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(27)ギルドへの帰還

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 〈レヴィアタン〉に戻ったリルカとルーシャを見たムゥダルは、一目でその変化に気付いてリルカを問いただそうとしたが、グリードにそれを止められて嘆息する。

「ルカも子供じゃないんだ。恩人から預かって気に掛けていることは分かるが、お前みたいなヤツに引っ掛かるより余程マシじゃないのか」

「グリードお前、まさか分かってて一緒に行かせたのかよ。でもルーシャは」

「ムゥダル。惚れた腫れたは他人が口出すことじゃない」

 まだなにか言おうと食って掛かるムゥダルを制すと、グリードはリルカを振り返って大丈夫だと頭を撫でた。

「ちょっと、アタシの仔犬ちゃんに勝手に触らないでちょうだい」

 グリードの手を払い除けてリルカを抱き締めると、愛しげな蕩け切った顔を隠しもせずに、ルーシャはリルカの髪に何度も口付ける。

「ルーシャ、やめてよ。恥ずかしいって」

「あら照れてるの。もう、仔犬ちゃんったらそんな恥じらう姿も可愛いんだからぁ」

「おい、そこのバカ二人。ここがギルドの中だって忘れるな。大体、他のヤツらにどうやって説明するんだよ」

 ムゥダルは壁にもたれると、頭を抱えた様子でリルカに男装はやめるのかと確認する。

「ちょっと、俺までバカみたいに言わないでよ」
「あら仔犬ちゃん酷いわね」

 またイチャイチャし始める二人にグリードが呆れたように咳払いすると、リルカはルーシャに抱き締められたまま、やめないよとムゥダルを見る。

「みんなを騙すみたいで気が引けるけど、俺は今まで通りに過ごすよ。ここは男所帯だし、みんなに変に気を遣って欲しくないし」

「まあそれが妥当だろうな。アチューダリアを離れても、お前がそんな格好してるのには理由があるからだろうし」

 そう返したグリードに続いて、ムゥダルは不服そうにしながらも同調する。

「そうだな。周りを変に刺激しないことに越したことはねえだろうし、親父さんのこともあるからな」

「うん。ありがとうムゥダル、グリード」

 ルーシャの腕からなんとか逃げ出すと、リルカは乱れた髪を整えて、まだ抱きつこうとするルーシャを押し除ける。

「じゃあ部屋はどうするんだ」

 ルーシャをさりげなく叩いてリルカから引き離すと、グリードは二人の間に入って、空き部屋はいくつかあったはずだと、今後どうしていくのかリルカに尋ねる。

 そもそもリルカがムゥダルと同室になったのは、男装の理由を把握したムゥダルの助けを借りて、ルーシャと距離を取るためだった。
 しかし今となっては、事情を把握しているのはムゥダルだけではないし、リルカとルーシャは想い合う恋人同士になった。ムゥダルと同室で過ごす理由はない。

「そんなのアタシと一緒の部屋に決まってるじゃない」

「こう言ってるけど、ムゥダルとの同室は解消するにしても、ルカはそれで良いのか」

「俺は別に一人部屋で良いんだけど」

 リルカがそう答えると、一気に悲壮感を漂わせてルーシャが嘘でしょと大きな声をあげる。

「ヤダ仔犬ちゃん、なんでそんなこと言うのよ」

「早速フラれてんじゃねえかお前」

「うるさいわね。アンタこそ用無しなんだから黙ってなさいよ。犯すわよ」

「なんでだよ! まだそんなこと言ってんのかよ」

 喧しく騒ぎ始めたルーシャとムゥダルから引き離すように、グリードはリルカの腕を掴むとそのまま部屋を出て食堂に向かう。

 今日は珍しく財宝探索トレジャーハントのクエストで、〈ファフニール〉に乗り込んで遠出してるメンバーが多く、ギルド内の人影はまばらだ。

「お前は良かったのか」
「なにが」

「ルーシャはああ見えて、厄介なモノを抱えてるぞ」

「お母さんのことなら……話してくれた」
「まあ、恋人ならそれは話すか」

 グリードはルーシャと同じく昔から〈レヴィアタン〉に所属してる。それでなくても二人にはしっかりとした信頼関係があるように見えるので、複雑な事情も全て把握しているのだろう。

「ちょっと待ってグリード。それはって、他にもなにかあるの」

「他にもって、やっぱり聞いたのは母親のことだけか。悪いけど、アイツが抱えてる事情はかなり込み入っててな。俺から話すより、アイツ本人から聞け」

「そっか、まだ言わないでいることがあるんだね」
「まあアイツにも心の準備があるんだろ」

「心の準備……」

 リルカはルーシャを受け止めたいと言った。
 その結果ルーシャは亡くした母親の話を口にしたはずだ。それでもまだリルカに打ち明けていないことがあるとしたら、それはきっとリルカを思ってのことだろう。

『リルカはきっと優しいから、アナタが傷付くのがイヤなのよ。今からする話を聞いた後、アナタは恋情じゃなくてアタシに同情の目を向けるわ。それが怖いのよ』

 話をする前にルーシャはそう口にしていた。
 母親が父親の命令で意図的に殺されたと言うだけでも、確かに複雑に込み入った事情があるのだろう。それに復讐を決意して背中にタトゥを刻んだとルーシャは言っていたのだ。

「ルカ、どうした」
「ごめん、なんでもない」

 食堂でザラスを持ったまま動かなくなったリルカに、グリードがルーシャのことかと心配の眼差しを向けるが、リルカは首を振って食事を盛り付ける。

「それで。一人部屋に移動するかどうするか決めたか」

 窓際の席に座り、ボザンのラトゥールにちぎったザラスを浸して口に放り込むと、グリードは口をもぐもぐ動かしながらリルカの顔を見る。

「俺は一人部屋で良いんだけど、ルーシャが許してくれない気がしてる」

「ははは、アイツはお前のことが相当可愛いらしいからな。一人部屋にしたところで、我が物顔で入り浸るだろうな」

「笑い事じゃないよ。自由な時間がなくなっちゃうよ」

「すまんすまん。まあでも、お前の事情を分かってるんだから、隠れ蓑にするには良いんじゃないか」

 保護者が変わるだけだと、グリードは可笑しそうに肩を揺らす。

「でも相手がルーシャだと、おかしな噂が立たないかな」

「それこそ今更だろ。そもそもムゥダルと同室になったのも、お前がガキだから一人で寝れないってみんな思ってるぞ」

「そうなの、なにそれ。俺は元々一人部屋だったのに」

 グリードから思わぬ話を聞かされて口を尖らせ、そのままたわいない会話をしながら食事を取ると、しばらくしてクエストから戻ったメンバーがちらほら姿を見せる。

 そうして賑やかになった食堂の片隅で、グリードは不意に優しい笑顔を浮かべてリルカを見つめる。

「お前で良かったと、俺は思ってるよ」
「俺で良かったってなにが。どうしたの急に」
「アイツのこと、頼むぞ」

 グリードの手が伸びてリルカの頭を乱暴に撫でると、それがルーシャに近しい友人としての言葉だと理解して、リルカは少しだけ頬を紅潮させた。

「さて、腹ごなしに訓練付き合ってやろうか。それとも帰ったばかりで休みたいか」

「グリードが相手してくれるの? やるやる、すぐ行こ」

「これを誰かさんに聞かれたら後が怖いな」

 グリードがぼそりと呟くが、滅多に手合わせできない相手からの申し出に浮かれるリルカの耳にはその言葉も届かない。

「なにしてんのグリード、早く片付けて広場行こうよ」

「はいはい。ちゃんと手加減してくれよ」
「それはこっちのセリフだよ」

 満面の笑みを浮かべたリルカは、グリードの手を引いて広場に向かった。
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