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涙
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優と前世の朝霧が座敷に上がると…
住職の用意してくれた夕食の乗った二つの膳は、戸口方向に対して縦に向かい合う形で、座敷が狭い為にかなり近距離に据えられていた。
灯は、座敷の行灯のせきとう色の仄かな灯だけ。
(前世の朝霧さんと……距離が近すぎる…)
そう思う優が膳を動かそうにも、すぐ横にある、まるで新婚夫婦の夜の床のようにぴったりくっつき敷かれた二組の布団がそれを邪魔して出来ない。
優は、前世の朝霧と出会ってしまったが、馬に乗ったり温泉に行ったり状況が慌しくてろくにちゃんと会話する事は無かった。
しかし、この離れの座敷に優が前世の朝霧の二人きりになれば、こんな近い距離で食事となればそう言う訳にもいかないだろうと、優は平静を装いながら内心はざわついている。
それに、目の前にいる前世の朝霧の中には、生まれ変わりの朝霧の精神体もいるからなおさらだった。
しかし、もし前世の朝霧と落ち着いた状況で会話するなら、優は千夏達の元に戻る道の他にもう一つ朝霧にどうしても聞きたい事があった。
「何故、今あなたはここにいるのか?」
と言う事だ。
朝霧は、本来なら婚約者の美月姫と美月姫の領国に向かっているはず。
しかし、優は、朝霧と今日初めて会った体で通し、朝霧の私的事情は何も知らない風にそう聞こうと思った。
朝霧は、優を座敷の奥の床の間側に近い膳、すなわち上座に座らせ、朝霧は下座側の膳で食事を始めた。
膳の上には仏寺らしく、握り飯や根菜の煮物や他にも野菜の焼き物があり、味噌󠄀汁は座敷にある火鉢の上で鍋を温めてから碗によそうようになっていて、それは朝霧が当たり前のようにやってくれた。
今の戦国乱世の仏寺の食事にしては豪華だと言えた。
食事が始まり、優は、朝霧との緊張感と距離の近さに息すら潜めるように箸を動かす。
朝霧は優に視線を向ける事がやたら多くて、優が朝霧と目が合いそうになると優が逸らす。
やはり本当に、優が生まれ変わりの朝霧に出会ってすぐの時に戻ったようだった。
食事中の茶碗の音意外は何もしない。山中の離れは怖い位に静かだ。
だが、優にはそれが気まずいし、早く「何故、今あなたはここにいるのか?」と朝霧に聞きたいし、こんな時なのに、正座して食べていたら足が痺れてきた。そもそも令和の高校生だった優には、戦国時代に当たり前の正座も長期間の胡座も苦行でしかない。
優は少し足をモゾっと動かしたが、それを見て、静かだった朝霧の様子が変わった。
「フッ…」
朝霧は、クールな目元を少々緩めて笑った。
「あっ…」
優は、サッと正座し直す。
「無理をするな。そなたがゆったりできる形に足を崩して構わない」
朝霧は、そう言うとまだ目元が少し緩んでいる。
「あっ……はい…」
優は、その朝霧の言葉に甘えた。もう足がマックスでやばかった。ここに観月がいれば、間違いなくお行儀が悪いと叱られるが、箸を持ったまま、又モゾっと膝を崩し横座りする。それでも両足が痺れている。
朝霧は、まだ穏やかに優を見ていた。
優は、そんな朝霧の表情に思った。
前世の朝霧は、普段は武士らしくクールで、顔が整い過ぎているので黙っていると更に近寄り難い程だ。
そんな朝霧は、優し気な表情は他人には滅多に見せないが、ただ、春陽だけには頻繁によく見せていた。
そして、何故だろう?
今の優は春陽でも無いし、春陽だった時の記憶も無いのに、その
朝霧の表情に胸が締め付けられてる気がした。
いや、魂が揺さぶられていると言っても良かった。
しかしこれは、優の感情なのか?
それとも春陽の感情なのか?
それすらももう全く分からない。
(春陽さんは、この前世の朝霧さんを、本当はどう思ってたんだろう?春陽さんと朝霧さんは、結局、最終的にはどんな仲だったんだろう?)
優にそんな疑問が浮かぶ。
春陽と前世の朝霧が妖刀を介した主従契約関係だったのは歴史文献には記されていたが、本当はどんな仲だったなんて記載は残って無いので誰も分からない。
そして、優は心の中で呟いた。
(前世の朝霧さん……あなたは、春陽さんと俺にとって、一体、何なんだ?…)
すると突然、優を見ていた朝霧が驚いた顔をして呟いた。
「どっ……どうした?」
(どうしたって?何が?…)
優は内心不思議に思ったが、ただあまりに思考に集中しすぎて気付いていなかったのだ。
優の左目から、涙がゆっくりこぼれてそのすぐ下の頬を伝っていたのを…
「なっ……泣いて、いるではないか!」
朝霧の声は、珍しく動揺している。
「えっ?」
優が言われて気付いた時には、左の涙は座る優の袴の上に落ち、右目から新しい涙も顔の肌をゆっくり降りてた。
「どうした?!」
朝霧は、そう言いながら立ち上がり優の元に行こうとした。
「いえっ!これは、何でも無くて……何でだろう?!ちょっと俺、外の空気吸ってきます!」
優も慌てて立ち上がり、朝霧がこっちに来かけている、優から向かい右側より左側の布団の上を通り座敷を出ようとした。
しかし、優の足はまだ思った以上に痺れていて、優は体のバランスを崩し、布団に顔面から突っ込みそうになる。
「危ない!」
朝霧は、それを阻止しようと向かう方向を変え、布団の上に滑り込むと優の体を倒れ込む前に支えようとした。
しかし、いつもの機敏な動きで優の体を中腰で抱き止めた朝霧だったが、その瞬間に、朝霧の顔に優の顔が近寄り過ぎて、朝霧は不意を突かれ動揺したかのように目を見開いた。
そして、朝霧の体は仰向けで、うつ伏せの優の体を上に乗せて布団の上に横になってしまった。
住職の用意してくれた夕食の乗った二つの膳は、戸口方向に対して縦に向かい合う形で、座敷が狭い為にかなり近距離に据えられていた。
灯は、座敷の行灯のせきとう色の仄かな灯だけ。
(前世の朝霧さんと……距離が近すぎる…)
そう思う優が膳を動かそうにも、すぐ横にある、まるで新婚夫婦の夜の床のようにぴったりくっつき敷かれた二組の布団がそれを邪魔して出来ない。
優は、前世の朝霧と出会ってしまったが、馬に乗ったり温泉に行ったり状況が慌しくてろくにちゃんと会話する事は無かった。
しかし、この離れの座敷に優が前世の朝霧の二人きりになれば、こんな近い距離で食事となればそう言う訳にもいかないだろうと、優は平静を装いながら内心はざわついている。
それに、目の前にいる前世の朝霧の中には、生まれ変わりの朝霧の精神体もいるからなおさらだった。
しかし、もし前世の朝霧と落ち着いた状況で会話するなら、優は千夏達の元に戻る道の他にもう一つ朝霧にどうしても聞きたい事があった。
「何故、今あなたはここにいるのか?」
と言う事だ。
朝霧は、本来なら婚約者の美月姫と美月姫の領国に向かっているはず。
しかし、優は、朝霧と今日初めて会った体で通し、朝霧の私的事情は何も知らない風にそう聞こうと思った。
朝霧は、優を座敷の奥の床の間側に近い膳、すなわち上座に座らせ、朝霧は下座側の膳で食事を始めた。
膳の上には仏寺らしく、握り飯や根菜の煮物や他にも野菜の焼き物があり、味噌󠄀汁は座敷にある火鉢の上で鍋を温めてから碗によそうようになっていて、それは朝霧が当たり前のようにやってくれた。
今の戦国乱世の仏寺の食事にしては豪華だと言えた。
食事が始まり、優は、朝霧との緊張感と距離の近さに息すら潜めるように箸を動かす。
朝霧は優に視線を向ける事がやたら多くて、優が朝霧と目が合いそうになると優が逸らす。
やはり本当に、優が生まれ変わりの朝霧に出会ってすぐの時に戻ったようだった。
食事中の茶碗の音意外は何もしない。山中の離れは怖い位に静かだ。
だが、優にはそれが気まずいし、早く「何故、今あなたはここにいるのか?」と朝霧に聞きたいし、こんな時なのに、正座して食べていたら足が痺れてきた。そもそも令和の高校生だった優には、戦国時代に当たり前の正座も長期間の胡座も苦行でしかない。
優は少し足をモゾっと動かしたが、それを見て、静かだった朝霧の様子が変わった。
「フッ…」
朝霧は、クールな目元を少々緩めて笑った。
「あっ…」
優は、サッと正座し直す。
「無理をするな。そなたがゆったりできる形に足を崩して構わない」
朝霧は、そう言うとまだ目元が少し緩んでいる。
「あっ……はい…」
優は、その朝霧の言葉に甘えた。もう足がマックスでやばかった。ここに観月がいれば、間違いなくお行儀が悪いと叱られるが、箸を持ったまま、又モゾっと膝を崩し横座りする。それでも両足が痺れている。
朝霧は、まだ穏やかに優を見ていた。
優は、そんな朝霧の表情に思った。
前世の朝霧は、普段は武士らしくクールで、顔が整い過ぎているので黙っていると更に近寄り難い程だ。
そんな朝霧は、優し気な表情は他人には滅多に見せないが、ただ、春陽だけには頻繁によく見せていた。
そして、何故だろう?
今の優は春陽でも無いし、春陽だった時の記憶も無いのに、その
朝霧の表情に胸が締め付けられてる気がした。
いや、魂が揺さぶられていると言っても良かった。
しかしこれは、優の感情なのか?
それとも春陽の感情なのか?
それすらももう全く分からない。
(春陽さんは、この前世の朝霧さんを、本当はどう思ってたんだろう?春陽さんと朝霧さんは、結局、最終的にはどんな仲だったんだろう?)
優にそんな疑問が浮かぶ。
春陽と前世の朝霧が妖刀を介した主従契約関係だったのは歴史文献には記されていたが、本当はどんな仲だったなんて記載は残って無いので誰も分からない。
そして、優は心の中で呟いた。
(前世の朝霧さん……あなたは、春陽さんと俺にとって、一体、何なんだ?…)
すると突然、優を見ていた朝霧が驚いた顔をして呟いた。
「どっ……どうした?」
(どうしたって?何が?…)
優は内心不思議に思ったが、ただあまりに思考に集中しすぎて気付いていなかったのだ。
優の左目から、涙がゆっくりこぼれてそのすぐ下の頬を伝っていたのを…
「なっ……泣いて、いるではないか!」
朝霧の声は、珍しく動揺している。
「えっ?」
優が言われて気付いた時には、左の涙は座る優の袴の上に落ち、右目から新しい涙も顔の肌をゆっくり降りてた。
「どうした?!」
朝霧は、そう言いながら立ち上がり優の元に行こうとした。
「いえっ!これは、何でも無くて……何でだろう?!ちょっと俺、外の空気吸ってきます!」
優も慌てて立ち上がり、朝霧がこっちに来かけている、優から向かい右側より左側の布団の上を通り座敷を出ようとした。
しかし、優の足はまだ思った以上に痺れていて、優は体のバランスを崩し、布団に顔面から突っ込みそうになる。
「危ない!」
朝霧は、それを阻止しようと向かう方向を変え、布団の上に滑り込むと優の体を倒れ込む前に支えようとした。
しかし、いつもの機敏な動きで優の体を中腰で抱き止めた朝霧だったが、その瞬間に、朝霧の顔に優の顔が近寄り過ぎて、朝霧は不意を突かれ動揺したかのように目を見開いた。
そして、朝霧の体は仰向けで、うつ伏せの優の体を上に乗せて布団の上に横になってしまった。
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