上 下
44 / 56

(43)オネストルの秘宝

しおりを挟む
 その国に秘宝と謳われる美姫ありて
 誰もが息を呑み酔いしれた
 その国に秘宝と謳われる美姫ありて
 秘宝は道ならぬ恋に身を焦がす
 定められし運命を呪い
 秘宝は道ならぬ恋に身をやつす
 定められし宿命を嘆き
 秘宝は婚礼の日に跡形もなく消えた
 さすらうは砂海の塵となり
 さすらうは砂塵となりて消え去った
 何処や何処
 秘宝はさすらい塵となった

 オルガッドでも知らぬ者が少ない吟遊詩人の十八番とされる、南の大国オネストルの失踪した王女を唄う詩。

 そういえばグルーノ一座に世話になっている頃、アイルーンが朗々と歌い上げるのを聴いたことがあるとパメラは思った。

「秘宝と呼ばれた王女の名はオフィーリア。そして王女の道ならぬ恋の相手は腹違いの兄エイブラハム。これは有名な話だ」

 マグラリアの説明が終わると、興味深そうにパメラを見つめていたカミーリアが身を乗り出して机に手をついた。

「さて。パメラ嬢の姓であるホーネリアだが、それはオネストルの王族が市井に下る時のみ与えられる姓とされている。もちろん国外には散見されない希少な姓だ」

「ならば尚のこと、その判断をなすのは早計ではないのか」

 オネストルは大国だ。それゆえに派閥を抱えた王族過多なことでも知られる国である。
 デルザリオが早計だと評するのはある意味で的を射ているが、パメラの出自に関してこれが関与しないとは断定できないのも事実だ。

「いいや。パメラ嬢、その耳飾りだよ」
「これですか」

 パメラの耳元に小さく輝く石。それは確かに第二の性が判明するよりも前、十を迎えた時に魔除けとして両親から贈られたものに違いない。

 アシャノンとの邂逅が夢でなければ、あの頃すでに両親は、パメラを一人遺して行く覚悟をしていたのだろうか。

「ああ、それは希少な石だ。モニュラスブルーだとかモニュラスの宵闇と呼ばれるこの独特の青い石はね、オネストルのモニュラスでしか採れないエミナイトと言われる宝石だ」

 カミーリアは身を乗り出してパメラの耳元に手を添えると、見事なものだねと感嘆の溜め息を吐いた。

「エミナイトだかなんだか知らないけどさ、そんな希少な石だとしても、パメラちゃんがその消えた花嫁と関係があるとは断定出来ないだろ」

 ケイレブは我慢しきれなかったのか、マグラリアに断りを入れてからカミーリアに向けて言葉を投げ掛けた。
 しかしカミーリアは口端を引き上げて愉快そうに笑うと、だからこそ断定できると言い切った。

「エミナイトはな、それを所持する人が決まっている正に宝玉だ。言わずもがなそれを身につけることを唯一許されたのが、オネストルの美姫にして秘宝と呼ばれたオフィーリア王女だ」

 その場にいる誰もが、カミーリアの言葉に息を呑む。
 この話が確かな物だったすれば、パメラは一体何者なのだろうか。

「しかしこの耳飾り、如何に青い宝石が希少であっても、これが本物のエミナイトだとは言い切れん。それにパメラはオフィーリアの名も、エイブラハムという名にも聞き覚えがないと言っている」

 デルザリオの声に一同が再び沈黙する。

 確かにカミーリアの推論は理に適ったものだが、デルザリオの言う通り憶測の域を出るものではなく、確たる根拠と証拠がどこにもない。

「パメラ、少しいいかい」

「はいマグラリア様」

 沈黙を破るマグラリアの声にパメラが返事をすると、カミーリアも黙ってその様子を眺めている。

「君のご両親の名はなんというんだろうか」

「お父さ……父はオーブリー。母はオリビアです」

 困惑したまま両親の名を告げると、パメラは不安からデルザリオの手を取り強く握り締めた。

「微妙なところだね。愛称をもじった様にも取れるが、全く別の名である可能性もある」

 首を捻るマグラリアの様子を見ると、堪らずケイレブがカミーリアを睨んで噛み付く様に声を荒げた。

「おいカミーリア、お前が引っ掻き回すことを言うからだろ」

「いやしかし見ろ。マキナ王妃の血を引くマギーやデルザリオに引けを取らないパメラ嬢の美しさだ。それに加えてホーネリアという珍しい姓に青い耳飾り。勘繰りたくもなるだろう」

 カミーリアはさして悪びれる様子もなく、詳しく調べるのもやぶさかではないと態度を改める気配がない。

 パメラも知れるものなら両親の出自について聞いてみたくはあるが、先のアシャノンとの邂逅だけでもいまだ夢か現かの判断がつかないくらいだ。

「ならば秘宝と呼ばれた美姫に直接会ったことのある者に聞けば、あるいはパメラの血脈についての判断もつくだろう」

 マグラリアは何かを思い出した様にそう呟くと、この話はここまでだと話を切り上げて話題を変えた。

 デルザリオが握り締めるパメラの手は、指先が冷たく、いつまで経っても震えていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...