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(15)イジュナルとルーシャ

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 唯一の肉親である母親は惨殺され、それを指示した男、望まざるとも先の皇帝ネクロミスの血を、イジュナルはその体に受け継いでいる。

 結局のところその血のせいなのか、殺す時になって初めて顔を見た男よりも、残忍で非道な手段でこの場に居る自分は、人の形をしてはいるが人を名乗っても良いのかと乾いた笑いを漏らす。

「生きる価値か」

 イジュナルは呟いてまた小さく笑う。

 帝都アエス南端に位置する広大な帝政丘の中でも、とりわけ簡素な皇宮の一室。
 凄惨な殺戮の現場となった血腥い部屋は、イジュナルが自身を見失わないように、新設した皇宮の地下に移設して残してある。

 数多の首を刎ねて飛び散った血飛沫は、どす黒く燻み滲んでぼやけてはいるが、この場に立てばあの日の光景がありありと蘇る。

「感傷……いや、そんなものではないな」

 イジュナルが踵を返して部屋を出ると、部屋を警備する宮廷兵士のスピアがデモニアル鉱石の廊下を叩く音が響き、兵士の手でその扉が閉ざされた。

「もう良いのか」
「ああ。それで、お前に任せた件はどうなってる」

 半歩後ろを歩くダークチェリーの髪を揺らす男に、目線を合わせることなくイジュナルは足を進める。

「高濃度に圧縮した魔素が、回収した違法改造艇アイドル・シップからも検出された」

「なるほどな」

「凶暴化している骸獣フリークも同様に、コアとして高濃度圧縮された魔素を埋め込まれていた可能性が高い」

「可能性の域を出ない話をする気か」

 イジュナルは鼻を鳴らすと、結果しか望まないと短く吐き捨てる。

 辿り着いた執務室で席に着くと、ダークチェリーの髪の男は抱えていた書類を机の上に置いて一歩後退する。

「先日〈レヴィアタン〉が討伐したワイバーンの死骸から、微量ではあるが魔素が検出されている」

「やはりな」

 イジュナルは資料に目を通しながら男の話に耳を傾ける。

「しかし、これに関しては狙ったようにコアが破壊されているため、ワイバーンを狩った者が証拠隠滅を図った可能性も考えられる」

「なんだと?」

 イジュナルはリルカの姿を思い浮かべ、それはあり得ないと、喉元まで出掛かった言葉をなんとか呑み込んだ。

 あの死闘ならば目の前で目撃した。人の領域を凌駕するほどの闘いぶりではあったが、見た目にそぐわず喧嘩っ早く、ギィタスの挑発に乗る形で飛び出したのも知っている。

「それほど緻密にコアのみが粉砕しているということだ。あれだけの数だ、直接的にコアを砕くよりも、落下してから素材回収の手に紛れて破壊した可能性もあるだろうな」

「いずれにせよ〈レヴィアタン〉の中にやからが紛れ込んでいると言いたいのか」

「憶測に過ぎんが、それは充分考えられる。或いは今回だけ、お前らに同行してクエストに加わった人物だとかな」

「ウェイロン、貴様の発言は度が過ぎる。確証のない話を口にするな」

「それはお前が仲間を疑いたくないからか」

「貴様の耳は付いている意味がないようだ」

 イジュナルが言い終えると同時にウェイロンの頬と耳は一直線に裂け、執務室の扉に暗器が突き刺さる。

 僅かに顔を歪め、滴り落ちる血を押さえるようにウェイロンが耳元に手を当てると、イジュナルは感情の見えない目でウェイロンを見つめる。

「貴様でなくとも手駒はある」

「随分だな」
「言われたくなければ、やるべきことをやれ」

 再び資料に目を戻し、何事もなかったように淡々とした口調でイジュナルは口を開く。

骸獣フリークの死骸と違法改造艇アイドル・シップに埋め込まれたコアに込められた魔素は、ユグシアル鉱石から抽出出来るものと同じで間違いないな」

「ああ。テンペリオスの研究所にも調べさせたが、同質のものだと報告が上がってきている」

「分かった。引き続き物質の詳細な特性を調べろ。あとは魔導士だ」

「魔導士については、アチューダリアに骸獣フリークを扱う戦闘部隊があるとの調べがついている」

「武を誇る剣聖の国が魔術だと」

 剣で拓き、剣で興し、剣で護ってきた。アチューダリアとはそういう国だ。魔術と言われてもにわかには信じがたい。

「仔細は不明だが、剣聖の再来と謳われた剣豪マーベルが、その部隊を率いていたことまでは分かっている」

「率いていた?」

「マーベルは現在その行方が分かっていない。妻は既に亡くなっているが一人娘が居るらしい。しかしその娘も同じく姿をくらましている」

「拐かされたか、或いは」

「ああ。しかしなにかしら関与している疑いは、まだ晴れていない」

「ならば一刻も早く真偽を明らかにしろ」

「耳の治療費、後で請求するからな」
「相変わらず不遜なやつだ」

 イジュナルが苦笑を浮かべると、ウェイロンは執務室の窓から外に出てそのまま姿を消した。

「剣聖の再来と、その娘か……」

 マーベル・レインホルン。その剣技は神の賜物と称され、剣聖アレガルドの再来とまで人々に言わしめた生きる伝説。

 数年前までは、この帝国エイダーガルナにまでその名も轟いていたが、妻を亡くして使い物にならなくなったと風の噂で耳にしたのを思い出す。

「なんだ、この妙な違和感は」

 マーベル・レインホルンがくだん骸獣フリーク使いと関係があるとして、秘密裏にエイダーガルナと手を組み、たかが母子二人を殺すために動くことがあるだろうか。

 なにか見落としている気がするが、今はまだその正体が掴めない。

「で、お前はなにをしに来たんだ」

「大将を迎えにな」
「まったく、次から次へと。警備兵はなんの仕事をしているのやら」

 イジュナルは先ほどまでとは打って変わって柔らかい表情で笑みを浮かべると、椅子から立ち上がって開け放たれた窓からバルコニーに出る。

「それで、ウェイロンは黒なのか」

「さあどうだろうな。今のところ判断するにも材料が圧倒的に不足してるな」

「ムゥダルにも協力してもらえば良いじゃないか」

「今はルカの面倒を見るのもあるだろうから、あまり無茶な要求は出来ん」

「お前は昔からムゥダルに甘いな」

 グリードは苦笑して欄干から飛び降りると、そのまま耳打ちするように身を寄せる。

「まあムゥダルは今動けないんだが」
「どうかしたのか」

 なにかしら含ませる言い方のグリードに、イジュナルは眉間に皺を刻む。

「ルカが下手打ったんだ。クエストで負傷した挙句、毒を食らってムゥダルが看病してる」

「仔犬ちゃんが怪我ですって!?」

「おい、落ち着け。ここが何処だか分かってんだろ」

「あ、ああ。すまない」

 イジュナルは自分でも驚いて口元を覆う。

 やはりムゥダルとリルカが話していた会話を聞いてから、なにかがおかしい気がする。

「あの子の様子はどうなんだ。医者には診せてないのか」

「そこまで大袈裟なものじゃないからな。ムゥダルはルカを連れて来た責任があるだとか言って、他のやつに看病を任せない。アイツにしては珍しいよな」

「まあ恩人の頼みで預かったそうだから、手放しに出来ないだけだろう」

「なるほどな。それでルカの熱が下がったら、〈ストラヴァル〉の方に一度戻るそうだ」

「俺も雑務を片付けたら〈レヴィアタン〉に戻る」

 イジュナルはそれだけ言うと、マントを翻して室内に戻る。その顔にはもう笑みなど浮かんではいなかった。
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