追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(2)追放の王子

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 幼い頃から不思議な光の粒が見えた。それがのちに妖精や精霊と呼ばれる存在なのだと、第二の性が色濃く出始めた頃に、彼等自身が囁く声を聴いて知った。

 他にも獣の言葉が聞こえたり、その青年には不思議な能力が携わっていた。

 青年の名は、デルザリオ・ウル・オルガッド。

 オルガッド王国の第二王子にして、今は暫定的に王位継承権第一位の立場でありながら、国から追われるお尋ね者である。

 第二の性がアルファであるデルザリオは、隣国ルナギルから嫁いだ王妃の血を色濃く受け継ぎ、誰もが息を呑むほど美しく育った。

 だがデルザリオが持って生まれた、アルファ特有の人を惹きつける才は、それが血縁であっても人を惑わせる悪しき物であった。

 不運と言うべきか、王族にもオメガは存在し、デルザリオの叔父である王弟シュレールと、実兄である第一王子マグラリアがそうであった。

 二人とも見目麗しく、性格は温厚で男性味がやや薄く、けれど誠実な人柄は広く民から支持を得るものだった。

 彼らは先王ジュダルの判断により、王家の威厳を保つためにアルファと偽って生活していたが、しかし成長したデルザリオの放つ色香に充てられて、抑制剤ではヒートが抑えられなくなってしまった。

 一般的ではないが、アルファが放つ色香がオメガを刺激してヒートを促すことは稀にあり、いずれにせよ番でないアルファとオメガが近しく存在することは、好ましくないことである。

 事実、オメガである王弟や第一王子が、デルザリオの色香に充てられてヒートを起こすと、強制的に誘引されたヒートの欲望に彼らが抗えるはずがなかった。

 そしてアルファは、オメガのヒートには逆らえず、その場に居合わせてしまえば、情欲のままに我を失いオメガを襲う。それが自然の理だ。

 王宮に勤める騎士の中にも、僅かではあるが優秀でアルファの性を持つ者は居た。それら全員がヒートに充てられて、狂ったように王弟や第一王子に襲い掛かることもあった。

 だがデルザリオには精霊の加護があり、アルファでありながら、そこまで強烈なヒートを目の当たりにしても、本人の意思で平静を保つのは容易いことだった。

 そうして神に愛された子であるデルザリオは、本来であれば抗いようもないアルファとオメガの理すら、いとも容易く跳ね除けてみせたのだ。

 こうなると、本物のアルファであるデルザリオと、長くアルファと偽ってきたオメガである王弟と第一王子では、日常生活を送ることすら支障をきたす。

 王は第二王子であるデルザリオを退かせることも考えたが、それ以上に今までアルファと偽ってきたのに、抑制剤が効かなくなったオメガの二人が、公の場でヒートが起こすことを恐れた。

 そして王弟と第一王子は病に臥せったものとして布令を出し、二人を保養地に隔離して余生を過ごさせることとした。

 長くデルザリオの強烈な色香に充てられ、過剰ヒートを起こすようになってしまった二人は、しかしその立場から番を持つことも難しく、繰り返すヒートに苦しみ心を蝕まれていった。

 そして症状が特に酷かった第一王子マグラリアは、そんな己を悲観して自尽を図っては、生に縋り付く日々を送っている。

 王弟シュレールもまた、いまだ日常生活すらままならない状態が続き、苦痛の中で生き永らえており、以前の生活に戻ることは絶望視されている。

 二人がオメガだと公表しなかったことで、これを王位継承のためのデルザリオの画策だと騒ぎ立てたのは、第二の性に批判的なベータの貴族たちであった。

 そして父であるオルガッド国王ナキームもまた、自らの第二の性がベータであるため、弟や息子を極限に追いやったデルザリオに畏怖の念を抱き、罪なき第二王子を罪人として吊し上げた。

 こうして国から追われる身となったデルザリオは、精霊が囁くままに手付かずの聖域、ラウェルナ大森林に身を寄せることになった。

「お頭、戻りましたよ」
「ああ」

 王都を離れて早六年。

 デルザリオは更に逞しく、色気と野性味を増した精悍な美丈夫へと変貌を遂げ、その漆黒の髪は背中に届き、相手の心の底まで射抜くような鋭い眼差しの奥には、青みがかった黒い瞳が輝く。

 ラウェルナ大森林の奥深く、精霊たちがトゥーヤと呼ぶ名もない湖のほとりに、デルザリオたちの集落はあった。

 ここに居る大多数は、謂れのない罪を背負わされ国からその身を隠す逃亡者や、デルザリオに忠誠を誓った元騎士団の連中がほとんどだ。

 森の恩恵を受け、必要なだけ田畑を耕し家畜を飼い、そうして生きる糧は自給自足で賄い、基本的に外には干渉しない生活を送っている。

「お頭の周りは静かになったんですか」
「ああ、多分な」

 近隣で暮らす人々に何かが起こると、まるで神託のように精霊たちが騒ぎ出す。

 今回もいつものように、デルザリオにどうにかしろと次々とやって来ては、精霊たちが耳元で騒ぎ立てた。

 精霊たちは領主の息子、ハインケルが領地を訪れた二月ふたつきほど前から、ザワザワと騒ぎ伝聞を寄越したが、森に集落まで構えて潜んでいることは公に出来ないため、長らくデルザリオは不眠に追い込まれていた。

 相手は曲がりなりにも領主である伯爵の子息だ。屋敷の警備はそれなりに厳重で、町娘たちの拐かし方も狡猾だった。

 辱められた娘たちは、用済みとなれば分不相応なほどの金を握らされ、領主の息子に逆らっては後々なにが起こるか分からないと、皆揃って口をつぐんだ。

 いくつか重なった要因から、領地に滞在中のハインケルを捕縛することは出来ず、その訪問から二月ふたつきが経った今日に至り、ようやく方が付いた。

「口直しにノックルの肉をやれ。人の肉では後味も悪かろう」

 ノックルは人の膝丈ほどの大きさをした、もっとも食用に適した翼が退化した飛べない鳥だ。

 旨味と滋養のある栄養価の高い卵を産み、繁殖能力もそれなりに高く、その穏やかな気性から家畜として飼い慣らしやすい。だからこの集落でも多くを放し飼いしている。

 澄んだ空を滑空するグラップシーを見上げると、デルザリオはよくやったと小さく呟いた。
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