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(22)認められたい
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帝都アエスの北の街道を、東に向かってスチームバイクで駆け抜けると、日が暮れてミヒテと共にヌセが空に浮かぶ頃には荒涼な山岳地帯が広がる砂塵が舞う大地に辿り着く。
「慣れた走りで安心したわ。ギィタスもたまには役に立つじゃない」
リルカの物より二回りほど大きなスチームバイクを、それに跨ったまま停車させると、砂避けのゴーグルを外してルーシャが優しげな眼差しを向ける。
「ギィタスは意外と教えるのが好きだし、よく褒めてくれて、教え方も上手いですよ」
「ヤダ、なぁに。仔犬ちゃんたら、すっかりギィタスに手懐けられちゃってるじゃない」
「どうなんでしょう。でもみんなちゃんと厳しくて優しいから、俺はみんなに応えたいと思ってます」
「健気なこと言うわね。でもそういうところが可愛いと思っちゃう」
科を作るルーシャに苦笑いすると、断りを入れてから取り出した地図で進路を確認する。
エイダーガルナ帝国が統治するイゴラス大陸大きく分けるなら、帝都アエスを擁する内陸部は経済と学術が発展した都市部で、東の港街付近は工業、西や南は農耕と酪農、北は山岳地帯で古代遺跡を多く抱え、骸獣被害に晒される危険地帯である。
リルカが今回目指すのは、北東部にあり主に採掘で生計を立てるメウラール地方。今はその手前の旧国ジンダリアの東端に居ることになる。
手前とは言っても移動距離にすると、スチームバイクを使ったとしても、更に半日を要するほど離れた場所だ。
「やっぱりイゴラス大陸は広大ですね」
「そうね。だから飛翔艇がなくてはならないのかも知れないわね」
「やっぱり実際動いてみないと見えないところも多いです。だから考えたんですけど、移動を見越して燃料は確保してきましたが、夜間移動は出来るだけ避けようと思うんです」
「あら、仔犬ちゃんがどうしてそう思うのか、教えてもらってもイイかしら」
驚いたそぶりで首を傾げるルーシャだが、その目は笑っておらず、むしろリルカを試すような色さえ浮かんでいる。
「俺は今回の遠征が初めてです。夜間戦闘は何度か経験したけど、まだ万全とは言えません。その上慣れないスチームバイクに乗りながらの戦闘は、下手すると移動手段を失ってしまう」
「夜戦に関してはもっと経験を積むべきね。でも今回のような場合、確かに移動しながら挑戦するには危険度が高い。だけどまだ見通しが甘いわね仔犬ちゃん」
ルーシャはそこで言葉を切ると、質問しようとするリルカを目で制して続く言葉で叱咤する。
「クエストを一度受ければ、経験がないことを言い訳には出来ないわ。目的地までは早くて半日。でもこの辺りには大型獣がごまんと居て、北からの風で煙毒が運ばれやすいの」
「じゃあ野営したところで、骸獣に襲われるってことですか」
「端的に言えばね。野営と簡単に言うけど、仔犬ちゃんは、この辺りの生態系が頭に入ってるのかしら」
「……すみません。不勉強でそこまでは」
「でしょうね。ガリプソ、ノウェンタル、アルノキス。大型で厄介なのはその辺りね」
ルーシャは三種類、竜種の獣の名前を挙げると、群れでの行動がないことが救いだと厳しい表情で続ける。
「仔犬ちゃんに足りないのは危機意識。これが圧倒的に不足してるのよ。もちろんアチューダリアでは、安全な生活が保障されていたんだから無理もないけれど、それは致命傷だわ」
「はい」
「分かってくれたらイイわ。ならどうするかは分かるわよね」
「急襲を警戒しながら、ここから一番近くコノの村まで移動を続けます」
「そうね。イイんじゃないかしら」
ルーシャはようやく笑顔を浮かべると、リルカの頬を摘んで斜めに引き上げて、笑った方が可愛いからと緊張をほぐすように揶揄い始めた。
「いたた、やめてください」
「イヤよ。この方が圧倒的に可愛いんだもの、ほらニッて笑ってごらんなさい」
「可愛さは必要ないです、俺男だし。ってもう、本当に離してくださいよ」
「むさ苦しい仔犬ちゃんなんてイヤよ」
「知らないですよ」
ひとしきりくだらない会話をして、ようやくリルカにいつも通りの笑顔が戻ると、ルーシャは揶揄うのをやめて、行きましょうかとゴーグルを目元に戻す。
「泊まることを想定するなら、二十一時までにコノの村に着けるように、少し急いだ方がイイわね。先導は任せたわよ」
「はい。じゃあ向かいます」
リルカは再びスチームバイクに跨ると、エンジンをふかしてバイクを走らせる。
山岳地帯に面した陸路から南下して内陸に向かって移動すると、道が整備された大きな森に突き当たる。
二時間ほど掛け、途中で夕食用の獣を狩りながら、その広大な森を抜けると、一気に視界が開けて豊かな田園風景が広がる。
どこまでも続くその景色は幻想的で、ミヒテが照らす時間に見たかったと少しがっかりしながらも、リルカは頭の中の地図を広げ、目的のコノの村を目指して直走る。
そうして走り続けること三時間。予定していたよりも一時間早く二十時にはコノの村に到着した。
「じゃあ俺、宿屋があるか確認してくるので、少し待っててください」
「あら。アタシが知ってるとは思わないの、仔犬ちゃん」
「思ってますよ。でも自分一人を想定して動きたくて」
「ヤダ健気、もうっ、そんなにキュンキュンさせないでよ」
「ははは、じゃあちょっと行ってきます」
リルカはバイクを置いて村に入り、民家を訪ねて情報を収集する。その健気な姿をルーシャは遠巻きに眺めて、参ったように情けなく破顔して口元を押さえる。
しばらくして戻ってきたリルカの顔色が優れない理由を知りつつも、ルーシャは結果を尋ねて報告を聞く。
「どうだったのかしら」
「村の中に入っても問題ないそうですが、宿屋はありませんでした。あ、でも野営ではなくて、村長が空き家になったあばら屋を使っても良いと言ってくれました」
「まあ、交渉としてはよくやったんじゃないかしら。お疲れ様、仔犬ちゃん。村の人は朝が早い分、寝静まるのも早いから急ぎましょ」
ルーシャが言った通り、民家に灯る明かりまでは消えていないが、村の中は静かで、いつも賑やかな〈レヴィアタン〉の生活に慣れたリルカは寂しさに似た気分になる。
「良かったわね。調理台は普通に使えそうよ」
「じゃあ俺が支度しますね」
リルカは狩ってきたマイソ鳥を手早く絞め、刈り取ってきた野草を湯引きしてから、木の実を砕き、さっと炒めて、持参した調味料で味付けする。
マイソ鳥は臭みが強くてしっかりと血抜きする必要があるので、下処理を整えてからしっかりと焼いて一口大に切る。それらを後から合わせて和えれば完成だ。
「携帯用の調理器具なので、あまり上手く出来なかったかも知れません」
「そういう時は、美味しく出来過ぎてヤバいって顔で出すのよ」
リルカが調理してる間に、埃払いを済ませてくれていたルーシャと夕食を済ませると、一緒に片付けを終わらせてから寝台が一つしかないことに気付く。
「え、と……俺、床で寝ますね」
「なに言ってるの仔犬ちゃん。もう福音の月なのよ、旅慣れてない仔犬ちゃんがそんなことしたら、体が冷えちゃうわ。クエスト前に体壊す気なの」
有無を言わせない様子でルーシャが床で眠る支度を始めてしまい、リルカは申し訳なさを感じながらも、その優しさに感謝して寝台で眠る支度をした。
「慣れた走りで安心したわ。ギィタスもたまには役に立つじゃない」
リルカの物より二回りほど大きなスチームバイクを、それに跨ったまま停車させると、砂避けのゴーグルを外してルーシャが優しげな眼差しを向ける。
「ギィタスは意外と教えるのが好きだし、よく褒めてくれて、教え方も上手いですよ」
「ヤダ、なぁに。仔犬ちゃんたら、すっかりギィタスに手懐けられちゃってるじゃない」
「どうなんでしょう。でもみんなちゃんと厳しくて優しいから、俺はみんなに応えたいと思ってます」
「健気なこと言うわね。でもそういうところが可愛いと思っちゃう」
科を作るルーシャに苦笑いすると、断りを入れてから取り出した地図で進路を確認する。
エイダーガルナ帝国が統治するイゴラス大陸大きく分けるなら、帝都アエスを擁する内陸部は経済と学術が発展した都市部で、東の港街付近は工業、西や南は農耕と酪農、北は山岳地帯で古代遺跡を多く抱え、骸獣被害に晒される危険地帯である。
リルカが今回目指すのは、北東部にあり主に採掘で生計を立てるメウラール地方。今はその手前の旧国ジンダリアの東端に居ることになる。
手前とは言っても移動距離にすると、スチームバイクを使ったとしても、更に半日を要するほど離れた場所だ。
「やっぱりイゴラス大陸は広大ですね」
「そうね。だから飛翔艇がなくてはならないのかも知れないわね」
「やっぱり実際動いてみないと見えないところも多いです。だから考えたんですけど、移動を見越して燃料は確保してきましたが、夜間移動は出来るだけ避けようと思うんです」
「あら、仔犬ちゃんがどうしてそう思うのか、教えてもらってもイイかしら」
驚いたそぶりで首を傾げるルーシャだが、その目は笑っておらず、むしろリルカを試すような色さえ浮かんでいる。
「俺は今回の遠征が初めてです。夜間戦闘は何度か経験したけど、まだ万全とは言えません。その上慣れないスチームバイクに乗りながらの戦闘は、下手すると移動手段を失ってしまう」
「夜戦に関してはもっと経験を積むべきね。でも今回のような場合、確かに移動しながら挑戦するには危険度が高い。だけどまだ見通しが甘いわね仔犬ちゃん」
ルーシャはそこで言葉を切ると、質問しようとするリルカを目で制して続く言葉で叱咤する。
「クエストを一度受ければ、経験がないことを言い訳には出来ないわ。目的地までは早くて半日。でもこの辺りには大型獣がごまんと居て、北からの風で煙毒が運ばれやすいの」
「じゃあ野営したところで、骸獣に襲われるってことですか」
「端的に言えばね。野営と簡単に言うけど、仔犬ちゃんは、この辺りの生態系が頭に入ってるのかしら」
「……すみません。不勉強でそこまでは」
「でしょうね。ガリプソ、ノウェンタル、アルノキス。大型で厄介なのはその辺りね」
ルーシャは三種類、竜種の獣の名前を挙げると、群れでの行動がないことが救いだと厳しい表情で続ける。
「仔犬ちゃんに足りないのは危機意識。これが圧倒的に不足してるのよ。もちろんアチューダリアでは、安全な生活が保障されていたんだから無理もないけれど、それは致命傷だわ」
「はい」
「分かってくれたらイイわ。ならどうするかは分かるわよね」
「急襲を警戒しながら、ここから一番近くコノの村まで移動を続けます」
「そうね。イイんじゃないかしら」
ルーシャはようやく笑顔を浮かべると、リルカの頬を摘んで斜めに引き上げて、笑った方が可愛いからと緊張をほぐすように揶揄い始めた。
「いたた、やめてください」
「イヤよ。この方が圧倒的に可愛いんだもの、ほらニッて笑ってごらんなさい」
「可愛さは必要ないです、俺男だし。ってもう、本当に離してくださいよ」
「むさ苦しい仔犬ちゃんなんてイヤよ」
「知らないですよ」
ひとしきりくだらない会話をして、ようやくリルカにいつも通りの笑顔が戻ると、ルーシャは揶揄うのをやめて、行きましょうかとゴーグルを目元に戻す。
「泊まることを想定するなら、二十一時までにコノの村に着けるように、少し急いだ方がイイわね。先導は任せたわよ」
「はい。じゃあ向かいます」
リルカは再びスチームバイクに跨ると、エンジンをふかしてバイクを走らせる。
山岳地帯に面した陸路から南下して内陸に向かって移動すると、道が整備された大きな森に突き当たる。
二時間ほど掛け、途中で夕食用の獣を狩りながら、その広大な森を抜けると、一気に視界が開けて豊かな田園風景が広がる。
どこまでも続くその景色は幻想的で、ミヒテが照らす時間に見たかったと少しがっかりしながらも、リルカは頭の中の地図を広げ、目的のコノの村を目指して直走る。
そうして走り続けること三時間。予定していたよりも一時間早く二十時にはコノの村に到着した。
「じゃあ俺、宿屋があるか確認してくるので、少し待っててください」
「あら。アタシが知ってるとは思わないの、仔犬ちゃん」
「思ってますよ。でも自分一人を想定して動きたくて」
「ヤダ健気、もうっ、そんなにキュンキュンさせないでよ」
「ははは、じゃあちょっと行ってきます」
リルカはバイクを置いて村に入り、民家を訪ねて情報を収集する。その健気な姿をルーシャは遠巻きに眺めて、参ったように情けなく破顔して口元を押さえる。
しばらくして戻ってきたリルカの顔色が優れない理由を知りつつも、ルーシャは結果を尋ねて報告を聞く。
「どうだったのかしら」
「村の中に入っても問題ないそうですが、宿屋はありませんでした。あ、でも野営ではなくて、村長が空き家になったあばら屋を使っても良いと言ってくれました」
「まあ、交渉としてはよくやったんじゃないかしら。お疲れ様、仔犬ちゃん。村の人は朝が早い分、寝静まるのも早いから急ぎましょ」
ルーシャが言った通り、民家に灯る明かりまでは消えていないが、村の中は静かで、いつも賑やかな〈レヴィアタン〉の生活に慣れたリルカは寂しさに似た気分になる。
「良かったわね。調理台は普通に使えそうよ」
「じゃあ俺が支度しますね」
リルカは狩ってきたマイソ鳥を手早く絞め、刈り取ってきた野草を湯引きしてから、木の実を砕き、さっと炒めて、持参した調味料で味付けする。
マイソ鳥は臭みが強くてしっかりと血抜きする必要があるので、下処理を整えてからしっかりと焼いて一口大に切る。それらを後から合わせて和えれば完成だ。
「携帯用の調理器具なので、あまり上手く出来なかったかも知れません」
「そういう時は、美味しく出来過ぎてヤバいって顔で出すのよ」
リルカが調理してる間に、埃払いを済ませてくれていたルーシャと夕食を済ませると、一緒に片付けを終わらせてから寝台が一つしかないことに気付く。
「え、と……俺、床で寝ますね」
「なに言ってるの仔犬ちゃん。もう福音の月なのよ、旅慣れてない仔犬ちゃんがそんなことしたら、体が冷えちゃうわ。クエスト前に体壊す気なの」
有無を言わせない様子でルーシャが床で眠る支度を始めてしまい、リルカは申し訳なさを感じながらも、その優しさに感謝して寝台で眠る支度をした。
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