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(28)強くなりたい
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ルーシャは激しく反対したが、二人部屋を出ると知ったギルドメンバーからまた揶揄われないように、リルカはムゥダルの手を借りて元々使っていた個人部屋に寝台を運び入れた。
「お前本当に大丈夫なのか」
「またその話」
「なんだよその顔は」
寝台を設置し終えると、埃っぽい部屋の掃除をしながら、リルカはほうきの柄に手をついて顎を乗せ、うんざりしたように呟いて溜め息を吐く。
「ムゥダルはグリードと違って、クソオヤジより口うるさい」
「お前の父ちゃんと一緒にすんなよ。大体俺はまだ二十七だ。こんなセクシーでエロいお兄さんを捕まえて、オヤジ扱いすんな」
「そういうところがオッサン臭いんだよ」
掃除を再開すると、ルーシャと付き合うことに反対なのか、過度な心配をするムゥダルに、なにがそこまで心配なのかとリルカは首を傾げる。
グリードもそうだが、ルーシャがその生い立ちから色々と秘密を抱えていることがよほど気になるのか、それとも、その秘密全てを把握していなければ付き合うことが難しいのか。
ルーシャに近しい二人は事情を知っているようで、リルカはまだそれを知らないことにもどかしさを感じながら、掃除する手を動かす。
「ムゥダルに心配掛けたい訳じゃないけどさ、なんでそんなに心配するの。ルーシャはムゥダルみたいに派手に女遊びもしないし、男遊びしてる訳でもないよ」
「その手の心配をしてる訳じゃねえよ。そうじゃなくて、アイツからちゃんと話を……」
ムゥダルがそこまで言い掛けた瞬間、勢いよく部屋の扉が開いて、話題の張本人であるルーシャが満面の笑みを浮かべて飛び込んできた。
「仔犬ちゃあん、掃除手伝いに来たわよぉ。あらヤダ、ダーリンまだ居たの」
入ってくるなり掃除もせずに寝台に座り込むムゥダルを見つけて、不快さを隠そうともせずに、ルーシャがシッシと手首を払って出ていけと促す。
「俺を好きなのか鬱陶しいのか、どっちかややこしい言い方すんな」
「アタシに好かれて嬉しいクセにイヤねぇ。寝台運び入れたならもう出て行ってくれてイイのよ。後はアタシがやるからもうイイわ。はい、お邪魔虫は散った散った」
「お前マジでなんなの」
ムゥダルはその調子の良さに苦笑しながらも、ルーシャと二言、三言やり取りを交わすと、寝台の足元を拭くのに使った布を木桶に投げ入れて部屋を出て行った。
二人のやり取りに構わず浴室の床掃除に取り掛かっていたリルカは、部屋の扉が閉まる音を聞いた直後に、逞しい腕の中に閉じ込められてギョッとする。
「わっ、なに!」
「やっと二人っきりになれたわ」
「一瞬ムゥダルが血迷ったのかと思ったよ」
「イヤね、アタシが居るのにそんなことさせるワケないでしょ」
ルーシャはそう呟いてリルカの耳を食むと、そのまま身を屈めるように首筋に口付ける。
「ちょっとルーシャ、まだ片付けの途中だってば。邪魔しに来たなら帰ってよ」
「随分冷たいわね。アタシは一秒だってアナタと離れていたくないのに」
ルーシャが耳元に囁くと、リルカは正面を向いたまま顔を真っ赤にして体を強張らせる。
「なぁに、アタシに緊張してるの」
クッと喉を鳴らして揶揄うように、脇腹を撫で始めたルーシャの手を掴むと、リルカは思い出したように大きめの声を出す。
「グリードとムゥダルがね」
「ちょっと、アタシと居るのに他の男の名前出すなんて、随分酷いことするわね」
リルカを抱いていた腕を外すと、腕の中のリルカを反転させて向かい合うように肩を掴み、ルーシャは身を屈めて愛しい恋人の顔を覗き込む。
「ルーシャ、俺そんなに信用出来ないかな」
「どういうことかしら」
「まだ俺に話してないことあるんだよね。あの二人は当たり前みたいに知ってたし、ムゥダルもそれを心配してた。それにグリードは、心の準備もあるだろうけどルーシャから直接聞けって」
「……そう、二人がそんなことを」
ルーシャは困惑したような表情を浮かべると、リルカの髪を撫でてお節介なのよと苦笑する。
その顔を見れば、やはりまだリルカには打ち明けていない秘密を抱えているのは明らかだった。
「やっぱり俺には話せないの」
リルカはルーシャの手を取るとゆっくりと握り込み、不安を浮かべた顔で見上げると、変わらず困ったような複雑な表情のルーシャが、その頬に手を添えて親指を動かしてそっと撫でる。
「不安にさせたのね。ごめんなさいね、仔犬ちゃん」
呟くルーシャの様子から、やはり自分には話す気がないと悟ると、打ち明けてもらえない寂しさが、父マーベルのそれと重なってリルカを酷く悲しい気持ちにさせる。
自分如きでは、なんの力にもならないのだと。
血の繋がった家族ですら、手を差し伸べることが出来なかった。いや、伸ばしている手を見てはもらえなかった。
それを思い出してリルカが目に涙を溜めると、ルーシャは慌てたようにリルカを抱き寄せて、唇を寄せて涙を拭うように顔を覗き込む。
「ごめんなさいね。アタシが話をしないのは、アナタに嫌われたらどうしようかって不安が、まだどこかにあるからなの。決してアナタを信じてないワケじゃないのよ」
そう言って口付けるルーシャの様子に、リルカのことを傷付けたくないと言った言葉を思い出し、リルカは溢れそうになる不安の声を呑み込む。
この人は父とは違う。
リルカはなにも言わずに消えてしまったマーベルと、ルーシャを重ね合わせてしまっていたことを自覚すると、すぐに思い直してルーシャを力一杯抱き締める。
「だけど話してくれないとなにも出来ない。だからなんでも話せる相手だって思ってもらえるように、もっともっと強くなってみせるから」
「仔犬ちゃん……」
ギルドの中に居るから配慮しているのだろう、先ほどからリルカの名は呼ばずに、それでも愛しげにリルカの顔を覗き込んで唇を奪うルーシャと、貪るような激しいキスを交わす。
そのまま揉み合うように寝台に押し倒されてから、リルカは慌ててルーシャの胸を叩くと、掃除が途中なのを理由になんとかその腕の中から逃れる。
「埃っぽいから、ちゃんと掃除しないと」
「だからそんな意地貼らないで、アタシの部屋に来ればイイのに」
「そんなことしたら寝れなくなっちゃうでしょ」
「あら大胆。なにをそんなに期待してるのかしら。朝まで寝かせないで欲しいのかしら」
唇が弧を描いてまたキスを迫るルーシャを咄嗟に叩くと、リルカは慌てた様子で乱れかけた服を整えて、寝台から離れたところに逃げる。
「ちょっと、本当にだめだってば。今日は稽古もしたし汗いっぱいかいたし、この部屋まだ埃っぽいし。本当にやめて」
「仕方ないわね。分かったわ、じゃあ掃除の続きしなくちゃね。その後一緒に湯浴み済ませるわよ」
「は!? なんでそうなるの」
ルーシャの一言に顔を真っ赤にしたリルカを面白がるように、口角を上げて妖艶に微笑むとルーシャは掃除を再開した。
「お前本当に大丈夫なのか」
「またその話」
「なんだよその顔は」
寝台を設置し終えると、埃っぽい部屋の掃除をしながら、リルカはほうきの柄に手をついて顎を乗せ、うんざりしたように呟いて溜め息を吐く。
「ムゥダルはグリードと違って、クソオヤジより口うるさい」
「お前の父ちゃんと一緒にすんなよ。大体俺はまだ二十七だ。こんなセクシーでエロいお兄さんを捕まえて、オヤジ扱いすんな」
「そういうところがオッサン臭いんだよ」
掃除を再開すると、ルーシャと付き合うことに反対なのか、過度な心配をするムゥダルに、なにがそこまで心配なのかとリルカは首を傾げる。
グリードもそうだが、ルーシャがその生い立ちから色々と秘密を抱えていることがよほど気になるのか、それとも、その秘密全てを把握していなければ付き合うことが難しいのか。
ルーシャに近しい二人は事情を知っているようで、リルカはまだそれを知らないことにもどかしさを感じながら、掃除する手を動かす。
「ムゥダルに心配掛けたい訳じゃないけどさ、なんでそんなに心配するの。ルーシャはムゥダルみたいに派手に女遊びもしないし、男遊びしてる訳でもないよ」
「その手の心配をしてる訳じゃねえよ。そうじゃなくて、アイツからちゃんと話を……」
ムゥダルがそこまで言い掛けた瞬間、勢いよく部屋の扉が開いて、話題の張本人であるルーシャが満面の笑みを浮かべて飛び込んできた。
「仔犬ちゃあん、掃除手伝いに来たわよぉ。あらヤダ、ダーリンまだ居たの」
入ってくるなり掃除もせずに寝台に座り込むムゥダルを見つけて、不快さを隠そうともせずに、ルーシャがシッシと手首を払って出ていけと促す。
「俺を好きなのか鬱陶しいのか、どっちかややこしい言い方すんな」
「アタシに好かれて嬉しいクセにイヤねぇ。寝台運び入れたならもう出て行ってくれてイイのよ。後はアタシがやるからもうイイわ。はい、お邪魔虫は散った散った」
「お前マジでなんなの」
ムゥダルはその調子の良さに苦笑しながらも、ルーシャと二言、三言やり取りを交わすと、寝台の足元を拭くのに使った布を木桶に投げ入れて部屋を出て行った。
二人のやり取りに構わず浴室の床掃除に取り掛かっていたリルカは、部屋の扉が閉まる音を聞いた直後に、逞しい腕の中に閉じ込められてギョッとする。
「わっ、なに!」
「やっと二人っきりになれたわ」
「一瞬ムゥダルが血迷ったのかと思ったよ」
「イヤね、アタシが居るのにそんなことさせるワケないでしょ」
ルーシャはそう呟いてリルカの耳を食むと、そのまま身を屈めるように首筋に口付ける。
「ちょっとルーシャ、まだ片付けの途中だってば。邪魔しに来たなら帰ってよ」
「随分冷たいわね。アタシは一秒だってアナタと離れていたくないのに」
ルーシャが耳元に囁くと、リルカは正面を向いたまま顔を真っ赤にして体を強張らせる。
「なぁに、アタシに緊張してるの」
クッと喉を鳴らして揶揄うように、脇腹を撫で始めたルーシャの手を掴むと、リルカは思い出したように大きめの声を出す。
「グリードとムゥダルがね」
「ちょっと、アタシと居るのに他の男の名前出すなんて、随分酷いことするわね」
リルカを抱いていた腕を外すと、腕の中のリルカを反転させて向かい合うように肩を掴み、ルーシャは身を屈めて愛しい恋人の顔を覗き込む。
「ルーシャ、俺そんなに信用出来ないかな」
「どういうことかしら」
「まだ俺に話してないことあるんだよね。あの二人は当たり前みたいに知ってたし、ムゥダルもそれを心配してた。それにグリードは、心の準備もあるだろうけどルーシャから直接聞けって」
「……そう、二人がそんなことを」
ルーシャは困惑したような表情を浮かべると、リルカの髪を撫でてお節介なのよと苦笑する。
その顔を見れば、やはりまだリルカには打ち明けていない秘密を抱えているのは明らかだった。
「やっぱり俺には話せないの」
リルカはルーシャの手を取るとゆっくりと握り込み、不安を浮かべた顔で見上げると、変わらず困ったような複雑な表情のルーシャが、その頬に手を添えて親指を動かしてそっと撫でる。
「不安にさせたのね。ごめんなさいね、仔犬ちゃん」
呟くルーシャの様子から、やはり自分には話す気がないと悟ると、打ち明けてもらえない寂しさが、父マーベルのそれと重なってリルカを酷く悲しい気持ちにさせる。
自分如きでは、なんの力にもならないのだと。
血の繋がった家族ですら、手を差し伸べることが出来なかった。いや、伸ばしている手を見てはもらえなかった。
それを思い出してリルカが目に涙を溜めると、ルーシャは慌てたようにリルカを抱き寄せて、唇を寄せて涙を拭うように顔を覗き込む。
「ごめんなさいね。アタシが話をしないのは、アナタに嫌われたらどうしようかって不安が、まだどこかにあるからなの。決してアナタを信じてないワケじゃないのよ」
そう言って口付けるルーシャの様子に、リルカのことを傷付けたくないと言った言葉を思い出し、リルカは溢れそうになる不安の声を呑み込む。
この人は父とは違う。
リルカはなにも言わずに消えてしまったマーベルと、ルーシャを重ね合わせてしまっていたことを自覚すると、すぐに思い直してルーシャを力一杯抱き締める。
「だけど話してくれないとなにも出来ない。だからなんでも話せる相手だって思ってもらえるように、もっともっと強くなってみせるから」
「仔犬ちゃん……」
ギルドの中に居るから配慮しているのだろう、先ほどからリルカの名は呼ばずに、それでも愛しげにリルカの顔を覗き込んで唇を奪うルーシャと、貪るような激しいキスを交わす。
そのまま揉み合うように寝台に押し倒されてから、リルカは慌ててルーシャの胸を叩くと、掃除が途中なのを理由になんとかその腕の中から逃れる。
「埃っぽいから、ちゃんと掃除しないと」
「だからそんな意地貼らないで、アタシの部屋に来ればイイのに」
「そんなことしたら寝れなくなっちゃうでしょ」
「あら大胆。なにをそんなに期待してるのかしら。朝まで寝かせないで欲しいのかしら」
唇が弧を描いてまたキスを迫るルーシャを咄嗟に叩くと、リルカは慌てた様子で乱れかけた服を整えて、寝台から離れたところに逃げる。
「ちょっと、本当にだめだってば。今日は稽古もしたし汗いっぱいかいたし、この部屋まだ埃っぽいし。本当にやめて」
「仕方ないわね。分かったわ、じゃあ掃除の続きしなくちゃね。その後一緒に湯浴み済ませるわよ」
「は!? なんでそうなるの」
ルーシャの一言に顔を真っ赤にしたリルカを面白がるように、口角を上げて妖艶に微笑むとルーシャは掃除を再開した。
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