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(44)同じ景色
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王宮の東の区画。贅を尽くした豪奢な作りの客室の長椅子に腰掛けると、デルザリオはいまだ小さく震えるパメラを抱き寄せてその背をゆっくりと撫でる。
「カミーリアが言ったことが気になるか」
「まだよく分からないんです」
「しかし、以前も話した養蚕の知識にしろ、お前の親には不思議な点があることも事実だ」
「はい。あのヒートの夜の出来事も」
「ああ、こいつらがひどく騒いだあの夜のことだな」
デルザリオはパメラから体を離すと、その髪の先を一房掬い、いつかの様にそこに口付けを落とす。
パメラの話では、精霊たちから両親の死についての話を打ち明けられた際に、贖罪からなのか神の祝福を与えられたと言う。
「アシャノンは両親のことを神の御子と言い、私が知るように二人のことをオリビアとオーブリー、そう呼んでいました」
「精霊であった時の名がそうだと」
「アシャノンの話が本当だとして、両親は私を授かったから記憶が戻ったと聞きました。カミーリアさんのお話に出てきた二人が、国を追われ人としての名前を捨てたのなら、あるいは本当に両親のことではないのかと」
「つまりは消えた花嫁がお前の母だと」
「分かりません。でもこの耳飾りは元々母が身につけていたんだそうです。本当に母がオネストルの王女だとしたら、この耳飾りが私の出自を証明するものになるんだと思います」
パメラは耳元で輝く耳飾りにそっと触れると、困惑した表情のままでそう答えた。
デルザリオもパメラの出自については思うところがある。まずはその言葉遣いだ。
ケイレブやアイルーンを見ていれば分かるが、貴族ではない育ちの者は大抵の場合砕けた物言いをする。
パメラは幼い頃から旅一座の針子として生きてきたにも拘らず、ケイレブたちのように砕けた物言いをしない。
そしてその美貌だ。オメガであることを差し引いても人目を引く美しさ。陽の光に煌めく見事な金髪は貴族を多く知るデルザリオでも見たことがなく、薄く透けるような白い肌も珍しい。
「両親のことを知りたくなるのは当然だが、お前が期待した答えが出るとは限らないぞ」
「それは分かっています」
「ならばその話は兄上にお任せしよう。なにか考えがあるようだったからな」
「はい」
パメラは小さく頷いてデルザリオの手を握った。
「さて。少し話を戻して悪いが、聞いてもいいだろうか」
「はい。なんでしょうか」
「神の祝福についてだ」
デルザリオが呟くと、案の定周りを飛び交う精霊たちがざわざわと騒ぎ始める。
パメラが神の祝福を与えられたという日以降、実際に彼女はヒートの苦痛から解放されていたし、デルザリオが興奮状態からラットに似た覇気を放っても乱れ狂うことがなくなった。
「まだあれが夢だったのか現実だったのかは曖昧なんですが、あの日以来この子たちの姿がより一層はっきり見えるようになったのは事実です」
「声はどうだ、聞こえるか」
「大抵は楽しそうに笑っているような賑やかなものですが、稀に慰めるような言葉がはっきりと聞こえる時もあります」
「そうか」
それはデルザリオの聞こえ方と少し違っている。
デルザリオには精霊たちの声が幾重にも重なって、それぞれがなにを話しているか聞き取れずに騒がしく感じることがほとんどだ。
その中で危険なことや知らせたいこと、強い思いがある時だけ、拾い上げたように大きな声で聞こえてくる。
そのことをパメラに説明すると、パメラは可笑しそうに笑顔を作った。
「だから精霊たちが騒がしいと難しい顔をなさるんですね」
「本当にやかましいからな」
うるさくて敵わないと呟いたデルザリオの苦情に、周りを飛び交う精霊たちは楽しげに笑い声を上げている。
「でもみんな楽しそうです」
パメラは手を伸ばして、飛び交う精霊たちと戯れて指先を遊ばせる。
「お前が与えられた神の祝福が、俺の持つ加護と同じものなら、今まで誰にも理解されなかった景色を見せることが出来る」
「それが出来るならとても素敵なことですね」
「ああ。そうだな」
楽しそうに精霊たちと戯れるパメラの額に口付けると、デルザリオはその耳元で輝く青い耳飾りを見つめる。
オネストルと秘宝と謳われたオフィーリアとは、一体どんな王女であったのか。
愛らしく微笑むパメラの頬を撫で、デルザリオはマグラリアが考えているであろうことに思いを馳せた。
「カミーリアが言ったことが気になるか」
「まだよく分からないんです」
「しかし、以前も話した養蚕の知識にしろ、お前の親には不思議な点があることも事実だ」
「はい。あのヒートの夜の出来事も」
「ああ、こいつらがひどく騒いだあの夜のことだな」
デルザリオはパメラから体を離すと、その髪の先を一房掬い、いつかの様にそこに口付けを落とす。
パメラの話では、精霊たちから両親の死についての話を打ち明けられた際に、贖罪からなのか神の祝福を与えられたと言う。
「アシャノンは両親のことを神の御子と言い、私が知るように二人のことをオリビアとオーブリー、そう呼んでいました」
「精霊であった時の名がそうだと」
「アシャノンの話が本当だとして、両親は私を授かったから記憶が戻ったと聞きました。カミーリアさんのお話に出てきた二人が、国を追われ人としての名前を捨てたのなら、あるいは本当に両親のことではないのかと」
「つまりは消えた花嫁がお前の母だと」
「分かりません。でもこの耳飾りは元々母が身につけていたんだそうです。本当に母がオネストルの王女だとしたら、この耳飾りが私の出自を証明するものになるんだと思います」
パメラは耳元で輝く耳飾りにそっと触れると、困惑した表情のままでそう答えた。
デルザリオもパメラの出自については思うところがある。まずはその言葉遣いだ。
ケイレブやアイルーンを見ていれば分かるが、貴族ではない育ちの者は大抵の場合砕けた物言いをする。
パメラは幼い頃から旅一座の針子として生きてきたにも拘らず、ケイレブたちのように砕けた物言いをしない。
そしてその美貌だ。オメガであることを差し引いても人目を引く美しさ。陽の光に煌めく見事な金髪は貴族を多く知るデルザリオでも見たことがなく、薄く透けるような白い肌も珍しい。
「両親のことを知りたくなるのは当然だが、お前が期待した答えが出るとは限らないぞ」
「それは分かっています」
「ならばその話は兄上にお任せしよう。なにか考えがあるようだったからな」
「はい」
パメラは小さく頷いてデルザリオの手を握った。
「さて。少し話を戻して悪いが、聞いてもいいだろうか」
「はい。なんでしょうか」
「神の祝福についてだ」
デルザリオが呟くと、案の定周りを飛び交う精霊たちがざわざわと騒ぎ始める。
パメラが神の祝福を与えられたという日以降、実際に彼女はヒートの苦痛から解放されていたし、デルザリオが興奮状態からラットに似た覇気を放っても乱れ狂うことがなくなった。
「まだあれが夢だったのか現実だったのかは曖昧なんですが、あの日以来この子たちの姿がより一層はっきり見えるようになったのは事実です」
「声はどうだ、聞こえるか」
「大抵は楽しそうに笑っているような賑やかなものですが、稀に慰めるような言葉がはっきりと聞こえる時もあります」
「そうか」
それはデルザリオの聞こえ方と少し違っている。
デルザリオには精霊たちの声が幾重にも重なって、それぞれがなにを話しているか聞き取れずに騒がしく感じることがほとんどだ。
その中で危険なことや知らせたいこと、強い思いがある時だけ、拾い上げたように大きな声で聞こえてくる。
そのことをパメラに説明すると、パメラは可笑しそうに笑顔を作った。
「だから精霊たちが騒がしいと難しい顔をなさるんですね」
「本当にやかましいからな」
うるさくて敵わないと呟いたデルザリオの苦情に、周りを飛び交う精霊たちは楽しげに笑い声を上げている。
「でもみんな楽しそうです」
パメラは手を伸ばして、飛び交う精霊たちと戯れて指先を遊ばせる。
「お前が与えられた神の祝福が、俺の持つ加護と同じものなら、今まで誰にも理解されなかった景色を見せることが出来る」
「それが出来るならとても素敵なことですね」
「ああ。そうだな」
楽しそうに精霊たちと戯れるパメラの額に口付けると、デルザリオはその耳元で輝く青い耳飾りを見つめる。
オネストルと秘宝と謳われたオフィーリアとは、一体どんな王女であったのか。
愛らしく微笑むパメラの頬を撫で、デルザリオはマグラリアが考えているであろうことに思いを馳せた。
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