上 下
21 / 46

(21)冒険者の心構え

しおりを挟む
 冒険者ギルド〈レヴィアタン〉が専門とする財宝探索トレジャーハントのクエストは、公的な物もあるが、そのほとんどは出資者が存在する変則的なクエストである。

 それゆえ空賊の異名を持つ彼らが多く扱うのは、飛翔艇〈ファフニール〉での空域巡回と違法改造艇アイドル・シップの取り締まり、古代遺跡レリークの保全を目的とした観察活動が主たるクエストだ。

 しかし〈レヴィアタン〉でも、もちろん骸獣フリーク討伐のクエストを受けることはあるし、メインクエストが変動的な分、日銭稼ぎとして重宝されている。

 福音の月、二日。

 〈レヴィアタン〉のギルド内にある食堂は、昼時の十五時を迎えて賑わっている。

「おいルカ、お前今日はどのクエストに行くんだ」

 ムゥダルは食事を終えると、無作法にも食堂の椅子に膝を立てて、ロングブーツの紐を編み上げる。

「ちょっと、そこみんなが座るんだよ。汚いから足下ろしなよムゥダル」

「ここにそんなこと気にする上品なヤツは居ねえよ」

 ムゥダルは反対の足を上げて膝を折り、同じようにまたブーツの紐を編み上げていく。

 呆れたリルカが大きく溜め息を吐き、もう一言ぶつけようとしたところに、華やかなカーマイン深く鮮やかな紅の髪が視界に入って息を呑む。

「アンタが気にしなくても、アタシはイヤよ。どこ踏んだか分かんない汚い足乗せないでちょうだい。ばっちいわね。はぁい仔犬ちゃん、今日も可愛いわね」

「……どうも」

「お前はそれしか言うことないのかよ。ルカを見る度に可愛い可愛いって、毎日大安売りの文句みたいによ」

「あら、構ってもらえなくて拗ねてるのダーリン。ヤダわ、気付いてあげられなくて。アタシはいつでも良いのよ、部屋に行く?」

「バカやめろ気色悪い」

 リルカが居合わせてしまった夜の会話は聞き間違いだったのかと思うほど、この通りルーシャは平然としていて、今もムゥダルを逞しい腕で締め付けて頬にチュッチュとキスをしている。

「まったく、お前らはいつも賑やかだな」

「グリード」

「おうルカ、また巻き込まれてるのか。いい加減バカは放置する術を覚えろ」

 苦笑してさりげなくルカの隣に座ったグリードは、運んできた昼食を前に祈りを捧げると、なにも見えていないかのように食事を始める。

「グリードは今日どうするの」

「ん、クエストか。俺は〈ファフニール〉で空域巡回だよ。ザバナンの古代遺跡レリークも盗掘騒ぎがあったらしいから、そこも調べてくる予定だな」

「そっか」
「どうかしたか」

「いや、帝都から離れた場所のクエスト受けようかと思ってるんだけど、一人じゃ心許ないからグリード一緒に行けないかなって」

「そうだったか、次は早く言え。一緒に行ってやるよ」
「うん」

 リルカが満面の笑みを浮かべると、それまで騒いでいた正面の二人がグリードを鋭い目で睨んで威嚇し始める。

「おいルカ、俺が行く〈ストラヴァル〉との合同クエストに付いてくるか」

「ムゥダルはSSランクなのに、俺がついていけるワケないじゃない。向こうだってみんなSランク以上の人たちが来るんじゃないの」

「そりゃまあそうだけど」

「じゃあ仔犬ちゃんはどのクエスト受けるのかしら」

 まだなにか言おうとするムゥダルを押し退けると、今度はルーシャが身を乗り出して、リルカのすぐ目の前まで顔を突きつけて首を傾げる。

「俺ですか? えっと、ギィタスがせっかくスチームバイクの特訓をしてくれたから、遠出して東の山岳地帯の骸獣フリーク討伐に行こうかと思ってます」

「東……ああ、メウラールからの依頼が幾つかあったわね。じゃあアタシついてくぅ」

「え」

「なんでギルマスのお前が低級アンダーのクエスト受けるんだよ」

「あら、だったらアンタは仔犬ちゃんを一人で行かせるの? 場数が足りないだけでうちのエース候補なのよ。それが道中スチームバイクで事故起こしたなんて目も当てられないじゃない」

「まあルーシャの発言には一理ある。ルカは圧倒的に経験が足りないから場数を踏んでもらいたい。だが初めての単身遠征で、メウラールまで行くのは正直不安も残る」

 グリードが畳み掛けるように言い切ると、ムゥダルも異論を突き付けるのは難しいのか、二の句が告げずに渋い顔をしている。

「そういうことだから仔犬ちゃん、アタシはアナタを失う訳にはいかないの」

 いつもの様子でにこやかに言い切ると、しかし一旦言葉を区切ってルーシャはリルカを見つめ直す。
 そして次の一言を付け加える時、その顔から一切の表情は消えていた。

「〈レヴィアタン〉を任されたギルマスとしてね」

「……はい」

 言い放たれた言葉は、想像以上にリルカの心を抉った。この人に求められ、必要とされていたのではなかったのかと、消えてしまった感触が、思い出したくないのに唇に蘇る。

 このところ起こった様々な出来事のせいで、リルカは少なからず気持ちが浮ついていたことを自覚した。けれどそれは思い上がりだった。

 そしてルーシャが本来持っている、鋭利で冷酷な面を忘れていたと思うと、体の奥底から震えが迫り上がってくる。

 最初に〈ファフニール〉に乗り込むことになった時、ルーシャは死んだら所詮その程度と言い放ち、自分の身を守る程度に働いてくれることを祈ると挑発的な眼差しをリルカに向けた。
 ルーシャが今リルカに向ける視線はあの時と同じ。利用出来ない駒なら要らないと、暗にそう言われている気がしてリルカは打ちのめされた。

「さ。じゃあそういうワケだから、アンタたちは自分の仕事をちゃんとこなすこと。仔犬ちゃんは、アタシとラブラブデートよ」

「おいルーシャ、この状況でよくそんなこと言えるな」

「あらヤダ、二人きりでお出掛けするんだからデートに決まってるじゃない。ダーリンたらまたヤキモチかしら」

「んなワケねえだろ、やめろ、抱き付くなよ」

 賑やかに騒ぐ二人と対照的に、気落ちして俯くリルカに声を掛けたのはグリードだった。

「ルカ、お前がどれだけ剣を扱えようが、加速装置ブースターを使いこなそうが、クエストではなにが起こるか分からない。お前はインデモニルとの戦いで身をもって実感したはずだ」

「……うん」

「慢心は必ず油断と失敗を生む。俺たち冒険者にとってそれは死に直結する。何度も言うが、お前はSSランクの手練れの冒険者と行動を共にしてたおかげで、命拾いした危うさがある」

「はい」

「だからお前は地道に、着実に、〈レヴィアタン〉での信頼を勝ち取らないといけない。お前がルカで居たいなら尚更だ」

「グリード、それは……」

「お前の場所はお前が勝ち取るしかない。初陣の時みたいにだ。やれるだろ」

 グリードはようやく笑顔を浮かべると、プルシャンブルー暗い紫みの青の髪を揺らしてリルカの頭をワシワシと乱暴に撫でる。

 ルーシャの言葉に絶望してる場合じゃない。

 この浮き足だった状態では、またインデモニルの時の二の舞を演じてしまっていたかも知れない。

 気を引き締めて自分に発破を掛けた時、優しげな目を向けるルーシャと目が合って、そうか、とリルカは腑に落ちたように自然な笑顔を浮かべることが出来た。

 この人は、そんな甘さを見抜いたからあんな風に吐き捨てたのだと。都合のいい解釈かも知れないが、リルカはルーシャの期待に応えなければと拳を握り締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...