追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(23)脱兎★

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 ケイレブの指示に従ってカーロの町の外れから街道に抜け出すと、そのまま三人で馬に跨り、ケイレブの仲間が待つと言う彼の住む集落を目指して駆ける。

「じゃあ、ケイレブさんのためにアイルーンは長年別行動を?」

「そんなんじゃないさ。あたしは歌うことを諦められなかったのさ」

「いいや、俺のせいだよ。俺はそんなの気にしないのにね。足手纏いになりたくないって、急に居なくなったんだよね」

 ケイレブからことのあらましを聞いて、パメラはようやく全体像を把握した。

 イミザに滞在中だったアイルーンは、王立病院でケイレブの部下だった騎士とたまたま遭遇し、そこでようやく、町医者のヘンゼルが元軍医であったことを知った。

 一縷の望みに縋る思いでヘンゼルの診療所に戻った際、ケイレブに連絡をとって欲しいと申し出ると、ヘンゼルには聞き覚えがあったのだろう。二人が番であることを知っていて、すぐにケイレブに手紙を出すことができた。

 しかしケイレブも国から追われる身であるため、手紙が本人の元に届くかどうかは賭けだったと言う。

「……悪いな、二人とも馬から降りてくれ。ここからなら走っても行ける」

 険しい顔をして馬を止め、馬に乗り慣れていないために前に抱いていたパメラを降ろすと、ケイレブは背後に乗っているアイルーンにも馬を降りるように促す。

「ケイレブさん?」
「パメラ、あんたはケイレブの仲間が必ず助けてくれる。森に逃げ込んで助けを待ちな」

「アイルーン、お前も行け。ヒートを起こしてるだろ、それに怪我だって……」
「バカを言うんじゃないよ、この程度で動けなくなりはしないさ。それに再び出会ったなら二度と離れないと決めてたんだ。あたしは行かないよ」

 剣の扱いを教えたのは誰だろうねとアイルーンが不敵に笑うと、ケイレブはそれを見て仕方ないと苦笑する。

「パメラちゃん、もうすぐそこまで追手が来てる。どうやら手数を増やして来たらしい。イルギル相手に控え目にし過ぎたらしい」

「そういうことさ。いいかいパメラ、あたしはケイレブがいる限り絶対に死なない。だから必ず後で合流してみせる」

「でも、私一人でなんて」

 不安に苛まれて身を震わせるパメラをよそに、ケイレブは馬を方向転換させて揺動するために手綱を引く。

「俺たちが追手を引き付ける。行け!振り向くな!」
「行くんだよパメラ!」

 アイルーンが馬上からパメラの背中を強く押す。その目には揺るぎない覚悟が見える。

 パメラは震える足で野を駆けた。

「はっ、はぁっ、はあっ」

 淡く輝くホエル、そして星の瞬きだけが今は心の支えだ。小石を踏みつけて足の裏が切れようとも、この足を止めるわけにはいかない。

 息の続く限り走り抜く。もう少し、あと少し。すぐ目の前にラウェルナの森は見えている。
 足の裏の感覚は痛みすら感じなくなって来た。だがパメラを逃がしてくれたケイレブとアイルーンのためにも、今は走るのを止める訳にはいかない。

「うっ、はぁ、はあっ。さすがに、森の中は、暗いわね……」

 ケイレブが馬で運んでくれたおかげで、思ったよりも早く森に辿り着く。

 肌に纏わりつくのは生い茂る草木のむせ返る匂い。浅くなる呼吸に周りの空気が湿り気を帯びてくると、騒ぎ立ててはいけないのに、嘔吐くように咳が出る。

「ゴッ、ゴホッ」

 慌てて口元を袖口で押さえて音を殺すと、必死に駆ける足だけは止めずに闇の中をひた走る。
 どれくらいそうして走ってきただろうか。ようやく馬車道の整備された森の中の街道に出た。

「はあっ、はぁっ」

 そろそろ息切れして喉が焼けるように熱い。乾いて切れてしまったのか、喉の奥がざらりとして呼吸に血の香りが混ざる。

 あれだけ必死に駆けて来たのに、もうすぐ背後から馬車が迫る音が聞こえて、パメラは咄嗟に茂みに飛び込み街道を外れて呼吸を整える。

 一台の馬車が停まり、男たちが大声で叫んでいる。

「あの女、どこ行きやがった!」

「匂うぞ、プンプン匂う。あの女は近くに居るぞ!探せ。探して連れ戻せ!」

 どうやら相手はアルファらしく、オメガがヒート中に放つ匂いを追ってきたのだ。

 目を凝らすとランプを手に叫ぶのはセオドールだ。匂いというのはヒートのことだろう。ケイレブとアイルーンの安否は気掛かりだが、今は人の心配をしている場合ではない。

 せっかくケイレブとアイルーンが身を挺して逃してくれたのに、こんなところで捕まってしまうのだろうか。

 パメラはそんなことを考えながら息を殺し、更に森の奥深くに身を隠すように、泥にまみれて傷だらけになった血塗れの足を引きずって静かに移動する。

 だが気持ちが焦り迂闊にも足元の小枝に気付かず、その上を踏み抜いてしまった。

「……っ!」

 乾いた枝が折れる音が響く。

「女だ!近くに居るぞ!」

 追手が照らす火が近付いてくる。もう逃げ場はない。終わってしまった。絶望がパメラに吐息を吹きかける。

 しかし次の瞬間、ふわりと大きな影がパメラを包み込んだ。

「静かにしてろ」
「……!」

 突然背後から逞しい腕に抱き留められて口を塞がれる。パメラにはなにが起こったのか分からないが、背後の男はもう一度、静かにしてろと小さく呟く。

 言いようのないむせ返る匂いと、その色香に充てられたようにパメラの鼓動は一気に速まる。これはあの宿屋で味わったものと同じではないだろうか。

 次の瞬間、森から一斉に男たちが飛び出すと、パメラを追ってきた一団は全員のされて縛り上げられた。それはまさに一瞬の出来事だった。

「お頭ぁ、コイツらどうしますか」

「ディタールを呼べ。不味いだろうが、腹の足しにはなるだろう。晒すために首は残せ」

「分かりました」

 元気よく返事した男は、腰元に携えた虹色に光る不思議な紋様の刻まれた角笛を吹く。宵闇に包まれた森に、角笛の音が鳴り響く。

 しばらくすると耳を劈く咆哮が聞こえ、異形の大きな影が目の前に降り立った。


〈〈グルルルルゥ、グルルゥ〉〉


 不気味に喉を鳴らす異形の大きな影——グラップシーのその喉元には、先程男が鳴らした角笛と同じ虹色に光る紋様が刻まれている。

 次の瞬間パメラは目の前の光景に言葉を失う。

 背後の男の仲間たちが、追手の首を次々と落としていくからだ。
 相手が悪人であれパメラは咄嗟に顔を背ける。しかしその残酷さに恐怖のあまり体が小刻みに震えて止まらない。

 その様子に気付いた男の腕が、一層優しくパメラ身を抱き寄せ、そしてパメラの目を大きな掌が覆った。

 それを待っていたかのように鈍い咀嚼音が響き、瞬く間に辺り一体に血生臭い死臭が漂ってくる。

「悪には最悪の死がくだる」

 男の落ち着いた声音に恐怖と安堵の涙をこぼすと、抱きしめられていた腕がゆっくりと離された。
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