ヤリチンが一途なワケないですが、その執愛は思った以上にガッツリ系でした。

(27)DNAがそうさせるなら仕方ない

　会社では宮野さんたちのメール騒動がようやく落ち着いたと思ったら、ルークが出向してきたことで、相変わらず私の周りは騒がしい。
　クリスマスも近付いて、ようやく迎えた週末に菜智から連絡を受けた私は、たまにはうちに遊びに来ないかと自宅に菜智を呼び寄せた。
「飲み物は結構あるから、好きなの適当に飲んでね」
　料理を用意しながら、グラスとビールを取りに来た菜智に、棚を指して他のお酒もあるよと声を掛ける。
「ねえ美都真、突然兄貴来たりしないよね」
「菜智が泊まるって言ってあるし、万が一来るとしても連絡なしってことはないと思うよ」
「そっか。なんかごめんね、クリスマス前の貴重な週末に」
「もしかして気ぃ遣ってんの？　やめてよ」
　大量に揚げた唐揚げと蒸しエビ、茹でたブロッコリーやオクラとかぼちゃ、適当に作ったマヨネーズベースのディップソースを用意すると、トーストした食パンを一口大にカットする。
　それとは別に、菜智用にフェットチーネのカルボナーラを二人前用意した。大盛りで。
「おつまみこんなもんで良いよね」
「唐揚げあるだけで無限に呑めるわ」
「だからこんなに揚げたんだよ」
　三キロだからねと指を三本立てて、テーブルに乗り切らない料理の数に笑いながら、狭いテーブルの前に並んで座るとまずはビールで乾杯する。
「それで？　今日はなんの話。前に言ってた優吾のことかな」
「うん。その……友だちとして聞いて欲しいんだけど」
「なにそれ、なんか気不味い話なの」
「優吾と寝た」
「ヴォッ」
　ビールを噴いた私に、菜智は想定内の顔をしてティッシュを三、四枚引き抜いてから箱ごと押し付ける。
　なんとなく想像はしてたけど、言葉にして聞くとなるとそれなりに衝撃が大きくて自分でも驚いた。
「ごめん。でも美都真に相談したくて」
「いや、全然構わないけど、いつの間にそこまで進展したの？　告られてるの拒んでるって話だったよね」
「一昨日。会社の子と食事した帰りに偶然会って、ちょっと呑み足りなくて二人でバーに行って、その後……そういう雰囲気に」
「わお。急展開だね」
　蒸しエビと野菜をディップソースにつけて頬張ると、菜智はフォークを持ったまま固まってしまっている。
「とりあえず冷めないうちに食べてよ。で、結局はなにを相談したいの」
「なにって」
「その夜のことを後悔してるのか、寝てみて男として見れることが分かったのか、どっちかでしょ」
　菜智の性格からして多分後者。きっと三十が視界に入る二十八って年齢が、まだ二十三の優吾相手に真剣になって良いのかとブレーキを掛けてるんだと思う。
「後悔はしてない。でも私なんかじゃ優吾の邪魔になる気がして」
「なんで。五つも上だから？　私と翔璃が五つ離れてたら反対するの」
「するワケないでしょ、兄貴は男だし。でも私はもう三十見えてるのに、いくら昔から知ってるからって大学出たばっかりじゃん、優吾」
「出たばっかりって、もう一年近く社会人してるじゃない。そりゃ経済力の安定性は低いけど、これから伸びしろあるんじゃないの。知らないけど」
　唐揚げ冷めちゃうよと七味を振り掛けて頬張ると、パリッとした歯応えなのに、中からジュワッと肉汁が溢れ出して、口の中で冷ますようにそれを転がす。
「私だからじゃなくて、弟が五つも離れた歳上の彼女連れてくるの微妙じゃない？」
「そう言われてもね、相手は菜智なワケだし。優吾の初恋みたいなもんでしょ。姉としては反対する理由の方が見当たらないかな」
「じゃあ友だちの立場で、五つも歳下の学生とそう変わんない彼氏作るのどう思う？」
　菜智はようやくパスタを頬張ると、二人前のカルボナーラが一気に吸い込まれていく。
「相手も大人だから良くない？　別に思春期の十代の子に手を出した訳でもないし、相手も本気なら良いと思うよ。まあ優吾だって分かってるから遊びじゃないと仮定してるけど」
　立ち上がってウイスキーと炭酸水を手にリビングに戻ると、もう五分の一ほどの量しか残っていないカルボナーラの最後の一口を菜智がフォークに巻き付けていた。
「年齢的にさ、先が見えない付き合いはしたくないんだよね」
「優吾はなんて言ってるの」
「気が早いけど結婚したい……って言われた」
「あはは。確かに気が早い気はするけど、そこまでの覚悟は本当だと思うな。菜智はそこまで考えられないの」
「優吾の選択肢も世界も奪っちゃう気がして」
「だったら簡単に身体許すんじゃないよ」
「ごもっともだけど、可愛くてさ」
「なら責任取ってもらいな。優吾は嘘吐かないし約束も守るよ。大好きって気持ち受け止めてみたら？」
　パスタもっと茹でようかと皿を片付けると、唐揚げを頬張りながら、今度はナポリタンが食べたいと菜智の呑気な返事が返ってくる。
「付き合ってみて、文句言い出したりしないかな」
「どうかな。ちっさい頃からナっちゃん、ナっちゃんてやかましかったからね。今更でしょ」
　スライスして冷凍してたピーマンと玉ねぎを取り出すと、ハムを刻んで炒めてチンしたパスタを入れて炒め、ケチャップと顆粒のコンソメを少し足して味付けする。
「なんかこれだけ悩むのってさ、私、優吾のこと好きってことなんだろうね」
「菜智って結構バカだよね」
「は？」
「私も菜智のこと強く言えないけど、自分のことになると感覚鈍るんだろうね。本気で好きだから失敗したらどうしようとか、ありもしないこと思い浮かべるんだよ」
　大皿に盛った二人前のナポリタンを菜智の前に置くと、あんなにあった唐揚げがもうなくなり掛けている。
「うわぁ、美味しそう。でもさ、ありもしないことじゃないじゃん」
　早速パスタを頬張って、美味しいと笑顔で呟きながら、恋愛は予測できないものだしと菜智が答える。
「それこそ付き合ってみないと分からないでしょ。私も翔璃怒らせて不穏な空気になったし」
「兄貴が？　嘘でしょ。それヤキモチ拗らせただけとかじゃないの」
「違うよ。私が自分に自信持たなさすぎて、翔璃の気持ちを疑うようなこと言ったの。お前を好きだと変なのかって、めちゃくちゃ怒ったよ」
「あぁね。アンタまだそんなこと言うんだ」
「もう言わないけど、卑屈なのはなかなか治らないもん」
　結局のところ多分誰だって、好きな人の前では自信がなくて、自分ばっかり相手のことを好きなだけなんじゃないかって、くだらないことで悩んだりするのかも知れない。
　優吾を見てれば分かりやすいほど目がハートになってるのに、菜智ですらそんな風に悩むんだから、恋って感情は面白い。
　優吾と付き合うとして、お互い実家のままでは気不味いから部屋を借りようかどうしようかと菜智が頭を悩ませる。
「それなら同棲したらいいじゃない」
「やだよ。それで別れたら目も当てられないじゃない」
「なんで別れるの前提なのかな」
「だって優吾まだ二十三だよ？　会社の付き合いとか、本当それこそ色々とこれからじゃん」
「だから一緒に住んで、財布の管理もしてやってよ。無駄遣いする子じゃないけど、結婚資金とかちゃんと貯められるのか謎だもん」
「結婚資金って」
　困ったような照れた笑顔に、姉弟そろって植垣のDNAに打ち負かされて、思えば昔からこの兄妹には弱かったと言うか、好きにならずにはいられなかったなと、少しだけ違うことに思いを馳せた。