ヤリチンが一途なワケないですが、その執愛は思った以上にガッツリ系でした。

濘-NEI-

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(17)弱り目に祟り目とはこういう状況ですね

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 せっかくの連休も、あの夜のことが切っ掛けで翔璃と気まずくなって、私は自宅に引きこもって週明けの月曜日を迎えた。
「飯嶋さん、顔色悪くないですか」
「え、そうかな。いつもとファンデーション違うからかも」
 心配して声を掛けてくれた清永さんに、貼り付けたような笑顔で答えると、パソコンに視線を戻して作業に戻る。
 今取り掛かっているのは、人気に火がつき始めた女性向けライトノベル『自称白銀の貴公子(イケメン)が、築五十年の木造二階建てボロアパートの押し入れに住んでます』、通称ジショイケの新規ライセンス営業だ。
 少しイレギュラーなこの業務では編集や営業と連携して、緻密に組まれたスケジュールをこなすのが結構骨が折れる。
 なのに私ときたら、翔璃とのことが尾を引いて集中力を欠いてしまい、朝イチで確認するべき業務で凡ミスをやらかしてしまった。
「珍しいですね。飯嶋さんらしくないというか」
 営業と編集に頭を下げに行ってフロアに戻ると、ランチを食べ逃した私に、わざわざ駅前のカフェに行ってくれたのか、清永さんがデスクにカフェラテとベーグルを差し入れてくれる。
「ごめん、いくらだった?」
 カバンから財布を取り出そうとすると、それを制した清永さんは少し怒ったように違いますと言った。
「こういう時は、ありがとうで良いんです」
 その口ぶりが、まるでイーサンやエリオットみたいで、私は思わずそうだよねと苦笑いした。
「ありがとね、清永さん」
「それよりちょっと変な噂を耳にしたんですけど」
「ん?」
「編集の榊さんが、飯嶋さんに、その……彼氏を寝取られたとかどうとか」
「は?」
 全く身に覚えのない話に驚くと、清永さんはやっぱりといった様子で、今晩ご飯食べに行きませんかと気遣って声を掛けてくれた。
「仕事中に話せる内容でもないですし、今日が無理なら別の日でも良いんですけど」
 多分、彼女は興味本位ではなく私の力になりたいと思ってくれていて、噂になっている話はそれだけ厄介なのか、直接私の耳に入れておきたい話なんだろう。
「分かった。じゃあ今日仕事終わりにね」
「はい。お店は適当に見繕っときますね」
「ありがとう」
 気を取り直して仕事に戻ると、ライセンシーからの翻訳出版提案のメールをチェックして、それぞれ返信のメールを作成していく。
 作業をこなしながら、そういえば営業と編集に頭を下げに行った時周囲からの視線には違和感があったことを思い出す。
 もしかしなくても、清永さんが言っていた榊さんの話が出回っているんじゃないだろうか。
 ただの気のせいかも知れないけど、中途採用でこの会社に勤めてまだ一年も立っていない新参者の私と、新卒から五年も勤務してる彼女では、周りに与える影響力も違うだろう。
 どうしてそんなことになったのかよく分からないけど、榊さんは初対面の時から私に対して牙を剥いて来たので、良い印象はないのはこちらも同じだ。
 とにかく仕事中なので、詳しい話は食事の時に聞くとして、今は仕事に集中すべきと気持ちを切り替えると、私はキーボードを叩く指のスピードを上げた。
 そして十八時を過ぎた頃、キリのいいところで作業をやめてパソコンの電源を落とすと、清永さんも仕事を終えたらしく、二人揃ってフロアを出てエレベーターに乗り込む。
「駅の反対側にあるダイニングバーなんですけど、個室が空いてたんで多分ゆっくり話せます」
「本当? ありがとう」
「いえいえ。それより彼氏さんとの約束とか大丈夫でしたか」
「全然。元々予定なかったし気にしないで。それより清永さんこそ、彼氏とデートの約束とかなかったの?」
「この連休ずっと一緒だったんで、そこは全然大丈夫です」
「仲良いんだね」
 たわいない話で雑談しながら駅の反対側のダイニングバーまで歩くと、案内された個室に入って脱いだコートとストールを椅子に掛けて鞄を置く。
「素敵な指輪ですね」
 清永さんはにっこり笑うと、私の左手を見てエンゲージリングですよねと聞くのを我慢していた様子で話し掛けてきた。
「ああ、うん。まあね」
「ご結婚の時期は決まってるんですか」
「いや、そういうのは全然。それにもしかしたら結婚しないかも知れないし」
 翔璃を怒らせてしまって、その上言わせてしまった言葉のショックが大きくて、謝ったりフォローすら出来ずに今日を迎えてしまったことを思い出す。
 一気に気落ちした私に困惑した顔を浮かべながら、清永さんは元気付けるように明るい声で笑顔を浮かべた。
「とりあえず、呑みながらゆっくり話しますか」
「そうだね」
 早速スタッフを呼んでオーダーを済ませると、料理がある程度運ばれてきてから、お話しするか迷ったんですけどと清永さんが話を切り出した。
「榊さんの話ですけど、どうやら以前宮野さんと付き合ってたみたいで、だけど宮野さんあの通りイケメンでモテるんで、一方的に振られて別れたみたいなんですよ」
 ボトルで頼んだ白ワインをグラスに注いでいると、ここは魚介類が美味しいんですよと、清永さんが注文したカルパッチョを小皿に取り分ける。
「へえ……え? ちょっと待って。まさか」
「ええ。多分榊さんが振られた時期と、宮野さんが飯嶋さんにちょっかいかけ始めたのが同じ時期で、榊さんが勝手に思い込んでる節があって」
「だからって寝取られたなんて」
「それだけじゃないんです」
「まだあるの」
 そんな勝手な嫉妬心での思い込みだけでも迷惑なのに、その上なにがあると言うんだろうか。
「例のイケメンの翻訳家の先生を飯嶋さんが誑かして、虫除けに榊さんを担当から外させたって言い回ってるらしいんです」
「えぇえ」
 榊さんが翔璃を必死に口説いてたらしいことは、確かに翔璃本人から聞いていたし、それでクレームが入って男性編集に担当が変わった話も聞いている。
「飯嶋さん美人だし素敵な方なんで、榊さんはそれが面白くないらしくて、被害者ぶって噂話になるように言い広めてるみたいで」
「でも、宮野さんと私なんてなにも接点ないよ? そもそも飲み会ですら行ったこともないから、二人きりでなんて会ったこともないし」
「言いにくいんですけど、飯嶋さんが遊び慣れてて、その……宮野さんをつまみ食いしてすぐ捨てたって話なんです」
「うわぁ」
 そんな話になってるのであれば、確かに私が宮野さんを冷たくあしらっていても、側から見れば、未練がある宮野さんと、アバズレな私が逃げてるように見えるのかも知れない。
「榊さんアレでも男性社員から人気があって、周りがチヤホヤするもんだから、そういう噂が流れ始めたのかと」
「そうだったんだね」
 全く予想だにしていないところで、とんでもないキャラ設定を背負わされてしまった。
 デブの次はビッチかと、カナダに居た頃にも同じような嫌がらせを受けたことを思い出して、溜め息を吐いた。
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