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(23)ソロクエスト(保護者付き)

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 ミヒテの光が窓から差し込み、その眩しさで目を覚ましたリルカは、いつもなら冷え込むこの時期なのに、どうしてこんなに暖かいのだろうと、重たい瞼をゆっくりと開ける。

「…………ひっ!」

 鼻先をくすぐる甘く華やかな香りの原因がすぐに分かると、リルカはビクッと体を震わせて大声が出そうになる口元を押さえた。

 寝台の上で窮屈そうに身を屈め、リルカを抱き寄せて眠るルーシャの美しい顔が目の前にある。

 考えないようにすればするほど、この唇が自分の唇に重なったのだと想像してしまい、咄嗟に顔を背けようとしても、固く抱き込まれた腕から逃れられず規則的な息遣いを浴びてしまう。

「ルーシャさん、あの」
「…………」

 リルカが囁くような声を出した程度では、ルーシャが起きる気配はない。それどころか、抱き締められた腕が一層力強くなって、角が取れて丸くなった甘い香りがリルカの羞恥を煽る。

「ルーシャさん! 起きてください、クエストに向かわないと」

「……あれ、仔犬ちゃんだ」

 普段聞くよりも甘く掠れた低い声に、リルカは真っ赤な顔が更に色濃く染まるのを感じる。なのに強く抱き締められているせいで、顔を背けることすらままならない。

「あの……、そろそろ放してもらえませんか」

「ああ、アタシあのまま寝ちゃったのね」

 なんでもないことのように呟くと、ルーシャはさりげなくリルカを抱き寄せて、愛しい恋人のように額に口付け、甘えるように顔を近付けて鼻頭をリルカの鼻に擦り付ける。

「おはよ、仔犬ちゃん」

「お、はよう、ございます。あの、放してくれると嬉しいんですけど」

「イヤだって言ったらどうするの」

 揶揄うような言葉なのに、囁かれた言葉と再び擦り付けられた鼻先が触れて、真剣なのに優しいルーシャの目に見つめられて、リルカの心拍数は上がっていく。

「嫌って、そんなこと言われても、こ、困ります」
「ふふ。冗談よ」

 尻すぼみに断るリルカを見てルーシャは楽しげに笑うと、名残惜しそうにまた額に口付けを落とし、ギュッと抱き締める腕に力を込めてから、その手を離して体を起こす。

「あら、イイ天気じゃない」

「そうですね、メウラールには昼までに着きたいので、朝食を済ませてすぐ発ちます」

「あらヤダ、心強い」
「揶揄わないでください」

 起き抜けにリルカの心臓を脅かす出来事があったものの、和やかに食事を済ませて身支度を整えると、世話になったコノの村長に挨拶をしてメウラールに向けて出発する。

 メウラールは北東部にある比較的栄えた街で、港町ミヴァネリからの行商人も多く、交易が盛んな豊かな街だ。
 しかし一方で、その背後に古代遺跡レリークを抱えた鉱山での採掘が主たる収入源となっていて、骸獣フリーク被害は後を絶たない。

 五時間ほどの移動を経てメウラールに到着したリルカとルーシャは、宿屋の手配を済ませるとすぐに街の役場に顔を出して情報を集め、郊外にある採掘場近くの古代遺跡レリークまで足を運ぶ。

煙毒ポイズの数値が基準よりかなり高い」

 用意した除空具キャンセラーを装備して、計測器を片手にリルカは辺りの様子を見渡す。

「ここの古代遺跡レリークの構造は少し厄介なのよ。煙毒ポイズの流出自体を抑え込もうとしても、最深部に吹き溜まりがあってね。イヤになっちゃう」

「だから頻繁にクエストが発生するんですね」

「根本を叩ければイイんだけど、そう簡単にはいかないわ」

 リルカとしては煙毒ポイズの流出を排除して、根本から叩きたい気持ちがあるが、今回のクエストにそれは含まれていない。

 悶々とした様子のリルカに気付いたルーシャが、もう一つ理由はあるとして、感情のままに暴走しないように釘を刺す。

「メウラールで採れる鉱石は特殊でね、その要因は煙毒ポイズによるものだと考えられてるわ。いわゆる化学変化ね。だから煙毒ポイズを断つことは、街の産業を潰し兼ねないの」

 つまり骸獣フリーク被害はその副産物で、致し方ないということなのだと、渋々だがようやくリルカも理解した。

 その後ルーシャは傍観に徹し、リルカは一人で討伐クエストをこなして、十体近くの骸獣フリークを始末すると、素材となる部位を回収して山を降りる。

「仔犬ちゃん! 左に跳びなさい!」

 突如ルーシャの怒号が響き、リルカは危険を察知して左の岩場に飛び込み身を潜める。

 急襲して来たのは骸獣フリーク化したワイバーンだ。

 ルーシャの声が無ければ、あの角度で突っ込まれてリルカの体は岩場に叩きつけられ、そのまま嬲り殺しにされていたかも知れない。

 額に滲んだ汗を拭い取り、体勢を立て直して剣を抜こうとしたその瞬間、ルーシャの剣が閃光を描いてワイバーンは地に落ちた。まさに刹那の出来事だった。

 ルーシャは仕留めたワイバーンの首元を抉り取り、なにかを掴んで逡巡している。そして驚くことに地に横たわったワイバーンが霧散して消えていく。

「ルーシャさん、これは一体」

「これは高濃度に圧縮された魔素が蓄積したユグシアル鉱石よ。このワイバーンは意図的にこれを埋め込まれて骸獣フリーク化させられたってこと。魔術で操られてたのよ」

 ルーシャの手の中で蠱惑的な紫色に光る石に、そんな力があると言うのだろうか。

「魔素、ですか」

「ええ。魔素は魔術を使うために必要になる物よ。この世界には魔術は存在するし、それを扱えるヤツが居るってことよ」

「そんな物、直接手に持って大丈夫なんですか」

「直接的に害がある訳じゃないわ、魔術が介在しない限り危険な物ではないの」

「でもこれがワイバーンを操ってたんですよね」
「あらヤダ、そう言われればそうね」

「ちょっと、ルーシャさん!」

「冗談よ。多分だけど、体内に埋め込むことで魔術が発動する仕掛けがあるのよ。じゃなきゃ世の中に出回ってるユグシアル鉱石を使った加工品は全部排除しなきゃいけなくなるわ」

 発色の強さがそのまま魔素の濃さを表すのだとルーシャは説明すると、辺りを警戒しながら山を降りて街に引き返す。

 役場に再び足を運んでクエスト完了の認定印を受け取ると、その足で宿屋に戻って楽しく夕食を終えたリルカにまた災難が降りかかる。

 二部屋手配したはずが、二人部屋を一つしか用意されていなかったのだ。

「本当にすみません」

「あら、どうしてかしら。アタシにとっては好都合よぉ」

 科を作って胸の前で手を組むルーシャは楽しげに笑っている。

「好都合って」

「すぐ手が届くから、こんな風に抱っこ出来ちゃうの」
「ちょ、うわっ」

 今朝嗅いだばかりの甘い香りは薄れ、それでもやはり言葉とは裏腹に逞しい腕の中に閉じ込められると、ワイバーンを瞬殺してしまった光景が蘇り、リルカの胸はドキドキと高鳴る。

「今回は本当によく頑張ったわね、仔犬ちゃん」

「ルーシャさんが居てくれたおかげです」

「あぁあもう! 健気過ぎるのよ、なんでこんなに可愛いのかしら。もう我慢出来ないわ」

 リルカが返事をしようとした唇は、あの日のようにルーシャの唇に塞がれた。
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