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(11)守護

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 アイルーンは舞台に立つその瞬間以外、神経を研ぎ澄ませてナムガルを見張った。

 なにかと理由を付けて宿屋に戻ろうとするナムガルは、パメラの見舞いだのと大ボラを吹いていたが、それをダメだと諌められると、そのうちに子供の浅知恵で、いつも留守番をさせられているエッカの名前を出し、さも妹を気遣うように宿屋行こうとした。

「ナムガル、お前そんなに妹が気になるならエッカを連れてきて面倒見な。親父さんとお袋さんを説得してやるよ」

 アイルーンはようやく、ナムガルを寝泊まり以外に、宿屋に立ち入らせない口実を見つけた。

「でも、ぼ……俺にも仕事があるし、四六時中エッカを見てはいられないから」

「なんでだい?そんなに宿屋に戻る暇があるなら、こっちで面倒見てやった方が楽だろう」

「で、でも」

「エッカがここに来ちゃ、まずいことでもあるのかい」

「…………」

「それとも、宿屋じゃなきゃダメな理由があるのかい」

 アイルーンには分かる。ナムガルのそれはヒートに充てられたアルファの目だ。

 年端もいかないガキのくせに一丁前に盛ってやがる。アイルーンは侮蔑の目でナムガルを睨め付けると、ナムガルの両親を呼び付けて、エッカが一人留守番なのを可哀想がってると切り出して外堀を埋める。

「今日なんて、ずっと仕事も手に付かないみたいでね。よっぽど妹が可愛いらしい。手が空く度に宿屋に戻りたがるんだよ」

 丁寧に口添えしてアイルーンはほくそ笑む。

「なんだいナムガル、お前がそんなにもエッカの面倒見たがるなんて」

「どうしたってんだ。雨でも降るんじゃねえだろうな」

 ナムガルの両親は揶揄って笑いながらも、それならエッカは連れてこようと言い始め、ことはアイルーンの思い通りに運んでいく。

「待ってよ!一日中エッカの面倒見るなんてやだよ」

「じゃあなんでそんなに、妹を気にして宿屋に戻りたがるんだい?」

「それはエッカが……その」

 アイルーンの問い掛けに、ナムガルは言葉を詰まらせる。

「なら問題ねえな。エッカのお守りは任せたぞ」
「頼むわね、ナムガル」
「ちょ、父さん!母さん!」

 ナムガルは心底嫌そうに叫んで両親を引き止めようとするが、二人は聞く耳を持たずに持ち場に戻ってしまう。

「良かったじゃないかナムガル、お前、妹が心配だから宿屋に戻りたがってたんだろ」

 アイルーンが冷たく吐き捨てると、ナムガルは明らかに怒気を孕んだ目でアイルーンを睨み付ける。

「おや、何を怒ってるんだい。お前が望んだ通りにしてやったんだ。妹が心配だったんだろ」

「そんなこと言ってない」
「そうかい。じゃあ妹が心配ってのは嘘で……」

 アイルーンはそこで言葉を区切ると、ナムガルの耳元で続きを呟く。

「お前、パメラを襲うつもりだろ」

 核心をつかれたナムガルは目を吊り上げ、頬を紅潮させて違うと大声で叫ぶ。

「そんなことする訳ないだろ!」

「色ボケしたクソガキが。気色悪いったらありゃしないよ。お前は、お前だけは絶対にパメラに近付かせない。よく覚えときな」

 血走った目で歯軋りするナムガルを睨め付けると、アイルーンは吐き捨ててその場から立ち去った。

「なんだよアイルーン。珍しいな、説教か」
「ちょっとね。親が甘いからさ」
「はは、言えてらぁ」

 ナムガルが元々パメラに好意を寄せていたのは、アイルーンでなくとも、一座の座員なら誰もが気付いていることで、それくらいあからさまだった。

 けれど厄介なのは、ナムガルがアルファだということだ。

 パメラのヒートが不安定な今、抑制されず垂れ流されたヒートに充てられて、元々持っているナムガル本人の欲望が増長される。

 ただでさえ、アルファはオメガのヒートに抗えない。
 ましてやアルファである自覚もなく、まだ十四のナムガルからしたら、初めてのヒートを目の当たりにして、お互いが惹きつけ合って体が騒ぐと勘違いしてもおかしくない。

 その日の夕食を食べながら、アイルーンはわざとらしくエッカに声を掛けた。

「良かったじゃないのさ、エッカ。お前もう留守番をしてなくて良くなったんだろ」

「えっ、そうなの父さん」

「おお。ナムガルがお前が可哀想だって言うからよ。その変わり、ナムガルから離れて行動すんなよ」

「えぇえ、お兄ちゃんと一緒じゃなきゃだめとかあり得ないんだけど」

「当たり前でしょ。それが嫌なら今まで通り宿屋で留守番だよ。ナムガルも、エッカから目を離すんじゃないよ」

「母さんまで、私もう十三なのに」

 エッカが親に悪態ついて、それを面白がる座員たちの笑い声が響く中、ナムガルは小さく舌打ちをする。

 ナムガルはアイルーンに腹を立てていた。

 アイルーンが邪魔さえしなければ、昨日だってあのいい匂いがする部屋の中に入り込めたはずだった。

 パメラは具合いが悪いから不安だっただけで、ナムガルを拒んだ訳じゃない。

 それなのにアイルーンは、パメラが体調を悪くしてるからと、見舞いすらさせずに意地悪をするクソババアだと、ナムガルは奥歯を噛み締める。

 どうしても体が疼いて仕方がない。とにかくあのいい匂いが漂ってくる部屋の中に入らなければいけない。そしてナムガルを待っているパメラに会って、この衝動の正体を確認しなければ。

 ナムガルは一人、早めに夕食を済ませて部屋に戻る。昨日はあれほどいい匂いがしたのに、今日は全然あの匂いがしてこない。

 あの匂いを嗅ぐのは心地好い。そしてなぜか興奮して下半身に熱が溜まっていく。

 あの匂いに塗れて、膨れ上がる熱を爆発させたい。ナムガルは閉ざされた扉をじっとりした目で見つめると、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 手を伸ばして扉をノックしようと、人知れずナムガルが舌舐めずりしていると、急に現れた人影に声を掛けられハッとして我に返る。

「おいクソガキ、そこでなにしてるんだい」
「……ぼ、俺は、別になにも」

 ナムガルは咄嗟に腕を引っ込めて後ろ手を組むと、アイルーンから顔を背けて小さく舌打ちする。

「言っただろ。お前だけは近付けさせないって」

「な、なんでだよ。パメラが体調崩してるなら、見舞いぐらいさせてくれたっていいじゃないか!」

「おっ立てたそれ使って、あの子をどうする気だい。見舞いが聞いて呆れるね、反吐が出る」

 アイルーンは、興奮して盛り上がるナムガルの股間を蔑むように見つめ、畳み掛けるように吐き捨てる。

「なっ」

 ナムガルは言い返そうとするが、アイルーンの侮蔑の眼差しが向けられた膨張にようやく気が付くと、咄嗟に後ろを向いて手で押さえ、これは違うと必死に言い訳を探す。

「違わないさ、色気付きやがって。とっとと消えな」

 アイルーンは虫ケラを扱うように、ナムガルの肩を押して廊下の奥へ突き飛ばすと、勢い余って転んだナムガルには目もくれず、鍵で扉を開けて中に入って行った。

 重く閉ざされるような鍵が閉まる音を、ナムガルは冷たい床に尻餅をついたまま聞いた。

 情けない、恥ずかしい、消えたい。ナムガルはそう思う一方で、そう思わせるよう嫌がらせをしてきたのはアイルーンだと、仕返しをしてやらなけらばと、拳を強く握り締めるのだった。
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