、袖口を捲りながらバスルームに入って行った。
 私は翔璃のマフラーとコートをクローゼットに掛けると、窓際に置かれた向かい合う一人掛けのソファーに座って夜景を眺めた。
(菜智と優吾、ちゃんと付き合うのかな)
 眼下に広がるクリスマスイルミネーションを、どんな気持ちで眺めてるのか、それとも恋人同士で甘い時間を過ごしてるのか。
「ダメだな。なんか変な感じ」
 つい保護者目線の穿った見方をしてしまって小さく首を振る。
「なにがダメ?」
 戻って来た翔璃からフワッと甘い香りがして、思わず抱き付いて匂いを嗅ぐと、甘えてるのかと髪を撫でられる。
「なんでもないよ。それよりこれなんの匂い?」
「ああ、入浴剤だろ。バスミルクがあったから使ったんだよ。お前先に風呂入ってて。俺コンビニ行って飲み物とか適当に買ってくるから」
 身を屈めて軽く触れるだけのキスをすると、翔璃は名残惜しそうに腕をほどいて、寝かせないからなと意味深に笑ってその場を離れる。
 そう言われるのは初めてじゃないのに、妙に含みを持たせて妖艶な笑みを向けられると、キスした時みたいに身体がぞくりと震えた。
 再びコートを着込んだ翔璃が部屋を出るのを見送ると、特にすることもないのでバスルームに向かってお湯を止めて服を脱ぎながら、ふと結婚について考える。
 バスルームに一歩足を踏み入れると、確かにさっき翔璃から漂っていた甘い香りが、白い湯気と共に立ち込めている。
「なんだろう? 百合の香りかな、いい匂い」
 髪と体を洗うと、ヘアゴムでお団子を作って髪をまとめて、ようやく湯船に体を沈めて大きく伸びをする。
 今ではそこに着けていることに違和感がなくなった、左手の薬指にはまった指輪を見つめると、右手をそこに重ねて静かになぞる。
「翔璃はずっと、本気だったんだよね」
 再会してすぐにこれを買いに行くことになって、跪いてこの指輪をはめて、あたかも結婚するのが当たり前みたいに、その日のうちに親にまで挨拶に行って頭を下げたんだっけ。
 こんなことして別れたら目も当てられないって、心の中で冷ややかな気持ちがなかった訳じゃないし、あの時は翔璃の気持ちを疑ってしかいなかった。
 この指輪に見合う存在でありたいと思って、また大きく伸びをすると、不意にバスルームのドアが開いて裸の翔璃が入って来た。
「ううっ、寒い、美都真ちゃん抱いて!」
「うわ、びっくりした! 抱いてって、しかも美都真ちゃんってなに」
「外めちゃくちゃ寒かった。早く浸かりたいから詰めて」
「ダメ。ちゃんと体洗って」
「抱かないし浸からせないとか、お前は鬼畜か」
 被害者づらで翔璃は泣き真似をすると、勢いよくシャワーを出して寒い寒いと繰り返しながら、体が温まるまでは滝行のように微動だにせずに、熱いシャワーを浴びている。
「そんなに寒かったの」
「めちゃくちゃ寒かった。雪降って来たし」
「そうなの」
「そうだよ」
 答えてからようやく頭を洗い始めた翔璃と入れ替わるように、充分体の温まった私はバスルームを出ると、バスローブを羽織って、スキンケアを済ませてから髪を乾かした。
 翔璃がそうしてくれたのか、暖房が効いた部屋はぽかぽかしていて、窓にはうっすらと結露が浮かび、眺める景色には聞かされた通り雪が舞っている。
「美都真、寒いハグして」
「お風呂であったまらなかったの」
 駆け寄って来たかと思えば、ポカポカした体にハグされて、こんな風に甘える姿もなんだかんだで可愛いと思ってしまう。
「はい。これ着けて」
 そう言って翔璃に握らされたのは、シンプルなデザインのプラチナリングだ。
「翔璃、これ……」
「間違うなよ。俺の左手の薬指だからな」
 確かに私にしてはサイズが大きな指輪を、小さく頷いてから翔璃の手を取ってゆっくりとはめる。
「これで良いの?」
 腕の中から抜け出して、振り返って翔璃を見ると、指輪の着いた手をグーパーするように何度も握っては解放して楽しそうに笑顔を浮かべている。
「うん。最高」
 そして私をソファーに座らせたかと思うと、目の前で跪いて恭しく私の左手を手に取って破顔する。
「美都真、おばあちゃんになっても誰にも渡したくない。ずっと俺のそばに居て」
「翔璃」
 答えるより先に指輪が二つに増えた。
「また聞かないで着けちゃった」
「ふふ、二回目だね。でも答えはもちろんハイだよ」
 愛してるよと答えながらソファーから飛び降りて翔璃に抱き付くと、大胆だなとそのまま抱きかかえられてベッドに運ばれ、甘くて激しいキスを浴びる。
 どうしたって私は翔璃が大好きだから、この腕に愛しげに抱かれるのをやめられない。
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