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(5)エッチに興味はあるけど恋のハードルは高い
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大学を卒業して六年、カナダの出版社で働いていた私は、三年目に経済誌からファッション誌に異動して強烈な嫌がらせの洗礼を受け、まさしく心身共に削られる日々を送った。
そこに嬉しい誤算があったとすれば、意図せずして完全にダイエットに成功したことくらいかも知れない。
もちろん自分を変えるために大学時代も運動や食事には気を配っていたし、体重が落ちなかった訳じゃない。でも人よりぽっちゃりしてたし、まだまだ痩せるお肉を蓄えていたのは事実。
そうして精神的にも肉体的にも鍛えられ、ファッション誌の仕事にも慣れてきた頃、私が上司に呼び出されたのは、カナダの市民権を取得するのどうかについてだった。
「ミトマに新たなポストを任せるか判断に困ってるの」
「外国人である、今の状態では無理ってことですね」
「上が納得しないからね。決めるのは貴方自身よ」
既に永住権の取得は済ませていたけど、私自身がずっとカナダに住んで生活するかどうか、迷っていることに上司は気付いていたんだと思う。
市民権を取得すれば、いよいよ日本国籍を捨てることになるし、仕事はもちろんやり甲斐も感じていたけど、送り出してくれた家族や菜智の顔がふと浮かんでしまった瞬間に私は悟った。
(私、ずっとここに居たいワケじゃないんだな)
日本での転職活動は思っていたよりも大変だったけど、上司の推薦状は想像した以上に強力な後押しをしてくれて、私は結局それを切っ掛けに日本に帰国することを決めた。
「ヒュウ。どこのゴージャスなお姉様かと思ったらミトマじゃないか」
「また、そうやって揶揄う」
「揶揄ってないよ。本当にゴージャスになったよ」
そもそもバンクーバーに出た私とは違い、地元のカルガリーに戻ったイーサンたちとは、仕事が忙しくてなかなか会うことが出来ず本当に久しぶりに会う。
「でもミトマが日本に帰っちゃうなんて」
「本当に急だよ。ルークは知ってんのか」
久々に会う約束をしたイーサンとエリオットは、大きな喧嘩もなく、相変わらず仲が良いパートナー同士。
片や私と言えば、同じくバンクーバーで働くルークとは今でも気心知れた関係で、デートみたいに出掛けることはあっても恋人とは言えないし、もちろん身体の関係もない。
「もちろん知ってるよ。凄く反対されたけど」
「そりゃ反対もするだろ」
「早く応えてあげないと、ルークは七年も待ってくれてるのに」
「いやいや、待たせてるワケじゃないよ。ルークとはただの友だちだから」
カナダに長く住んでみて、友だちは男女問わずたくさん出来たし、仕事も色々と経験できたと思う。
明るく染めた髪、ファッション誌のエディターとして、必要最低限の常識だと言われて覚えたファッションやメイク、ネイルの手入れ、そして仕事のストレスからガクッと落ちた体重。
ルーク以外にもデートする相手が居なかった訳じゃないけど、恋にまで発展することはなく、かと言ってワンナイトで経験を積むこともなかった私に、恋愛のアレコレは分からない。
二十八にもなって私の身体の敏感な所に触れたのは、結局ディルドとヤリチン男だけなのは、口が裂けても人には言えない。
だけどハジメテがディルドではなかったことに関しては、翔璃にちょっとだけ感謝してる。初体験がディルドじゃあまりにも辛すぎる。
そんなくだらないことに意識を取られていたら、話を聞いてないだろうと、私に冷ややかな視線を向ける二人にハッとして我に返る。
「ミトマ、今からでも遅くないよ。考え直さない?」
「なにを? 帰国のことならもう仕事も見つけたし、家も借りちゃったから」
転職先の株式会社ユニバーサルブックスは、人気ウェブ小説の書籍化やコミカライズだけでなく、DVDやキャラクターグッズ、2.5次元舞台などを企画・制作もする会社らしい。
会社の情報が不明瞭なのは、私の所属は海外事業部で、海外書籍を取り扱う吸収合併した会社が母体となるイレギュラーな部署だからだ。
「でもミトマ、そんなにゴージャスになって日本に戻ったら知り合いは驚くんじゃないか」
イーサンは楽しげに肘をついて、綺麗になったよねと努力を認めてくれる。
「どうだろうね。友だちとはビデオ通話してるし、同級生とかは連絡取ってないから、会ったとしても分からないだろうね」
「ミトマの外見を揶揄って笑ってたヤツらか。本当に下品だよね」
「いや、アレは私にも責任があって、言い返していじめられるのが嫌だったらからさ」
「これからはそんなことないと思うけど、笑顔にするのと、堪えてまで笑われることは違うんだからな」
エリオットは菜智と同じようなことを言う。だから私はこの二人が大好きだ。
「大丈夫よ。誰の親友だと思ってるの」
私が強気に返すと、エリオットは満足そうに笑って、乾杯しようとグラスを傾ける。
リバウンドなくダイエットに成功したことで、肉体的な変化だけで自信が持てると思い込んでたけど、長年卑屈に生きてきた私にとって、中身までは変えられなかった。
それを叱咤して鼓舞してくれたのは、紛れもなくイーサンとエリオットで、もちろんルークも私を支えてくれた。
「ごめん、遅くなったみたいだね。あれ、俺も呼ばれてたよね」
イーサンやエリオットと雑談しながらお酒を楽しんでると、そこに颯爽と現れたルークが合流する。
「おお、ルーク! 久しぶりじゃないか」
「ハイ、ガイズ。本当に久しぶりだね」
立ち上がったイーサンやエリオットとハグすると、さりげなく私の隣に座ったルークが、今日も綺麗だねと極上の微笑みを浮かべる。
「珍しく仕事が立て込んじゃってね。お待たせ」
「大丈夫だよ。そんなに待ってないし」
「やれやれ、王子がこんなに尽くしてるのに、お前は冷たいお姫様だねミトマ」
ルークの様子を見て、エリオットがわざとらしく額に手を当てて嘆かわしいと悲痛に訴える。
「本当にね、ミトマはルークに冷たいと思うよ」
「冷たくなんかないよ。ルークもちゃんと言ってやってよ。ソフィアって可愛い恋人の話」
私が笑いながらルークの肩を叩くと、イーサンとエリオットは信じられない物でも見るように目を見開いて、口をパクパクさせている。
「ルーク、二人に話してなかったの」
「そうかも知れないね」
困ったように笑うルークに、黙ってて欲しいことだったのかとすぐに謝ると、構わないよと優しい笑顔が返ってくる。
「マジかよ王子」
「本当にいいの? ルーク。キミにとってのプリンセスはミトマしかいないはずだろ」
「だから、私たちはそういうんじゃなくて友だちだって言ってるでしょ」
「ふふ、ミトマは確かにプリンセスだけど、俺なんかでは手が届かないクイーンかもね」
「ルークまで悪ノリしないでよ。冗談ばっかり」
少しだけ緊張するような空気の中で、それでも私は友人で居てくれるルークの優しさに甘えている自覚はあった。
もっと素直に、もっと自信が持てていれば、彼には向き合えたかも知れない。だけどそれをしなかったのは私の意思だし、友だちでいることを望んで彼に求めたのも私。
「それで、今日はそのキミのプリンセスの話を聞かせてくれるの」
イーサンの言葉が切っ掛けに、飲み会は大いに盛り上がった。
そこに嬉しい誤算があったとすれば、意図せずして完全にダイエットに成功したことくらいかも知れない。
もちろん自分を変えるために大学時代も運動や食事には気を配っていたし、体重が落ちなかった訳じゃない。でも人よりぽっちゃりしてたし、まだまだ痩せるお肉を蓄えていたのは事実。
そうして精神的にも肉体的にも鍛えられ、ファッション誌の仕事にも慣れてきた頃、私が上司に呼び出されたのは、カナダの市民権を取得するのどうかについてだった。
「ミトマに新たなポストを任せるか判断に困ってるの」
「外国人である、今の状態では無理ってことですね」
「上が納得しないからね。決めるのは貴方自身よ」
既に永住権の取得は済ませていたけど、私自身がずっとカナダに住んで生活するかどうか、迷っていることに上司は気付いていたんだと思う。
市民権を取得すれば、いよいよ日本国籍を捨てることになるし、仕事はもちろんやり甲斐も感じていたけど、送り出してくれた家族や菜智の顔がふと浮かんでしまった瞬間に私は悟った。
(私、ずっとここに居たいワケじゃないんだな)
日本での転職活動は思っていたよりも大変だったけど、上司の推薦状は想像した以上に強力な後押しをしてくれて、私は結局それを切っ掛けに日本に帰国することを決めた。
「ヒュウ。どこのゴージャスなお姉様かと思ったらミトマじゃないか」
「また、そうやって揶揄う」
「揶揄ってないよ。本当にゴージャスになったよ」
そもそもバンクーバーに出た私とは違い、地元のカルガリーに戻ったイーサンたちとは、仕事が忙しくてなかなか会うことが出来ず本当に久しぶりに会う。
「でもミトマが日本に帰っちゃうなんて」
「本当に急だよ。ルークは知ってんのか」
久々に会う約束をしたイーサンとエリオットは、大きな喧嘩もなく、相変わらず仲が良いパートナー同士。
片や私と言えば、同じくバンクーバーで働くルークとは今でも気心知れた関係で、デートみたいに出掛けることはあっても恋人とは言えないし、もちろん身体の関係もない。
「もちろん知ってるよ。凄く反対されたけど」
「そりゃ反対もするだろ」
「早く応えてあげないと、ルークは七年も待ってくれてるのに」
「いやいや、待たせてるワケじゃないよ。ルークとはただの友だちだから」
カナダに長く住んでみて、友だちは男女問わずたくさん出来たし、仕事も色々と経験できたと思う。
明るく染めた髪、ファッション誌のエディターとして、必要最低限の常識だと言われて覚えたファッションやメイク、ネイルの手入れ、そして仕事のストレスからガクッと落ちた体重。
ルーク以外にもデートする相手が居なかった訳じゃないけど、恋にまで発展することはなく、かと言ってワンナイトで経験を積むこともなかった私に、恋愛のアレコレは分からない。
二十八にもなって私の身体の敏感な所に触れたのは、結局ディルドとヤリチン男だけなのは、口が裂けても人には言えない。
だけどハジメテがディルドではなかったことに関しては、翔璃にちょっとだけ感謝してる。初体験がディルドじゃあまりにも辛すぎる。
そんなくだらないことに意識を取られていたら、話を聞いてないだろうと、私に冷ややかな視線を向ける二人にハッとして我に返る。
「ミトマ、今からでも遅くないよ。考え直さない?」
「なにを? 帰国のことならもう仕事も見つけたし、家も借りちゃったから」
転職先の株式会社ユニバーサルブックスは、人気ウェブ小説の書籍化やコミカライズだけでなく、DVDやキャラクターグッズ、2.5次元舞台などを企画・制作もする会社らしい。
会社の情報が不明瞭なのは、私の所属は海外事業部で、海外書籍を取り扱う吸収合併した会社が母体となるイレギュラーな部署だからだ。
「でもミトマ、そんなにゴージャスになって日本に戻ったら知り合いは驚くんじゃないか」
イーサンは楽しげに肘をついて、綺麗になったよねと努力を認めてくれる。
「どうだろうね。友だちとはビデオ通話してるし、同級生とかは連絡取ってないから、会ったとしても分からないだろうね」
「ミトマの外見を揶揄って笑ってたヤツらか。本当に下品だよね」
「いや、アレは私にも責任があって、言い返していじめられるのが嫌だったらからさ」
「これからはそんなことないと思うけど、笑顔にするのと、堪えてまで笑われることは違うんだからな」
エリオットは菜智と同じようなことを言う。だから私はこの二人が大好きだ。
「大丈夫よ。誰の親友だと思ってるの」
私が強気に返すと、エリオットは満足そうに笑って、乾杯しようとグラスを傾ける。
リバウンドなくダイエットに成功したことで、肉体的な変化だけで自信が持てると思い込んでたけど、長年卑屈に生きてきた私にとって、中身までは変えられなかった。
それを叱咤して鼓舞してくれたのは、紛れもなくイーサンとエリオットで、もちろんルークも私を支えてくれた。
「ごめん、遅くなったみたいだね。あれ、俺も呼ばれてたよね」
イーサンやエリオットと雑談しながらお酒を楽しんでると、そこに颯爽と現れたルークが合流する。
「おお、ルーク! 久しぶりじゃないか」
「ハイ、ガイズ。本当に久しぶりだね」
立ち上がったイーサンやエリオットとハグすると、さりげなく私の隣に座ったルークが、今日も綺麗だねと極上の微笑みを浮かべる。
「珍しく仕事が立て込んじゃってね。お待たせ」
「大丈夫だよ。そんなに待ってないし」
「やれやれ、王子がこんなに尽くしてるのに、お前は冷たいお姫様だねミトマ」
ルークの様子を見て、エリオットがわざとらしく額に手を当てて嘆かわしいと悲痛に訴える。
「本当にね、ミトマはルークに冷たいと思うよ」
「冷たくなんかないよ。ルークもちゃんと言ってやってよ。ソフィアって可愛い恋人の話」
私が笑いながらルークの肩を叩くと、イーサンとエリオットは信じられない物でも見るように目を見開いて、口をパクパクさせている。
「ルーク、二人に話してなかったの」
「そうかも知れないね」
困ったように笑うルークに、黙ってて欲しいことだったのかとすぐに謝ると、構わないよと優しい笑顔が返ってくる。
「マジかよ王子」
「本当にいいの? ルーク。キミにとってのプリンセスはミトマしかいないはずだろ」
「だから、私たちはそういうんじゃなくて友だちだって言ってるでしょ」
「ふふ、ミトマは確かにプリンセスだけど、俺なんかでは手が届かないクイーンかもね」
「ルークまで悪ノリしないでよ。冗談ばっかり」
少しだけ緊張するような空気の中で、それでも私は友人で居てくれるルークの優しさに甘えている自覚はあった。
もっと素直に、もっと自信が持てていれば、彼には向き合えたかも知れない。だけどそれをしなかったのは私の意思だし、友だちでいることを望んで彼に求めたのも私。
「それで、今日はそのキミのプリンセスの話を聞かせてくれるの」
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