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(6)飛翔艇〈カージナルグウィバー〉

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 リルカが乗り込むことになったのは、クラストラル商会と呼ばれる帝国の商業ギルドが管理する商船であり、小綺麗な客室まで用意された豪華な船だった。

 ムゥダルが所属する冒険者ギルド〈ストラヴァル〉は帝国屈指のギルドであると同時に、帝国内に数多あるギルドを束ねるネガール組合の理事を務めている。
 だからこんな豪華な商船に乗り込めたという訳だ。

 帝国が治めるイゴラス大陸の東端、エイダーガルナの海の玄関口である港町ミヴァネリを目指し、リルカは海の上で過ごす二節の間に、帝国についての様々な知識を頭に叩き込んだ。

 そうして暦は英傑から豊穣へと移り、頬を撫でる風が涼やかになってきた頃、リルカの目の前に信じられない光景が飛び込んで来た。

「さあ見えてきたな。ようこそお嬢さん、エイダーガルナ帝国へ」

「船が、空を飛んでる……」

 大空を飛び交う何隻もの飛翔艇にリルカは息を呑む。

 アチューダリアとエイダーガルナに国交がない訳ではないが、飛翔艇は帝国の独占的な物であり、更に受け入れ体制が整わない地域には、当然ながらそれが乗り入れること自体少ない。

「初めて見たら、そりゃぶったまげるよな」 

 可笑しそうに笑うムゥダルの声すら、リルカの耳には届いていなかった。

 白煙の上がる港町には見たこともない景色が広がり、階段状に形成される街並みの中に、空中を這う太い軌道に沿って動く機械マキナ、道路を走る機械式の乗り物が目に入ってくる。

 挨拶もそこそこに、世話になったクラストラル商会の船を降りると、リルカはムゥダルに先導されて昇降式の金属製の籠に乗り込む。

「ねえムゥダル、これ落ちたりしないよね」
「さあ、どうだろうな」

 腕にしがみついて小刻みに足を振るわせるリルカに、ムゥダルはクスッと笑いながら一瞥くれると、手慣れた様子でレバーを操作してギアを動かし、それに応じるように籠が上昇していく。

 そうして移動して辿り着いた先は、ぶつかり合う金属音や所々で溶接の火花が散る、何隻もの飛翔艇が待機する飛翔場のハンガーだ。

「……凄い」
「声、気ぃ付けろよ。すぐバレるぞ」

 立ち昇る蒸気が晴れ、目の前に現れた見事な意匠と圧倒的な大きさを誇る飛翔艇に、口をあんぐりと開けて固まったリルカの髪を乱暴に撫でると、ムゥダルはまずは挨拶だと呟く。

 多くの飛翔艇が居並ぶハンガーで、一隻の飛翔艇に近付くように、場にそぐわないムゥダルが履いた滑車のついたブーツが踵を鳴らす音が響く。

「ようニック」
「ムゥダルさん!」

 飛翔艇を囲うように組まれた足場の上の方に居た作業着姿の青年は、ムゥダルを見た瞬間に人懐っこい笑顔を浮かべると、金属の板を使って器用に滑るようにして下まで降りて来た。

「お疲れさん。ブルカノの旦那はどこだ」
「艇長なら、ご飯食べに行きましたよ」
「マジか。あ、コイツはルカ。俺の子分」

 いつもの調子でムゥダルは冗談のようにリルカを掴んで、その体の前に立たせると、ニックと呼ばれた青年に挨拶するように頭に手を置いた。

「ニックさん初めまして、ルカです。アチューダリアから来ました」

ウーノスこんにちは、ルカくん。懐かしいな、俺もアチューダリア出身なんだよ。ああ、俺は〈ストラヴァル〉が保有する飛翔艇〈カージナルグウィバー〉の専属整備技師なんだ、よろしくね」

 油に塗れた革手袋を外すと、ニックはアチューダリア式の挨拶をして、優しい人好きする笑顔でリルカに握手を求める。

 女であるのがバレるのではと、リルカは差し出された手を握るかどうするか躊躇するが、それを汲み取ったムゥダルは乱暴に二人の手を取って感触がうやむやになるように誤魔化した。

「まあ同郷のよしみで仲良くしてやってくれ」

「ムゥダルさんの頼みでなくても喜んで」

 作業が残っているらしいニックとはその場で別れると、〈カージナルグウィバー〉の艇長であるブルカノを探しに飛翔場の中に設えられた食堂に向かう。

「ニック以外にも、帝国には移民も多いし差別なんかは無いから安心しろ。ギルドの連中に紹介してやるから、顔と名前は早めに覚えろよ」

「分かった、ありがとう」

 数十の飲食店が軒を連ねる飛翔場の食堂は、かなりの人で賑わっていて、楽しげな人の声が至るところで飛び交っている。
 その中を人波を縫うように突き進むと、食堂の中央付近で食事を終えて葉巻を燻らせる男性に向かって、ムゥダルが手を挙げた。

「よう、旦那」

 歳の頃は四十代の後半か、はたまた五十代か。白髪の混じったモカブラウンの髪を乱雑に後ろで結んだ、少し神経質そうな線の細い男性は、ムゥダルを認めるとニッと口角を上げる。

「無事に帰って来やがったか」

「あたりめえだろ。それよりコイツ紹介するわ、面倒見ることになったルカだ。親が死んで行くところがないらしくてな。恩人の紹介で断れなくてよ」

「初めましてブルカノ艇長、ルカです」

「よう坊主。ほぉう、しかし珍しいこともあるもんだなムゥダルよ。美少年とはいえ、お姉ちゃんたちのケツしか追い掛けねえお前が小僧の面倒を見るとは」

「だから恩人の頼みじゃ断れねえって言ってるだろ」

 向かいの席に座ると、ムゥダルは軽口を叩いてブルカノと楽しそうに談笑を始める。

 ブルカノの話では、あと一時間ほどで定期整備を終えて、飛翔艇〈カージナルグウィバー〉は帝都アエスに帰還する予定らしく、リルカはムゥダルと共にそれに便乗する予定だ。

 軽くなにか食べておこうとムゥダルに小銭を託されたリルカは、座席に迷わず戻れるように近くの店で、ザラスにマジュルの肉とたっぷりの野菜を挟んだオーテスと呼ばれる軽食を買った。

 マジュルは大きな角が特徴的な草食動物で、その肉は臭みがなく柔らかくて一般的に広く食卓に並ぶ食材だ。

 ブルカノと世間話をしながら食事を済ませると、再びハンガーに戻って整備の完了した〈カージナルグウィバー〉に乗り込み、興奮するリルカにムゥダルが微笑む。

「さあ、空の旅だ」

 浮遊した〈カージナルグウィバー〉は緩やかに進み、ミヒテの光が甲板デッキに差し込むと、グンッと重力が掛かった瞬間に急上昇してスピードを増していく。

「飛んでる……」

 眼下に見下ろすミヴァネリの街は、まさに多様性を湛えた不思議な光景が広がっている。

 甲板デッキで風を受け、生まれて初めての光景を前にはしゃぐリルカを眺めながら、ムゥダルはこの先のことを考えて腕を組む。

 冒険者ギルド〈ストラヴァル〉は来るものを拒みはしない。だがそれ故に実力のない者は淘汰され消えてゆき、実力のある者だけが生き残る分かりやすい構図がある。

 アチューダリアからの船旅の間に、肩慣らしを装ってリルカの力量を測ってみたが、あの剣の腕前ならば問題なく〈ストラヴァル〉の一員として食い扶持を稼ぐことは可能だろう。

 衣食住はギルドが賄う物で事足りるかも知れないが、リルカの身を守るためにも、しばらくはムゥダルの元で保護するべきだろうかと顎をさする。

「しばらくお姉ちゃんとは遊べねえな」

 甲板デッキを走り回るリルカに苦笑すると、ムゥダルは今後も乗ることがあるだろうからと、リルカを呼び止めて艇内の案内を買って出た。
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