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 秋になっても暖かい日の続いた東京も、12月に入り急に寒くなった。
 夜になり、街には定例の綺羅びやかなクリスマスイルミネーションがいたる所で輝く。
 しかし、大学生、天野空也の気持ちは最悪で、今、人々の行き交う、イルミネーションに彩られた街中を一人走っていた。

 空也は、日本でも有名な大手医療機器メーカー「AMANO」の創始者の孫息子だった。
 小さな頃から周囲からまるで姫様のように蝶よ花よと育てられ、
衣食住一切何の苦労もしなかった。
 しかし、空也には、ただ一つ、
大きな使命があった。
   
 実は「AMANO」は、創始者、空也の祖父の代に一度倒産しかけたが、この時祖父がとある神と夢で契約した事により会社はみるみる蘇り、今や日本を代表する大企業になっていた。
 祖父が「AMANO」の再建と引き換えに神としたたった一つの約束は、祖父の今度産まれる孫が男で、その男が18歳になった時神と結婚させるという事。
 その孫が空也で、空也は産まれた瞬間から神の許婚。
 物心着く前から、大きな屋敷に飾ってある立派な、祖父が夢の中で会ったと言う神様を描いたという絵を見せられ、許婚だと、未来の夫だと、忠愛を尽くせと叩き込まれてきた。
 そして、生活に苦労は無かったが、自由は無かった。
 屋敷の中でも、空也の通う学校の壁の外にもいつも多くの筋肉隆々の空也を監視し守る護衛がいた。
 そして、どの学校に行きどのクラスになろうが、空也には同い年の世話役の男子が二人付き、その世話役の男子以外と特別に親しくする事も、クラスメイトの友人一人作る事も許されなかった。そして、世話役の男子達も、折角仲良くなり馴染む頃には1年ごとに入れ替えられた。
 それでも空也は、これも全て、祖父や祖母、父や母や二つ年下の弟が幸せに暮らす為、会社やその何千人の従業員の生活の為と我慢してきた。
 しかし、遂に空也が18歳になる誕生日が近づき、それは、初めて会う神様とその場で結婚する日が近いと言う事だった。

 (ラノベなら、普通主人公は無理矢理知らない人外と結婚させられても、いずれ相思相愛になるんだよな……でも、僕はどうなるんだろう…)

 空也は、勿論神様への尊崇や感謝の気持ちはあった。
 しかし、結婚と言う現実が近づけば近づく程、酷い不安に苛まれるようになってきた。

 そして、空也は今日の日曜日、その結婚の為の衣装合わせに銀座の老舗呉服店に昼過ぎから行っていた。
 どんな結婚衣装を着せられるのかと思いきや、空也が着せられたのは、まるで古代の中国から出て来たような、古代中国の王族のような真っ白な絹の極上の長衣。
 そして何故か、頭に黒の腰までの長髪のウィッグを付けられ、その頭の頂きに本物の金をふんだんにに使った冠を載せられた。
 しかし、この時、その長衣と冠を付けた自分を大きな鏡で見た空也は、心の中で何かがキレた。
 空也は、衣装合わせが無事とどこおり無く終わり、結婚衣装を脱ぎ自分の着てきた服に着替えると、衣装合わせで手薄になっていた警護の隙を付き、上着を着る事も無く一人で寒い夜の街に飛び出し走った。
 まるで、結婚から逃げるように。
 逃げたいように…
 この科学の発展した今の東京で、誰が空也の非現実的な状況を
想像するだろう。

 (どうして、僕は今走ってるんだ?折角、小さな頃から今日までずっと、ずっと我慢してきたのに……こんな事しても、何の解決にもならないのに…)

 空也は、カップルや日曜日でも仕事帰りの人々の中を走りながらずっとそう考えたが……
 答えは見つからない。
 そして、空也の足は止まらない。
 しかし…
 ひときわ、街路樹や並ぶ店々のクリスマスのイルミネーションが煌めく通り。
 
 「あっ!ごめんなさい!」

 空也は、前を歩いていた長身の男を追い越そうとして、たまたまアスファルトがわずかな盛り上がっていてそれにつまずき、その長身の男の右腕にぶつかった。
 空也は振り返り頭を下げた。

 「…」

 長身の男は、無言で空也を見詰めてきた。

 (げっ……凄い、イケメン…)

 空也は、長身の男を見てその美貌に固まった。

 長身の男は、目鼻立ちのハッキリした男前で、黒髮も短く今風に完璧に整っていて、一瞬空也は、芸能人かも知れないと思った程だ。
 見るからに上等な黒のスーツに黒のロングコートを羽織り、空也より5歳年上位の社会人にも見える。
 そして、絵でいつも見る空也の婚約者の神様も確かにイケメンだが、空也の婚約者の神様は優しく高貴で雅な見た目。
 それに対する今目の前にいる長身の男は、いかにもクールで威圧的な一匹狼的な匂いがした。
 
 「…」

 長身の男は、しばらく空也を見た後、更にキレイな両目を眇めて黙って空也をじっと見てくる。

 (げっ!怒らせた?!)

 空也は焦ったが、長身の男はまだ空也を見詰めたまま静かに言った。

 「いや……大丈夫…」

 長身の男の声は低くてクールで、本当に素っ気無い感じ。
 しかし、空也は、その声に何故が一瞬ハッとなり、胸をドキっとさせた。
 確かに一度も聞いた事の無い声なのに、何故か凄く懐かしくて空也の凄く好きな声質。
 しかし、護衛が空也を探しているだろうし、空也は頭をもう一度長身の男に向かい下げると、又人々の中を走り出した。
 しかし、長身の男はその場に立ったまま、遠ざかる空也の背中をずっとしばらく見た。
 そしてその後も、空也の行った方向をずっと見詰めた。
 

 

 


 

 

 

 



 



 
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