上 下
26 / 87

8.人を欺く代償③

しおりを挟む
「赤西さん。ごめんなさいね。慶弥がお付き合いしてる方を連れてくるなんて初めてで、つい舞い上がってしまって。二人には二人の考えがあるものね」
 お母様がそう言うと、お父様も私に笑顔を向けてくれる。それが苦しくて仕方ない。
(こんな顔をさせた上に、本当はお付き合いもしていないなんて言えないよ……)
 自分に対する腹立たしさでどうしようもなくて、エルバの手をギュッと握ると、彼の指が優しく私の手を撫でるように動いた。
「じゃあ、今日はもう帰るよ。瑞穂を送らないといけないから」
「分かった。赤西さん、ぜひまた気楽に、いつでもうちにいらしてください」
「……はい。ありがとうございます」
 もう目を見て返事することも出来なくなってしまった。
 なぜこんなにも酷いことを、簡単に出来ると思ってしまったんだろうか。
 安請け合いとはこのことだ。そんな私の判断ミスがこんなにもエルバのご両親を傷つけるなんて。
 玄関まで見送ってくださったご両親に深々と頭を下げると、エルバと手を繋いだまま家の門を潜って外に出た。
 そして会話がないまま来た道を引き返し、見頃の季節には見事だろう銀杏並木の遊歩道を駐車場に向かって歩いていく。
「大丈夫?」
「大丈夫、ではないかな」
「そうだよね。俺が軽率だった」
「エルバは悪くないよ。私も簡単に考え過ぎてた」
「ロッソ……」
 そこで会話が途絶える。
 今朝までは、きっとなんとかなるなんてどこか無責任に、楽観的なことを考えてた。
 だけどこれはそんな簡単なことじゃない。だって相手は生身の人で、赤の他人ではなくエルバの大事な家族なのだ。
 大人同士だから自由にしろなんて、そんな都合のいい返事が返ってくる訳がない。
 あんな風に傷ついた顔を見てしまったら、どうしようもない罪悪感に呑み込まれて息をするのも苦しい。
 駐車場に到着して車に乗り込むと、張り詰めていた糸がちぎれたように涙が溢れてきた。
「ロッソ」
「ごめん。泣く気はなかったんだけど」
「俺こそごめん。ほら、ティッシュ使って」
「ありがと」
「とりあえず、社員寮まで送るよ」
「うん」
「車出すからシートベルトして」
「…………」
 動けずに呆然としていると、エルバの腕が伸びてきて私のシートベルトを締め、その手がそのまま私を抱き締めて本当にごめんと小さな声で呟いた。
「ごめんな、ロッソ」
「ううん。私こそ、ごめん」
 心地好い温かさが離れていくと、エルバはエンジンをかけてゆっくりと車を出した。
 少しだけ走った先で車が停まったけれど、どうしたのか聞く気力もなく、車を降りたエルバを追うこともせずに、シートにもたれて項垂れる。
 取り返しのつかない嘘。
 あの優しくて温かい人たちを、ただ傷付けるだけの嘘。
 しばらくしてエルバが車に戻ってくると、温かいコーヒーを渡された。
「寒くなってきたからね。ゆっくり飲んだらいいよ」
「ん。ありがとう」
 エルバはそのまま後部座席に体を伸ばし、後ろに積んでいたらしいブランケットを私の膝に掛けてくれた。
 そして車が再び動き出す。
「俺さ」
 無言の車内にエルバの声が響く。
「あんな反応されると思ってなかったんだ」
「……だよね」
「本当にバカなことしちゃったよ」
 考えたら分かるよねと、エルバは自嘲するように鼻を鳴らす。
 冷静になって考えたら分かることだった。なのに私たちはどこかで分かってたのに、それを考えようとはしていなかった。
 二人揃って、いい歳をした大人のはずなのに、子どもの浅知恵で大切な人を悲しませてしまったんだ。
「ロッソには本当に迷惑かけちゃったね」
「ううん。私のことは気にしないで」
 ハンドルを握るエルバの手をそっと掴むと、ポンポンと軽く叩いて大丈夫だからと呟くしか出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。 ・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。 どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。 性描写を含む話には*マークをつけています。

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

凄腕ドクターは私との子供をご所望です

鳴宮鶉子
恋愛
凄腕ドクターは私との子供をご所望です

処理中です...