追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(31)精霊の愛し子

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 ラウェルナ大森林の南西部には大きな滝があり、沢が点在して野生動物の水場となっている箇所が多く在る。

 集落からしばらく馬を走らせると、精霊たちがオーバムと呼ぶ名もなき大きな滝が現れた。

「ここは俺しか知らん場所だ」

 鬱蒼たる森の奥深くに進み、デルザリオがパメラを馬から下ろしたそばには小さな小屋があり、寝泊まり出来る程度には片付いているのだと、そのまま手を引いて足を進める。

「空気が澄んでいますね」

「しかし小屋の中は、しばらく来ていなかったから埃払いが必要だな」

「それなら私が」

 咄嗟に掃除道具を探そうとする手を掴まれて、パメラは驚きデルザリオを見つめる。

「お前は俺の召使いではないんだ。そんなに気を遣ってくれるな」

 デルザリオが困ったように笑うと、パメラは一気に顔を赤らめて声もなく頷いた。掴まれた腕が熱く、そこから全身に熱が回っていくようだ。

「埃払い程度なら、片付け好きなやつらに任せればいい」

「どなたかいらっしゃるのですか」

 悪戯を思いついたようなデルザリオとは対照的に、パメラが首を傾げていると、次の瞬間に低く呟く声と共に辺りに光の粒が舞い、一陣の風が吹き抜ける。

 その時パメラは確かに見た。

 小さなヒト型をした背に翼を携えた不思議な姿の生き物たち。楽しげに笑い声を上げて、デルザリオとパメラの周りを飛び回っている。

 以前から気配はあったが、こんなにもはっきりと生き生きした姿を見るのは初めてのことだ。

「この子たちは、アシャノン?」

 パメラが呟くと、精霊たちが驚いた様子でその場に留まり懐かしいその名の響きに耳を傾ける。

「パメラ、お前こいつらが見えているのか」

 デルザリオは驚いて目を見張る。幼い頃から精霊たちの声を聞き、時にその力を借りることもあったが、光として認識する者は居ても、その存在自体までを捉える者は居なかった。

「普通は見えないものなんですか」

「少なくとも俺の周りのやつらには見えんらしい」

 アシャノンはパメラの両親から聞いた故郷の伝承にある守り神の俗称だ。

 パメラが幼い頃に母が歌うと、その周りにも光煌めくアシャノンの姿があったのだが、今の今まで記憶は埋もれて覚えていないほど自然で些細なことだった。

 パメラがそのことを話すと、不思議そうに、しかしどこか嬉しそうに微笑みながらデルザリオや周りを飛び交う精霊たちが賑やかに騒ぎ出した。

「お前の親はオルガッドの民ではないのか」

「どうしてですか」

「こいつらが言うには、オルガッドの民ならばアシャノンとは呼ばないんだそうだ。やつらの言葉でヌリエルではそう呼ばれていたと言っている。こいつらの声までは聞こえんか」

「賑やかな笑い声のような、可愛らしい鈴の音のような音なら聞こえます」

「可愛らしい、か」

 聞こえてしまうとやかましいものだとデルザリオが苦笑すると、パメラも釣られて笑顔になる。

 パメラの言うアシャノンだが、デルザリオはその特異とされる体質から数々の文献を読み漁ったが、精霊に関する記述の中にアシャノンという記載はなかったと記憶している。

「母親か、あるいは父親が他所の国の出だとは聞いていないか」

「どうなのでしょう。両親の口から出自についての話を聞いたことはなかったように思います」

 パメラは十二で両親を失くすまで、決して裕福ではなかったが幸せに過ごして来た。

 父は自給自足の畑を耕し、桑の葉で蚕を育て、母は父が育てた蚕の糸を撚り、編み物や機織りをして村に行商に来る商人にそれを売って生計を立てていた。
 パメラが懐かしんでそのことを話すと、デルザリオは興味深そうに顎に手を当てる。

「オルガッドで養蚕をしていたとなると、ストレイナ領出身なのか」

「いいえ。私の出身は南東部のレガールというヤノロマ山の麓の小さな村です。確かアイルーンが言うにはロタンナ領だと教えてくれた気がします」

「ロタンナか、南の砂海が近い所だろうか」

「幼い頃に、遠くに砂嵐を見たことならあります」

「まさに国の南端だな。そうなるとパメラの両親はストレイナからの移住者か、あるいは砂海の向こうのオネストル辺りからの移民であった可能性もなくはないだろう」

「そうなのでしょうか」

 デルザリオの話では養蚕はストレイナ領の特産で、元々はオルガッドの遥か南の大国オネストルから持ち込まれたものだと言う。

 精霊たちをアシャノンと呼ぶのも、コズラスタ大陸中央のオネストルであればあるいは考えられることだとデルザリオは説明した。

「細かい理由は分からんが、血脈に起因するものか、あるいは俺と契りを交わしたことで見えるようになったのかも知れないな」

 最後は悪戯っぽく意地悪な笑みを湛えてデルザリオが目を見つめると、その意味に気付いた瞬間にパメラは顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。

「さて。このすぐ裏手で水浴びを済ませるか」

「あ、え……はい」

 パメラを揶揄うことに成功してその頭を優しく撫でると、デルザリオはそのまま手を取って小屋の裏手の水場に移動する。

「なんて綺麗……」

 浅瀬の川底まで透き通る水と、その水面に映る姿が鏡のようでパメラは感嘆の声を上げる。

「こいつらに任せれば服もすぐに乾く」
「デルザリオ様!?」

「どうかしたか」

 目の前で素肌を晒すデルザリオに向かってパメラは咄嗟に声を掛ける。まさか一緒に水浴びをするつもりだったとは思いもしなかった。

「わ、私は荷物と馬を見ています」

「荷物なんかないだろう。なんだ、恥ずかしいのか。そんな悠長なことを言っていたら陽が落ちて冷え込んでくるぞ」

 デルザリオはパメラを抱き留めると、俯く顔に手を添えて目線を合わせるように顎を持ち上げる。

「ここには誰も来ない」

 しっかりと目を見つめたまま、唇が触れそうなほど近くで告げられて、あたたかい吐息が唇に掛かる。

 逃げ腰になる身体を優しく抱き寄せられると、昨夜も共に狭い寝台で身を寄せあって眠ったことを思い出してパメラの顔は首元まで真っ赤に染まった。

「水浴びがしたかったのだろう」

 身を屈め、額を付けて優しい目で覗き込むと、どこか悪戯っぽい口調でデルザリオが囁く。

「デルザリオ様は、私を揶揄って楽しんでらっしゃいます」

「ああ。困った顔が可愛らしくて、ついな」
「もうっ」

 パメラがようやく顔を逸らして、口を尖らせながらデルザリオの胸元を叩くと、笑い声と遠くで鳥が飛び立つ音が響いた。
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