ド派手なオネェの空賊サマは、男装ショタっ娘な私の貞操を狙っています!?

濘-NEI-

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(1)皇帝殺しと呼ばれる男

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 リンドルナ。
 女神ユレイシアの腕に抱かれ、闇を払う気高き陽で希望の光を与えるミヒテ、闇の中に尊き灯で癒しの光を与えるヌセが天に輝く世界。

 太古の昔、女神ユレイシアはその地に跋扈する骸獣フリークから命を護るため、弱く儚い者たちを新たに天空の大地へと導き、知恵を説き知識を与えると、その背に翼を授けた。

 後に翼人と呼ばれるようになった浮遊の民は、女神の恩恵を受け、先住する獣人らと共に苦難のない土地で堅実に健やかに過ごしていた。

 しかし翼人は所詮人であり、その本質は傲慢で愚鈍な存在。

 女神から多くを学び知識を蓄えると、自分たちこそが世界を統べるに値すると考え始め、浮遊大陸が飛翔石の力で浮かぶと知るや、愚かにも翼人同士でこの石を奪い合う諍いを始めた。
 この諍いによって、欲深き多くの翼人たちもろとも大陸は地へと落ち、彼らの翼はその力を失い見せ掛けだけの物となり、女神の愛を失ってようやく我を取り戻し涙を流した。

 ———そして現在。

 リンドルナには、空に浮かび地上では稀有な獣人たちの棲まう浮遊大陸と、地に落ちた自然豊かな四つの大陸がある。

 翼人の諍いによって地に落ちた大陸のうち、最も広大なイゴラス大陸には、唯一残された浮遊大陸と浮遊島をも統治するエイダーガルナ帝国が存在する。

 エイダーガルナは堕ちた翼人たちから知識を受け継ぎ、目まぐるしい科学躍進の果てに叡智の結晶とも呼べる飛翔艇を生み出すと、その翼で空をも制し天に浮かぶ大地を再び手に入れた。

「マズい、こんな時間か」

 ヴァハード・シドランは時を刻む懐中時計を手に、額に汗を滲ませる。

 リンドルナではミヒテとヌセが交互に天に浮かぶことで、朝と夜を区別し、女神ユレイシアの息子である刻の番人サーキスの天秤が傾く角度で時刻を区切り、一日はおよそ三十時間。

 十日を一節として区切り、季節によって暦は六分割され、それぞれは六節の周期で賢人の月、威風の月、蒼穹の月、英傑の月、豊穣の月、福音の月と呼ばれ一年として月日が巡る。

 今は英傑の月、三節と四日目にあたり、時刻は一日のちょうど中間に当たる十五時になろうとしている。

「陛下をお待たせしてしまう」

 ヴァハードは読み込んだ資料から目を離すと、バタバタと慌ただしく支度しながら小脇に抱えた資料を手に部屋を出る。

 皇帝イジュナルは、その腹の底が読めない不気味な男であるが有能な人物であり、多忙なイジュナルが執務に割く時間は限られているため、僅かな時間であろうとも無駄には出来ない。

「陛下の貴重なお時間をいただくのだから急がねば」

 じっとりと滲んでくる汗を必死に拭うと、ブーツの踵が床を蹴り、廊下を進むヴァハードの歩幅は大きく慌ただしくなる。

 エイダーガルナの帝都アエス南端に位置する帝政丘には、広大なその敷地の中に幾つもの政務や軍務機関が身を寄せ、豪奢な作りの建物が乱立している。
 その中に在ってとりわけ凡庸であり、且つ、どの建物よりも頑丈なデモニアル鉱石を贅沢に使って造られた皇宮は、近年になってイジュナルの指揮のもと造り替えられた新たな箱庭だ。

 そしてその皇宮に設えた執務室には、皇帝殺しと呼ばれ、残忍で冷酷、しかしその腹の奥には激情を併せ持つ男、血塗られた皇帝イジュナル・ブランフィッシュの姿があった。

 イジュナルの美しい相貌は憂いを帯びて窓の外を眺め、意匠の凝らされた指輪が光る指先が暇潰しにアッシュグレイの毛先を弄ぶと、退屈そうに溜め息を漏らす。

「時間は金では買えんのだがな」

 執務室の扉に視線を移すと、その外が騒がしくなった様子に気付いて気怠げに伸びをする。

「陛下、ヴァハード・シドランが参上つかまつりました」

「遅かったな。入れ」

「はっ」

 執務室の扉が開くと、緊張した面持ちのヴァハードが足早にイジュナルに歩み寄り、部屋を警備する宮廷兵士のスピアが、デモニアル鉱石の廊下を叩く音が響いて、扉が閉じられた。

「既にお聞き及びとは存じますが、『飛翔艇整備における人的過誤による事故防止のための自動化の導入』……くだんの研究論文について、検証資料が纏まりました」

「纏めたのは誰だ」

 柔らかく凛としているが、冷ややかな響きの低い声を発したイジュナルは、資料として差し出された紙に刻まれた文字に目を通す。

「機械工学の分野では、最も名の知れたハインバル博士です」

「ああ、御大か。もっと若い意見が欲しいのだかな」

「資料については取り纏めている最中ですが、意見内容は私が把握しております。簡易的なご説明でしたら如何様にも」

「それで構わん。お前の見解も添えろ」

「承知致しました。では僭越ながら」

 イジュナルは資料に目を通しながら、ヴァハードの話に耳を傾け時折質問を投げ掛ける。

 飛翔艇はもはやただ空を飛ぶだけの道具ではなく、エイダーガルナ帝国において切り離すことの出来ない、商材運用の鍵となる貴重な資源だ。
 他国との外交においても、今や飛翔艇はその希少性からエイダーガルナが帝国として、優位性を保持するための切り札となっている。

「検証するまでもなく、自動化による危険性はやはり憂慮すべきだな」

「推論ばかりで試験段階の域を出ず、有識者は皆口を揃えて警鐘を鳴らしております」

「いくら頭で図面が引けても、実稼働させられるほど技術が追い付いていないか」

「はい、実現不可能と考えられます。そこで陛下にはこちらにもお目通しいただきたく」

 ヴァハードは額の汗を拭いながら、取り纏めた状況報告を終え、技術部門の技師育成についての報告書を新たに差し出す。

「今日はそこまでの時間は取れん。それに空域に関しては管理を緩めるわけにもいかない。要望は聞き入れるが、受け入れるとは言い切れん。目を通しておくから今日は下がれ」

「はっ」

 ヴァハードは恭しく胸元に拳を押し当てて頭を下げると、執務室の扉を開いてから再び低く頭を下げ、踵を返して退室していく。
 入室した時と同じく、部屋を警備する宮廷兵士のスピアが、デモニアル鉱石の廊下を叩く音が響くと、兵士の手で執務室の扉が閉ざされた。

「技師育成か。管理体制の見直しも必要だな」

 イジュナルは美麗な顔を歪ませて眉を寄せると、顎をさするように指でなぞる。

 これほどまでに肥大化した飛翔艇の舵は、全てが万全たる管理下に置かれている訳ではない。

 本来なら帝国の管理下でしか整備、操縦の許されない飛翔艇だが、離脱していった無法者によって、近年跋扈する悪しき空賊の問題には早急に着手しなければならない。
 それに並行して現れた無免許の整備技師についても同様に、欠陥品や故障品を改造する輩の取り締まりも強化の対象となっている。

 これらは帝国が唯一無二の飛翔艇運用国としての急務であるが、まさに一進一退、一網打尽という訳にはいかず、その他にも、帝国内で活発化する骸獣フリーク討伐など問題は山積している。

 イジュナルはバルコニーに出て、遠く広がる飛翔艇の飛び交う大空を眺めると、嫌になるなと呟いて手すりに身を委ねてから、振り返りもせず溜め息を吐き出す。

「まったく、息吐く暇もないとはこのことだな」

「お前が望んでこうなったんだろ」

 イジュナルを諭すような声はいつから居たのか、ダークチェリーの髪を揺らす独特の雰囲気を持つ男が、壁にもたれて腕を組んでいる。

「そんなことを言いに来たのか」

「いや。お前が調べてることだが、動きがあった」

 男はそう言うと、壁から離れてイジュナルとの距離を詰めた。
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