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(35)レジスタンス〈オーチャル〉

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 マーベルの行方とクレアの死の真相を探るため、リルカはイドリースの指示に従って、〈オーチャル〉の活動拠点である帝都アエス西の、スラム街の廃墟を訪れていた。

「あんた、こんなところになにしに来たんだい」

 吊り目の女はリルカを見るなり、お育ちの良い坊ちゃんが来るところじゃないとせせら嗤う。

「少なくともあんたよりは腕が立つ」

「なんだって」

 怒りに任せて女が投げた食べ掛けのダインの実を片手で受けて投げ返し、そのまま加速装置ブースターを使って後ろに回り込むと、女の顔の横でダインの実を掴む。

「二度も言わせるな。お前程度より俺は腕が立つんだよ」

 握り潰したダインの実を女の肩に擦り付けて手を拭うと、リルカは女の背中に短剣を突き付けて、この場を仕切っている人物の元に案内させる。

 得体の知れないリルカに怯えながら、女は廃墟の奥の部屋の扉を叩き素直に案内役を済ませると、奥に鎮座する男の合図と同時にリルカは拘束を解いた。

「少しは腕に覚えがあるようだな」

「見張りにしちゃ使えなさすぎる。それともこんな程度のヤツらの寄せ集めか」

 リルカが大仰に吐き捨てると、奥に鎮座した男は楽しげに肩を揺らす。

「いいだろう、気に入った。だがお前がここに来た理由はなんだ」

「理由。俺はただ人を殺したいだけだ」

「ははは、そんな狂ったことを言う奴は初めてだ」

 男は椅子から立ち上がり、リルカに向かって歩み寄ってくる。

 まだ交渉は終わっていない。リルカは背中を伝う汗すら重たく感じながら、神経を研ぎ澄ませると、正面の男以外にも注意を払いながら様子を見守る。

「俺はサマルだ。人を殺したいだなんて、随分と面白いこと言うなお前」

 そう呟いて暗器のような飛び道具を投げるサマルよりも早く宙を蹴り、あっという間に背中を取ると、リルカはサマルの首筋に彼が投げた暗器を食い込ませる。

「手始めにお前を殺すのが入団試験か」

 鉄臭い血の匂いが僅かに広がると、サマルはリルカの腕を叩いてから両手を上げる。

「勘弁してくれ。俺はこんなところで死ぬつもりはない、メナリス! 解毒剤を寄越せ」

 吊り目の女にそう叫ぶと、リルカが解放したサマルは膝から崩れ落ち、首を押さえて大袈裟に叫んでいる。

 随分と粗末な集団だというのがリルカの第一印象だ。
 ここまでイドリースの筋書き通りに進んでいるが、本当にこんな連中と〈モゼリオ〉や〈ユティシアル聖教会〉、ましてやマーベルが関わっているのか、リルカは少しの違和感を覚える。

 解毒が成功したのか、落ち着いた様子を取り戻したサマルから聞き出した話では、レジスタンスとは名ばかりの、はみ出し者の集まりでしかないと聞かされてリルカは嘆息する。

 しかしその話の中で、サマルはとある話を口にした。

「出資者が望むのは、あの皇帝殺しと呼ばれる殺人鬼、血塗られた皇帝イジュナル・ブランフィッシュを殺すことだ」

「出資者、そいつが皇帝に肉親を殺された私怨か」

「さあな。でも皇帝ヤツは魔術に通じてる。骸獣フリークを操って、罪もない人々を惨殺して楽しんでやがるのさ」

 ここに来て魔術という単語と罪もない人々を惨殺しているとち言葉が、リルカの中に苛立ちに似たさざなみを立てる。

 血塗られた皇帝殺しの皇帝、イジュナル・ブランフィッシュ。

 一人で数百の敵を屠り、己の剣で皇帝の首を刎ねるような男が、果たして魔術を駆使してそんな瑣末なことを企てるだろうか。

 しかし確かにリルカはその目で見た。

 骸獣フリークに直接埋め込まれた高濃縮魔素が詰まったユグシアル鉱石、そして特殊な攻撃を受けた〈カージナルグウィバー〉や〈クエレヴレ〉。なのにそれぞれの点が繋がりそうで繋がらない。

皇帝ヤツは帝国では飽き足らず、リンドルナ全土で人を殺して回ってるらしい。そうだ、剣聖の再来マーベル・レインホルンも呆気なく殺されたって言うぜ」

「なんだって」

「まあ驚くよな。でもとっくに殺されてるよ」

 マーベルが既に殺されている。

 そんなはずない。それは有り得ない。なにかの間違いだと分かっていても胸の奥がざわつく。

 母や、あまつさえあの父を以てしても敵わない相手とは一体どんな人物なのかと、煮え返る胸の内にふと浮かんだ皇帝殺しの姿に、リルカの中で殺してやりたいという感情が爆発する。

「そんな相手にどう立ち向かう」

 なんとか衝動を抑え、爪が食い込むほど拳を握り締めると、怒りを鎮めるようにリルカは小さく息を吐く。

「剣じゃ魔術には敵わない。だから俺たちにはコレがある」

「それは」

 サマルが持ち出したのは、リルカがまさしくメウラールで見たユグシアル鉱石を加工した物で、その純度が高いのは鮮やかで深い紫色を見れば分かる。魔術の介在の証拠ではないか。

「お前、コレをどうして持ってる」
「出資者からの贈り物さ。コレで皇帝ヤツを弱体化させて殺すんだよ」

 幾つも用意されたユグシアル鉱石のうちの一つをリルカに手渡すと、サマルは地図を広げて暗殺は今夜決行するのだと口角を上げた。

 そしてサマルが言った通り、夜が更けてヌセの朧げな明かりが照らす中、〈オーチャル〉のアジトには複数の仲間と思しき輩が集まってきた。

 皇宮への侵入経路や人員配置、簡易的な魔術の口上。どこで得た情報かまでは探れないが、これはいよいよもっと大きな思惑が介在しているのは否めない。

 しかしここに来てリルカは、マーベルをも失ったかも知れないという、真偽が定かでない情報に心を支配され、冷静な判断力を欠いていた。

 この時点でイドリースに連絡を取り、報告をするべきだった。

 けれど一時の感情の昂りに支配されたリルカは、冷静さを欠いた状態で〈オーチャル〉の仲間たちと一緒に皇宮に乗り込むのを躊躇わなかった。

 そしてヌセの光さえ翳る深夜二時。

 事前の確認通りの侵入経路を進み、警備に立つ宮廷兵士を次々と気絶させて勢い付くと、記憶の中の地図を頼りに更に深部へと侵入していく。

「静かすぎないか」

「中にも協力者は居るんだよ」

 サマルの言葉通り、恐ろしいほどに計画は順調に進んでいくが、リルカはそれにも気付けないほど高揚していた。

 母のみならず父をもいたぶるために殺されたという思い込みが、冷静な判断力を奪い、ただひたすら両親を殺した人間に報復することだけに感情が支配される。

 そうして辿り着いた皇宮の奥まった部屋の前で、一際厳重警備で数が揃った兵士に、十人近く残っていた〈オーチャル〉たちが、術式の組み込まれた魔術を展開して一斉に襲い掛かる。

 魔術の効果なのか、一部の兵士は戦うこともなく目から血や、鼻血を流して突然倒れ、バタバタと折り重なるようにそれは連鎖する。

 しかしそんな中、風を斬るように動く男が、造作もない様子でダークチェリーの髪を揺らして応戦する。

 〈オーチャル〉は元々訓練された部隊でもなんでもない、ただの一攫千金を夢見るようなはみ出し者の集まりだ。

 それとは違う、明らかに訓練された身のこなしの男と交戦しながら、隙をついたリルカがその背後の扉を開けて中に侵入し、灯りをつけず暗がりに立つ顔の見えない男と対峙する。

「お前が、皇帝殺しか」
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