追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

文字の大きさ
上 下
29 / 56

(28)動き出す歯車

しおりを挟む
 自然信仰が根付くオルガッドの騎士には、ただ一人にのみ拝することを許された、神の名を冠する精霊騎士の称号が存在し、神たる精霊の祝福を受けた者と云う意味が込められている。

 オルガッド王国、王都ミアネイア。

 そのすぐ北に切り拓いた国交や貿易の要である港を抱えるアダールを有し、王都としてだけでなく交易が盛んな街としても機能する大都市。この都は国内で最も富み発展した場所と言っても過言ではない。

 城下が賑わう王都の北西部に位置し、一方は自然崇拝を尊びラウェルナ大森林を仰ぎ、残りの三方を騎士団関連施設が取り囲む鉄壁を誇る王宮の一室。

 四つに分かたれた騎士団を束ねる騎士団総帥、精霊騎士イヒャルド・ナイルは、いついかなる時も沈着冷静ではあるが、いつしか周りから冷酷無情と呼ばれることを良しとしない。

 黄枯茶色の髪を丁寧に後ろに撫でつけであるので、一見すると確かに神経質そうではあるが、どうしても云うことを聞かない前髪がちょろりと額を隠している。

 イヒャルドにだって感情はあるし、妻や子どもたち、あるいは両親や口煩い二人の妹ですらイヒャルドの笑顔が好きだと言ってくれる。これは身内贔屓の言葉だと思わない。

 それにイヒャルドは精霊騎士だ。しかも騎士団総帥の立場はヘラヘラしていては務まらない。だから大袈裟に笑ったり騒いだりしないだけで、笑えない訳でも楽しくない訳でもない。

 そのイヒャルドが珍しくも驚きのあまり大きく目を見開いて、わなわなと口元を震わせているのには訳がある。

「なに突っ立ってんだイヒャルド。変な顔になってるぞ」

「なっ……お、お前!こんなところでなにをしている」

 騎士団総帥に与えられた王宮の執務室。その執務机に腰掛けて、待ってたぞと言わんばかりに美味そうにナヘルの実をかじりながらニヤニヤする男に、イヒャルドは思わず大声を出した。

「声抑えろよ、騒ぎになるだろ」

「騒ぎだと!当たり前だろう。ここを何処だと思ってるんだ。なにを呑気に」

 ここは王宮。しかも軍事を預かる騎士団総帥の部屋だ。そんなところに懸賞金の掛かったお尋ね者の彼が居るなど、あってはならないことなのだから。

 そうして閉めた扉を背にしたまま様子を伺うと、目の前の彼がスッと目を細めた。

「お前にも動いて貰う時が来た」

 一瞬でその場の空気が緊張したものに変わる。

「……そうか」

「読んだら燃やせ。まあただの挨拶文にしか見えない程度には細工してある」

 執務机の上の書簡を指差してニヤリと笑うと、そのまま開け放した窓から外に姿を消してしまう。ここは一階ではないと言うのにだ。

「はあ……相変わらずな奴だな」

 イヒャルドはケイレブが出て行った窓を閉め、彼が置き去りにした書簡に目を留める。

 表向きはイミザで起こった商人殺しの真相について。

 あの犯行はやはりケイレブたちの仕業なのか。晒し首にまでしたのだ、それ相応の理由があったのだろうと読み進めてイヒャルドは目を見張る。

 豪商セオドールは詐欺まがいの行為で、少なからず貴族から被害の申し出があり調べを進めていた人物だ。カーロを根城にし、背景にイルギルが居ることまでは掴めていた。
 だが更にその裏に公爵位の貴族がついているとなると厄介だ。

 調べは全て一時的に白紙に返す必要もある。恥ずべきことだが、騎士団内に内通者が居ないとも限らないからだ。ケイレブが直接書簡を運んできたのも、そうだとしたら合点がいく。

 そしてこれが本題であろう、ケイレブからのもう一つの連絡は、要人護衛のために何人か騎士団員を借りるとある。人選も任せて欲しいと云うところに意図があるのだろうと察する。

 表向きの文面から鑑みて、イルギルと繋がる貴族にその尾を掴まれないよう、あるいはそこを炙り出して叩くために動く必要があるのだろう。

「久しぶりに顔を見せたかと思ったら、厄介なことを」

 苦笑しながらも口角を上げるイヒャルドの口からそんな言葉が漏れる。

 初めてケイレブに出会ったのは騎士を目指していた学生の頃だ。二つ下の悪童には相当手を焼かされた記憶が今でも鮮明に残っている。

 第一騎士団に入団した後も、見知らぬ仲ではないだろうと組まされることが多かった。何度尻拭いをさせられたか分からない。

 聡く狡賢いくせに情に厚く、気付くとそんな彼を慕うやつらに囲まれてその中心で楽しそうによく笑う。そんなケイレブが番と出会った時のこともイヒャルドはよく覚えている。

 部下だったフッタルが親の病を理由に第四騎士団に移籍した際、故郷近くの田舎町とは云え元第一騎士団だった彼への周りからの風当たりは強かった。

 それを耳にしたケイレブは、励ますためなのか叱咤する気だったのかまでは分からないが、休暇を利用してあの場に駆け付けた。

 その時だ。第四騎士団の連中を含めたアルファに、暴行されていたオメガの女性を救うためとはいえ、ケイレブは剣を抜いたのだ。

 ケイレブのことだ。同じアルファとして到底受け入れることが出来ないから皆殺しにする結果あんなことになったのだろう。
 しかしイヒャルドは、逃亡者として生きるケイレブを否定しようとも思わない。立場上その考えが是とされないことが分かっていてもだ。

「……感傷に浸りすぎたな」

 イヒャルドは口元に笑みを刻んで小さく息を吐くと、早速策を練るために神経を研ぎ澄ませる。

「失礼します。第一騎士団モローダルがご報告に参りました」

 イヒャルドの意識を引き戻すように、扉を叩く音が響いてそちらに意識を向ける。書簡は既に灰と化した。跡形もない。

「構わん。入ってこい」

 取り急ぎ今はオルガッドの誉高き精霊騎士、騎士団総帥として出来ることを推し進めるしかないだろう。

 第四騎士団からも報告を受けているが、公爵の企みが複雑に絡んでいるのが明確になった今、王命に関わるような事態だけはなんとしても避けなければならない。

「さて、報告を聞こうか」

 イヒャルドの顔には既に笑みはない。冷徹無情の騎士団総帥は机の上でゆっくりと指を組んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...