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(38)真犯人の影

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 リルカは手元でペンを走らせると、ユグシアル鉱石に刻まれていた紋様の特徴や、魔術を発動させるための文言を思い出しながら書き込んでいく。

「しかし魔術か。厄介な問題が残ったな」

 セルゲイが困惑したように呟くと、ベイルも同調するように溜め息を吐いて、リルカが書き込む内容に目を通す。

「ルーシャにも伝えはしましたけど、〈オーチャル〉の連中は提供したのは出資者だと言っていました」

 リルカは手を止めると、あの夜サマルから聞いた話を出来るだけ細かく思い出して、イドリースやセルゲイ、そしてベイルに詳細を伝える。

「わざわざレジスタンスを結成させて、それを駒として動かす動機がある人間、或いは組織。しかも魔術を扱うとなると」

「クレアの死に繋がる〈ユティシアル聖教会〉が、ここでも浮上する理由が分かったか」

 イドリースが持参した分厚い資料で机を叩く。

「しかしどうも情報が錯綜してるな」

 なにか考え込んだベイルの隣で、セルゲイは眉根を寄せると、腕を組んで天井を睨みながら人差し指を動かして思案する。

「錯綜といえば不思議だったんですけど、母さんの件に〈エボノス〉が絡んでるとしたら、母さんの事件を知らなかったルーシャは介入してない。つまり〈エボノス〉が独自に動いてることになりませんか」

 リルカが首を捻ると、ベイルがそれはないと否定する。

「〈エボノス〉はルーシャが作った組織だ。独自に動くってのはまず考えにくいんだがな」

「そうなんですか」

「ルーシャの事情はまあおおよそ分かってるだろうが、皇帝の座に着くことになってからも、色々あったのは想像が付くだろ。それで汚れ役を買って出たのがウェイロンだ」

「ウェイロン?」

「居なかったか、ダークチェリーの髪した無愛想なヤツだ」

 ベイルの言葉にリルカは、皇宮で見掛けた男の姿を思い出す。魔術が発動する中、十人以上を一人で相手していたはずだが、すぐに様子を見に部屋に顔を出したのが彼だったはずだ。

「ああ、なんか凄い手練れのめちゃくちゃ強い人ですね」

「そうだ。アイツが〈エボノス〉を仕切ってて、昔は〈レヴィアタン〉にもちょくちょく顔出しててな。グリードやムゥダル辺りとは顔馴染みだ」

「そうだったんですか」

 驚くリルカに気をよくしたのか、ベイルが懐かしそうに昔話を始めようとすると、それまで別の話をしていたセルゲイとイドリースが咳払いしてそれを止める。

「情報筋の中に、既に抱き込まれてる奴が紛れ込んでる可能性はないだろうか」

「確かにな。現状では〈ユティシアル聖教会〉に注目を向けるために、情報操作されてないとは言い切れない」

 セルゲイやイドリースが懸念している通り、真犯人の思惑で情報操作されているとなると、今まで手に入れた情報は等しくその信憑性を失う。

「一から調べ直すとして、〈オーチャル〉が潰された今、どこを起点に父さんの手掛かりを探すべきなんでしょうか」

「まあその辺は俺たちに任せてくれ。今回の件でお前の顔が割れただけじゃねえ、ルーシャの弱点だと知られていたら厄介だ」

「そんな。じゃあ今は下手に動くなってことですか。こんな時になにも出来ないなんて」

 リルカが消沈して肩を落とすと、セルゲイは手がない訳じゃないと呟いて葉巻に火をつける。

「お前、アチューダリアに帰れ」
「あぁあ、確かにそうだな」

「帰れって、ベイルさんまで」

 困惑するリルカの横で、イドリースはなにか思案するように顎に手を当てて視線を走らせている。

「なにも国に帰って体を休めろなんて話じゃない。酷な話だが、お前にはマーベルの娘として〈モゼリオ〉を釣ってもらう必要がある」

「でも俺が男装してることがバレる危険を冒すってことですよね。それは後々問題にはなりませんか」

「だからよう、そこはムゥダルの出番だろ」

 子どもが玩具を手にしたように笑顔を浮かべるベイルと目が合って、リルカは直感的に身震いするが、セルゲイが諦めろと鼻を鳴らす。

「ルーシャの事情を考えるとグリードに任せるのが良いんだろうが、お前を連れて来たムゥダルが一緒に行く方が、向こうで色々と詮索されるのを省くことも出来るだろうからな」

「アイツはリンドルナを回って来た経験上、アチューダリアだけでなく、バルギスチア大陸にいくつも伝手がある。それにお前、女の相手はグリードじゃ無理だ」

 ベイルは顔を顰めて、顔だけは良いんだけどなとグリードのことを罵り始め、リルカは全く事情が呑み込めずに隣のイドリースを見つめる。

「イドリースおじさんはどう思う」

「確かに、相手の次の一手が読めず、マーベルの消息に関する情報が途絶えた今、振り出しに戻ってアチューダリアで情報を拾うのは有効だろうね」

「アチューダリアに戻る。でもなんでグリードじゃだめなんですか。グリードは優しいし、俺にも良くしてくれますけど」

 リルカは思い出したように、同行する相手がムゥダルでなければならない口ぶりのベイルの顔を見る。

「そういうことじゃねえよ。お前は女装して、なにも知らないお嬢ちゃんを演じるんだよ。だからその相手は、口から出任せしか言わねえムゥダルにしか務まらねえ」

「筋書きとしては、ムゥダルと恋仲になったお前が、アチューダリアに帰国して親父さんの行方について、ごく自然に探る寸法だ」

 なにを当たり前のことを聞くんだと、セルゲイもベイルも呆れた顔をしてリルカを見ている。

「ちょっと待ってください。ムゥダルと恋仲って、そんなフリまでする必要がありますか」

「マーベルの娘とはいえ、ただの町娘がSSランクの冒険者を用心棒に雇うっていうより、よっぽど現実味がある話だろ。そもそもお前が国外に出た話もどんな尾ひれがついてるか」

 確かにそれはそうかも知れないとリルカは思う。詳しい説明など一切せずに仕事先への挨拶すら、ギレルの両親に手紙を託して不義理をしている。

 突然居なくなったことに変わりはないので、あらぬ誤解や噂を生んでいても仕方ないと肩を落とす。

「まあ最も重要なのは、お前とルーシャの仲がバレてる場合の牽制になる。こっちも撹乱してやるんだよ。お前の相手はムゥダルだとな」

「不本意だろうが、ルーシャのためでもあるってことだ」

 楽しげに盛り上がるセルゲイとベイルだが、イドリースだけは困惑した様子を見せる。

「イドリースおじさんはどう思うの」

「俺か? 同行してやりたいのは山々だが、俺では目立ち過ぎる。保護者としてアチューダリアに行くのは構わないけど、一緒に行動するのは難しいだろうね」

「イドリースおじさんって、もしかして凄く偉い人なの」

 リルカの何気ない一言に、セルゲイとベイルは驚いた顔でイドリースを見つめる。

「あんた言ってないのか」
「隻眼の金獅子を知らねえのかよ」

 セルゲイとベイルの驚き様に、リルカは改めてイドリースの顔を見つめると、膝に置かれた大きな手に自分の手を重ねてギュッと握る。

「イドリースおじさん」

「話すつもりはなかったが、俺がアチューダリアの要職に就いてたのは事実だ。だけど二年前に退役して帝国に移り住んでからは、アチューダリアと無関係の生活を送ってる」

 だからクレアのこともあって、表立っては手助け出来ないとイドリースは表情を曇らせた。
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