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温泉
しおりを挟む住職はすぐ戻ってきてた。
しかし、陽は傾き出すと早く、辺りは更に暗くなっていた。
灯のともる提灯を持つ住職、朝霧、優の順番で寺の敷地の山道を歩き、寺の滝行場の近くにある離れ家に向かう。
優は頭の笠を深くかぶり辺りの暗さも味方につけ、自分の青い瞳を住職に見られないよう誤魔化した。
しかし、令和の東京と違う、電気も街灯も無い時代の夜の冥闇は深く、それには優はいつまでたっても慣れない。
それでも、常に何度も振り返り優を気にかけてくれる朝霧がいるので、優の不安は緩和される。
さほど歩く事無くやがて轟音が聞こえてきて、優達の目の前に山の岩肌の高所から轟々と流れる立派な滝が現れた。
そして、そこから歩く事少し、
今度は温泉が湧いている湯気が見えた。小さいながらも石組みで浴槽が作られていて湯浴みが出来るらしい。周りは、山の草木で自然の目隠しが出来ている。
そして、住職は、優と朝霧に温泉に浸かり、今日の疲れを取るよう勧め、その間に優達の夕食を離れ家に置いておくとも告げた。
そして、そこから又歩く事ほんの少し、優と朝霧が泊まる小さな離れ家はあった。
そこは、寺の修行者の宿泊場所というだけはあり、小さな一つ座敷だで、中にあるのは端に畳まれ置かれている布団が二組と顔や身体を拭く手縫いと大きな布二人分だけの質素な物だった。
朝霧は、優の目を見られたく無い事もあるのだろう、着いて早々、住職も忙しいだろうと、後は自分達でやりますからと住職に告げて頭を深々と下げた。
住職は僧坊に戻って行った。
しかし、その後、優と朝霧の二人きりの間に妙な雰囲気が漂い出す。
優程の鈍感な男ですら感じとれる位の緊張感のようなものだった。
優は出来るだけ普通を装うが、
内心ソワソワが止まらない。
そんな中、朝霧がボソッと優に呟いた。
「温泉……行くか。二人一緒に入るのは何かの襲撃があればマズイから、一人ずつ入ろう」
「あっ…」
優は、一瞬朝霧さんと思わず呼びかけそうになり閉口した。
優は、さっき朝霧と初めて会ったという体を取ってるのだから、優が朝霧の名前を知ってるのはおかしいのだ。
「えぇっと……そうですね……お先にどうぞ入ってください……俺は後から入ります」
優はそう言い、ニコリとした。
「あっ……いや、そなたが先に入れ。俺は後を向いて、そなたが見えないようにしながらそなたに危険が無いか見張ってるから」
朝霧は、何故か優から目を逸らし横を見ながら言った。
温泉には篝火台もあり、朝霧が持って来た提灯の火をそこに移し周りが明るくなる。
優は、自然由来で作られた使っても野山に影響のない戦国時代の固形石鹸で体や髮を洗い、温泉に浸かった。
その間ずっと、朝霧は優に背中を向け、優は朝霧に背中を向けていた。
しかし、朝霧がその間ずっと無言だったので、時々優は朝霧の方を見たが、提灯をもつ朝霧はちゃんと警護していてその広い背中が見えた。
湯加減が丁度良い。
優は、すぐに出るつもりだったが、疲れもあり湯の中でウトウトし始めた。
すると、すぐに無意識に、浅い夢を見始めた。
優は、ただ白い靄の中に一人立っていたが、やがて前から人影が歩いて来るのが見えた。
(きっと、朝霧さんだ!)
優は、そう思い顔付きが明るくなった。
しかし、その人影がどんどん優に近づき、揺らめく長い美しい銀髮が見え誰かがやがて分かると、優は青ざめ呟いた。
「あっ……藍…」
優の夢の中の体は、動こうとしても動かない。
そんな中、優が愕然としていると、夢の中の藍が優の左頬を藍の右手で触れた。
夢なのに……優は、藍の肌の冷たさを感じる。
「観月春陽……やっと会えたぞ…」
そう言い、藍は青い目を優雅に眇めた。
「いや……違う…藍、違う!俺は春陽さんじゃない!」
優は、ブンブン首を振った。
しかし藍は、優の頬に触れながらクッっと笑い、優の顔にぐっと藍の顔を近づけ囁くように言った。
「まだお前は自分の前世を受け入れられないようだが、お前は、観月春陽だ……お前と春陽は切っても切り離せない。そう、私とお前が絶対切り離せないように……だからこうして私のお前への憎悪の思念は時として形となって、時間も空間を超えてまでお前の夢の中に現れる…」
藍の両手が優の両耳の下にかけられ、スっと首と鎖骨の間の真ん中辺りに下りた。
優は、首を絞められる予感に戦慄したが、やはり体が動かない。
(殺される!)
夢なのにそう優は感じたが、予想外な事に、藍は、藍の顔を優の顔に更に近づけ、次に藍の両手で優の顎を持ち上げた。
優が気付いた時には、藍の息が優の唇にかかっていた。
夢なのに、優には藍の肌の温度は冷たく伝わるのに、その息だけは熱く感じる。
そして、藍の唇と優の唇がもう触れかかる。
だが、優は思い切り叫んた。
「うわぁぁぁぁー!」
優は、夢で叫んだと同時に現実でも叫んで夢から覚めて、思わず湯船から立ち上がっていた。
「どうした?!」
そこに、朝霧が慌てて優の方に振り向いた。
「えっ?!」
優は、気付くと朝霧の方を向き、少し距離があるとは言え、体に何も纏わない全裸で朝霧と向き合っていた。
「…」
朝霧は手に提灯を持ったまま、優の全裸を見て固まっていた。
「あっ……その……お湯気持ち良くてウトウトしてたら、変な、変な夢見て…」
優は、朝霧を安心させようと説明したがそれに集中するあまり、自分が今どういう状況か忘れていた。
「だから、あの、心配は…」
優は、ここまで言ってやっと優の下半身、優の男の証が丸見えなのを見て今まっ裸だったと思い出した。
でも、朝霧とは男同士で今更変に女子のように反応する方が変に思えて、優は何事も無かったようにその場で朝霧の方を向いたままゆっくり、ゆっくり湯船に肩まで浸かった。
「後ちょっと浸かったら、もう出ます」
優はそう言い、まだ黙って優を見詰めて立っている朝霧に誤魔化し笑いした。
「あっ、ああ…」
朝霧は小さく返答をすると、再び優に背中を向けて護衛に戻った。
しかし、その後、朝霧は温泉に浸からなかった。
「なんだか暑いから、俺は滝に打たれて水浴びする」
そう言い朝霧は滝に行き、優も付いて行った。
滝の近くにも篝火台が二台あり、提灯の火を両方に移すと滝周囲の視界が良くなった。
(暑い?まだ春の夜で肌寒いけど…)
優は、朝霧の言葉にそう心の中で首をかしげながら、滝中で立って水を浴びる朝霧に背中を向け、自分も提灯の灯を持ちながら周囲を警戒した。
しかし、優は内心、あの藍の夢で嫌な予感を感じ始めていた。
(春陽さんに、何か悪い事があったんじゃなきゃいいけど…)
そして、優は、朝霧の本心に全く気付いていなかった。
朝霧が滝の冷たい水に入ったのには理由があった。
(ハル、俺には、天地神明に誓いお前だけだ。なのに……いくらお前に似ている男の裸を見たからと言って、どうして俺の男根が勃つのか分からない……本当に分からない…)
朝霧は、優がハル、つまり春陽の生まれ代わりなどとは知るはずも無く、優の裸を見て朝霧のものを立てた事で自分を酷く責めながら、冷水で自分の火照った体と性欲を冷まそうとしていた。
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