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しおりを挟むコウは、コウの背後のアキ王子の手を握り続け、祭りの沢山の出店と人混みで賑わう大通りを早足でウェラーを探した。
城壁都市内のこの長い大通りは、普段は馬車や荷馬車や馬が通る専用。広い通りにそって左右には端から端まで規則正しく沢山のイチョウの木が植えられていて、この祭りの期間だけ歩行者天国になり出店も出る。
そして普段、人が通る道は、大通りの左右にイチョウ並み木を挟んで通っている。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
次々と夜空に打ち上がる花火だったが、たまに特大の物が空に上がり広がると、人々のざわめきがことさら大きくなる。
しかししばらくしても、ウェラーは見つからなかった。
「ふぅ…」
コウは、一度大通りの中に造られた大きな噴水の前で立ち止まり小さく息を吐くと、後ろのアキ王子も足を止めた。
ここもやはり人通りが多く、夜空に打ち上がる饗宴を立って見上げる人々もいた。
しかし、誰も今ここにこの国の王子様がいるなど思いもしないだろう。
「ゴメン、コウ。こっちじゃなかったかも…」
アキ王子が申し訳なさそうに呟いた。
コウは、くるりとアキ王子を振り返り見詰める。
アキ王子は、息を弾ませ額には汗をかいていても尚美しかった。
そして、そんなアキ王子が、祭りで町に飾られた沢山の鮮やかなランプの光と背後に大きく広がる華麗な花火も手伝い、更にコウにキラキラと輝いて見えた。
コウは、コウのアキ王子への感情がどうであれ、アキ王子のその美しい姿に見入ってしまった。
そして、この国の王子ともあろう男が、ここまで格下のコウの為に動く事が信じ難かった。
「仕方ありません。これだけの祭りの人出です」
コウは、アキ王子の手を握ったまま静かに言った。
「怒らないのか?」
アキ王子は、コウの態度に少し意外そうにしながら聞いた。
「なんで俺が怒るんですか?でも今日は諦めましょう」
「でも…」
アキ王子が迷うと、コウはアキ王子の手を握る力を強め、でも表情は少しだけ柔らかくなる。
「大丈夫です。ウェラーが今度俺を尋ねて来たら、ちゃんと話しは付けますから」
アキ王子は、又少し意外そうにコウの顔を見ながらしばらく返事に間があったが、やがてうなずき微笑んだ。
本当に観衆が多い。
コウは、並んで歩くアキ王子が迷子にならないよう、アキ王子の手を強く握りながら宿へ帰る。
ゆっくり、ゆっくり。
こうやって穏やかに歩いているとコウは、まるで自分が周りの人々のように普通にゆったり祭り見物に来ているような…
そして、自分は孤独な人間ではないような錯覚をしてしまいそうになる。
そして、ふとコウがアキ王子を見ると、アキ王子もコウをじっと見ていた。
(なんか……めっちゃ見てるんですけど…)
コウは、なんだかドキっとしてそう思うと歩いたまま前を向き、動揺を誤魔化す為にアキ王子に急に話しかけた。
「アキ様は屋台の食い物は興味無いですか?何か食いたい物無いですか?」
アキ王子は、コウが普通にしゃべりかけてきたのが意外とばかりにその問いかけに少し驚く。しかし、すぐにコウを見ながら微笑んだ。
「興味はあるよ。でも初めて見る食べ物が多くて、何を食べたらいいか分からないな」
確かに、王城暮らしで贅沢な食事に慣れた王子様には、屋台に並ぶ庶民のB級グルメは見慣れない物だろうとコウは思った。
昔からしょっちゅう屋敷を抜け出て町に出ていたコウからしたら今更珍しくも何とも無いが。
「だけど…」
アキ王子が呟いた。
「だけど……何ですか?」
コウは、前を向き歩いたまま聞いた。
「だけど……旅費が、食費の関係上無駄遣いはダメだろう?私の私財を出したらダメだとコウは言うし…」
この国の王子と上級貴族の公爵子息がカツカツの予算で旅をしてるとか普通はあり得ないが、確かに、コウの旅費は父親からの嫌がらせで少ない。
しかし、コウは、今晩は少し位いい気がした。
節約、節約ばかりでは、気も滅入る。
「ここのもん食べる位大丈夫ですよ。アキ様、どれがいいですか?」
コウが尋ねると、アキ王子は少し悩むと前方の串焼きの大きな肉を売る店を指さした。
「あれがいいかな。でも、店の看板にはただ外産肉としか書いてないけど、外産肉って何だろう?」
「あ、ああ、外産肉って、山とかで獲れる猪や熊、それとモンスターの肉ですね」
コウがサラッと言うと、アキ王子の声がうわずりその表情が少し歪んだ。
「モっ……モンスター?モンスターを一般人は食べてるのか?と言うか……食べられるのか?」
コウは、それを聞いて呆れて思った。
(モンスターの肉も食った事ねえのに王城から出て俺と旅しようとしてたのか?やっぱ、王子様だよな…)
しかし、今それが分かって逆に良かったかも知れない。
コウは、アキ王子の手を引き、大通りから屋台の立ち並ぶ裏、人の少ないイチョウ並み木の所へ来ると、アキ王子に現実を突き付ける。
「牛や豚は人が育てるんで内産肉と呼びます。でも、魔物やモンスターのせいでほとんどの人間は魔法結界に守られた狭い城壁都市にしか住めないから、牛や豚を育てるのはスペース的になかなか難しいんで牛肉や豚肉は貴重で高いんですよ。猪や熊は猟師が山などで獲りますが、モンスターに食われて数が少ない。庶民が食うのはほとんど、城壁の外で勇者達が狩ってくる安いモンスターの肉ですよ。熊とかモンスターは外で勝手に育ったから外産肉。もっと店の近くに行けば、どんなモンスターの肉を売ってるか細かいメニュー表もありますよ」
「そうなんだ……そんな事になってるなんて私は知らなかった。」
アキ王子は、少しシュンとして地面に視線を落とした。
コウはその姿に動揺したが、言うべき事は言わないとならなかった。
「庶民だけじゃ無い。俺達もこうやって旅をするって事は、ほとんどの食事は旅の予算的にモンスターの肉を食わないとならない。宿でさっき出された食事は、宿の女将がアキ様に奮発してたまたま牛肉だっただけです。もし、アキ様がモンスターの肉がお嫌なら、お父上の元に、城にお帰りになられた方がよろしいです」
するとアキ王子は、ハッとして顔を上げて、右手に拳を握り言った。
「コウ!私はモンスターの肉、嫌じゃ無い!むしろ、食べたいと思う!」
「…」
コウは、アキ王子が無理をしてるのでは?と、目を眇めじっとアキ王子を見詰め思った。
(マジか?)
しかし、アキ王子は、拳を握ったままニッコリ微笑んで言った。
「コウ!本当に本当だ!」
だが、突然、前方の人波が更にうるさくなったと思うと、急に沢山の観客がコウ達の方に走ってきた。まるで、何かから逃げているかのようだ。
コウとアキ王子が、それを並ぶ屋台と屋台の間の空間から何事かと見詰めていると、走ってきた男の一人が叫んだ。
「魔物だ!魔物が出た!白髪の男が一人で戦ってる!」
(白髪の男?まさか…)
コウは、そう思うとギクっとした。
ウェラーも髮全体がロマンスグレーだ。
しかし、おかしい。
この町のある城壁都市全体には上空を含め、上級魔法使いにより結界が張られて魔物もモンスターも入れないはずだった。
「コウ、白髪の男って、もしかしたらウェラーかも」
アキ王子も、コウと同じ事を考えていた。
「行ってみよう!コウ!」
アキ王子が促すとコウは頷き、
アキ王子の手を引き前に走り出した。
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