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再会
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静かな山間。
広い一面が低い草の群生地。
春の盛りで、辺りは濃い緑の匂いに満ちている。
「ハルっ!」
前世の朝霧が春陽の名を叫び、
春陽の生まれ変わりの優の元に走った。
優は突然の事でどうしていいか分からず身動きできない内、やがて朝霧は優の体を強く抱き締めた。
「ハルっ……ハルっ……」
優より遥かに背が高く体格もいい朝霧は優の体をすっぽり頭ごと抱いて、感極ったような、しかし、抱擁の力とは対極の柔らかく優しい声で呟く。
(本当に……前世の朝霧さん…でも、何故ここに?…)
棒立ちのままで抱き締められている優はそう思いながらも、春陽そっくりの優を朝霧にどう説明するか焦る。
優の瞳が青い事で、優が春陽に成りすますと色々な事情からややこしい事にもなる。
しかし、抱き締められ続ける内、優の心拍がドキドキと動きを速めた。
周囲のあまりの静けさもあり、その音が朝霧にも聞こえそうな位に。
(なんで?今、俺を抱き締めてるの……前世の朝霧さんだぞ!)
優は、生まれ変わりの朝霧への気持ちもよく分からないが、今、優を抱き締めている前世の朝霧への気持ちもよく分からず、又焦り出すとそう思う。
だが、やがてじわじわと優に朝霧の体温が伝わりだす。
そして優の鼓動は相変わらず高まったまま、優は、朝霧の体温に、まるで柔らかく温かい毛布に包まれてるような感覚を抱いた。
(朝霧さん…)
優の両腕が、思わず前世の朝霧の背中を抱き締めようと動いた。
だが、すぐに優はハッと我に返って思い出した。
(今の俺は……春陽さんじゃない…)
そして、優は愕然とした。
たった今、自分が摩耶優である事を忘れていたかも知れない事に。
摩耶優と観月春陽の境目が無くなって、自分が誰か分からなくなって見失っていたかも知れなかった。
そして、頭の中がグラグラとし始める。
「ハル……ハル……どこかケガはないか?大丈夫か?」
やがて朝霧は甘く優しい声でそう尋ねると、ボーッと直立している優から少しだけ体を離し、優の草履履きの足先から、太もも辺り、上半身の無事を確かめた。
そして最後に、優の両頬を朝霧の両手で触れながら、朝霧は優を見詰めながら言った。
「ハル!会いたかっ…」
しかし……そういいかけて、朝霧は優の瞳の色を見て絶句した。
「目が……青い?!…」
最初は春陽と再会出来たと思い込み興奮気味だった朝霧は、優の瞳の色にやっと気付きア然としながらそう呟いた。
「すまぬ!人違いだった!」
朝霧は、優の顔を両手で持ち上げたままそう謝罪すると、すぐに優から体を離し距離を取り頭を下げた。
「本当にすまぬ。あまりに……あまりにそなたが……俺の、大事な幼馴染に似すぎていたから…」
朝霧は視線を地面に落とし、
本当に申し訳なさそうに言った。
似すぎていたから…
優は、その朝霧の言葉が酷くひっ掛かった。
前世の朝霧なんだから優にそう言うのは当たり前なのに…
そして、前世の朝霧を目の前に、再会出来た喜びとは又違う意味の、優自身も理由が定かでない涙が出そうになった。
しかし、優の瞳が青い以上、優は、自分が春陽だと朝霧に嘘を付く事が出来ないので逆に安堵もした。
「いいんです……俺なら……大丈夫、平気ですから…」
優は、強張る表情に無理に笑顔を作り朝霧に見せた。
「しかし……お主、カラスのもののけに乗っていたのはどうしてだ?もののけはどこに行った?」
朝霧は、さっきまでの優しい男から、急に鋭く冷静沈着な武士に様変わりして優に問うた。
朝霧の態度は、明らかに見ず知らずの者に対するそれになった。
そしてその事で、優は自分でも止めようも無く動揺する。
しかし、優は平静を装うことに勤める。
「あっ、あれは、俺、あのカラスに攫われて。助けようとしてくれた仲間が刀をあのカラスのお腹に刺したんですが、カラスは俺を乗せたままここまで飛んで来て。 でも、カラスはケガが酷くて耐えられず、俺をここに置いて去りました」
優は、真っ直ぐ朝霧を見て答えた。
朝霧は、優も妖怪カラスの仲間だと、優が朝霧を陥れようと思っているのか?
それとも狐か狸が優に化けているとでも考えてるのか?
しばらく優の顔を黙って見詰めた。
「…」
優は、余りに朝霧の優に向ける視線が強くて、自分でも何か分からない感情が湧いてきて顔を背けたくなったが、なんとか無言で堪えて朝霧と視線を合わせ続ける。
「なら、そなた、どこに住んでいる?俺が無事に送り届けよう」
朝霧は、優を凝視しながらそう言った。
「あっ……それは…」
ここがどこかも、観月屋敷に戻る道も分からない。
けれど、千夏と小寿郎と定吉と春頼と真矢と佐助の元に早く帰りたい優には正に願ったり叶ったりだ。
だが、優が住んでいる所をどう誤魔化すか思いつかない。
そして、さっきから朝霧に見詰められていると、頭の中が混乱しすぎてグラグラして尚考えられない。そして何故か、体もフラフラする。
「住んでいるのはこの近くか?」
朝霧の声が、又優しくなった。
「それは…はい…」
そう言いながら、優は目の前が一瞬霞んでフラッと倒れかけた。
「おいっ!大丈夫か?!」
朝霧は叫ぶと、しっかりと優の体を正面から抱き止めた。
「すっ、すいま…」
優は謝ろうとしたが、急に体の力が出なくなった。
そして…
「ギュ~っっっ」
こんな状況なのに、優のお腹が空腹で鳴った。
(以前、生まれ変わりの朝霧さんともこんな事、あったよな。なんでこんな時にいつも…)
優は、江戸時代の観月屋敷での事を思い出し自分に呆れて言葉を失う。
「もしかしてそなた……腹が減ってるのか?」
朝霧は、優の体を抱き止めながら、優の顔を見て聞いた。
「ハハッ……なんか……そう、みたいです…」
優は朝霧から目を逸らし、苦笑いするしか無かった。
すると突然、朝霧が優の体を抱き上げようとした。
前世の朝霧の事だから、ただ単に他人を心配しての優しさからだろうと優には分かっていたが、優は、朝霧から体を離し拒否して下を向いた。
そして、自分で朝霧を拒否しといて、何故そうしたか理由が分からない。
ただ、佐助に素直にお姫様抱きされた時とは、優の気持ちは明らかに違っていた。
朝霧は表情を変えず、まだ下を向く優をしばらく見た。
鳥の声すらしない静けさが、優の緊張感を高める。
しかし、朝霧は、急にクスっと笑うと言った。
「すまぬ。そなたが俺の幼馴染でないのは充分分かっているんだが。そなたは似ていても俺の幼馴染ではないから拒否するのは当たり前だ。急に見ず知らずの男に抱き抱えられるなんてイヤに決まっているよな…」
優は、その言葉にハッとして顔を上げた。
優の目に、切ない色をした西日に照らされた少し寂しそうな朝霧の苦笑いが映った。
(いや……そうじゃなくて……朝霧さんは見ず知らずの男でも無いし、イヤとか、朝霧さんがイヤとか、そう言うんじゃなくて…)
優はそう思うと、朝霧のその表情を見ながらどう言えばいいかただ混乱した。
だがそこに、朝霧は急にくるりと体を反転させるとその場合にしゃがみ込み、本当に優しい口調で言った。
「なら、おぶるならいいだろう?そしてここを出てまずメシを腹一杯食おう。ほら、背中に乗れ。俺は必ずそなたを無事に送り帰してやるから心配など何もいらない。すぐに帰れるからな」
優はただ棒立ちのまま、朝霧の背中を見詰めた。
広くてとても、とても温かそうな背中を。
途端に優の胸の奥が色々な感情で一杯になり溢れそうになる。
優は、思わず泣きそうになったのを必死で堪えた。
広い一面が低い草の群生地。
春の盛りで、辺りは濃い緑の匂いに満ちている。
「ハルっ!」
前世の朝霧が春陽の名を叫び、
春陽の生まれ変わりの優の元に走った。
優は突然の事でどうしていいか分からず身動きできない内、やがて朝霧は優の体を強く抱き締めた。
「ハルっ……ハルっ……」
優より遥かに背が高く体格もいい朝霧は優の体をすっぽり頭ごと抱いて、感極ったような、しかし、抱擁の力とは対極の柔らかく優しい声で呟く。
(本当に……前世の朝霧さん…でも、何故ここに?…)
棒立ちのままで抱き締められている優はそう思いながらも、春陽そっくりの優を朝霧にどう説明するか焦る。
優の瞳が青い事で、優が春陽に成りすますと色々な事情からややこしい事にもなる。
しかし、抱き締められ続ける内、優の心拍がドキドキと動きを速めた。
周囲のあまりの静けさもあり、その音が朝霧にも聞こえそうな位に。
(なんで?今、俺を抱き締めてるの……前世の朝霧さんだぞ!)
優は、生まれ変わりの朝霧への気持ちもよく分からないが、今、優を抱き締めている前世の朝霧への気持ちもよく分からず、又焦り出すとそう思う。
だが、やがてじわじわと優に朝霧の体温が伝わりだす。
そして優の鼓動は相変わらず高まったまま、優は、朝霧の体温に、まるで柔らかく温かい毛布に包まれてるような感覚を抱いた。
(朝霧さん…)
優の両腕が、思わず前世の朝霧の背中を抱き締めようと動いた。
だが、すぐに優はハッと我に返って思い出した。
(今の俺は……春陽さんじゃない…)
そして、優は愕然とした。
たった今、自分が摩耶優である事を忘れていたかも知れない事に。
摩耶優と観月春陽の境目が無くなって、自分が誰か分からなくなって見失っていたかも知れなかった。
そして、頭の中がグラグラとし始める。
「ハル……ハル……どこかケガはないか?大丈夫か?」
やがて朝霧は甘く優しい声でそう尋ねると、ボーッと直立している優から少しだけ体を離し、優の草履履きの足先から、太もも辺り、上半身の無事を確かめた。
そして最後に、優の両頬を朝霧の両手で触れながら、朝霧は優を見詰めながら言った。
「ハル!会いたかっ…」
しかし……そういいかけて、朝霧は優の瞳の色を見て絶句した。
「目が……青い?!…」
最初は春陽と再会出来たと思い込み興奮気味だった朝霧は、優の瞳の色にやっと気付きア然としながらそう呟いた。
「すまぬ!人違いだった!」
朝霧は、優の顔を両手で持ち上げたままそう謝罪すると、すぐに優から体を離し距離を取り頭を下げた。
「本当にすまぬ。あまりに……あまりにそなたが……俺の、大事な幼馴染に似すぎていたから…」
朝霧は視線を地面に落とし、
本当に申し訳なさそうに言った。
似すぎていたから…
優は、その朝霧の言葉が酷くひっ掛かった。
前世の朝霧なんだから優にそう言うのは当たり前なのに…
そして、前世の朝霧を目の前に、再会出来た喜びとは又違う意味の、優自身も理由が定かでない涙が出そうになった。
しかし、優の瞳が青い以上、優は、自分が春陽だと朝霧に嘘を付く事が出来ないので逆に安堵もした。
「いいんです……俺なら……大丈夫、平気ですから…」
優は、強張る表情に無理に笑顔を作り朝霧に見せた。
「しかし……お主、カラスのもののけに乗っていたのはどうしてだ?もののけはどこに行った?」
朝霧は、さっきまでの優しい男から、急に鋭く冷静沈着な武士に様変わりして優に問うた。
朝霧の態度は、明らかに見ず知らずの者に対するそれになった。
そしてその事で、優は自分でも止めようも無く動揺する。
しかし、優は平静を装うことに勤める。
「あっ、あれは、俺、あのカラスに攫われて。助けようとしてくれた仲間が刀をあのカラスのお腹に刺したんですが、カラスは俺を乗せたままここまで飛んで来て。 でも、カラスはケガが酷くて耐えられず、俺をここに置いて去りました」
優は、真っ直ぐ朝霧を見て答えた。
朝霧は、優も妖怪カラスの仲間だと、優が朝霧を陥れようと思っているのか?
それとも狐か狸が優に化けているとでも考えてるのか?
しばらく優の顔を黙って見詰めた。
「…」
優は、余りに朝霧の優に向ける視線が強くて、自分でも何か分からない感情が湧いてきて顔を背けたくなったが、なんとか無言で堪えて朝霧と視線を合わせ続ける。
「なら、そなた、どこに住んでいる?俺が無事に送り届けよう」
朝霧は、優を凝視しながらそう言った。
「あっ……それは…」
ここがどこかも、観月屋敷に戻る道も分からない。
けれど、千夏と小寿郎と定吉と春頼と真矢と佐助の元に早く帰りたい優には正に願ったり叶ったりだ。
だが、優が住んでいる所をどう誤魔化すか思いつかない。
そして、さっきから朝霧に見詰められていると、頭の中が混乱しすぎてグラグラして尚考えられない。そして何故か、体もフラフラする。
「住んでいるのはこの近くか?」
朝霧の声が、又優しくなった。
「それは…はい…」
そう言いながら、優は目の前が一瞬霞んでフラッと倒れかけた。
「おいっ!大丈夫か?!」
朝霧は叫ぶと、しっかりと優の体を正面から抱き止めた。
「すっ、すいま…」
優は謝ろうとしたが、急に体の力が出なくなった。
そして…
「ギュ~っっっ」
こんな状況なのに、優のお腹が空腹で鳴った。
(以前、生まれ変わりの朝霧さんともこんな事、あったよな。なんでこんな時にいつも…)
優は、江戸時代の観月屋敷での事を思い出し自分に呆れて言葉を失う。
「もしかしてそなた……腹が減ってるのか?」
朝霧は、優の体を抱き止めながら、優の顔を見て聞いた。
「ハハッ……なんか……そう、みたいです…」
優は朝霧から目を逸らし、苦笑いするしか無かった。
すると突然、朝霧が優の体を抱き上げようとした。
前世の朝霧の事だから、ただ単に他人を心配しての優しさからだろうと優には分かっていたが、優は、朝霧から体を離し拒否して下を向いた。
そして、自分で朝霧を拒否しといて、何故そうしたか理由が分からない。
ただ、佐助に素直にお姫様抱きされた時とは、優の気持ちは明らかに違っていた。
朝霧は表情を変えず、まだ下を向く優をしばらく見た。
鳥の声すらしない静けさが、優の緊張感を高める。
しかし、朝霧は、急にクスっと笑うと言った。
「すまぬ。そなたが俺の幼馴染でないのは充分分かっているんだが。そなたは似ていても俺の幼馴染ではないから拒否するのは当たり前だ。急に見ず知らずの男に抱き抱えられるなんてイヤに決まっているよな…」
優は、その言葉にハッとして顔を上げた。
優の目に、切ない色をした西日に照らされた少し寂しそうな朝霧の苦笑いが映った。
(いや……そうじゃなくて……朝霧さんは見ず知らずの男でも無いし、イヤとか、朝霧さんがイヤとか、そう言うんじゃなくて…)
優はそう思うと、朝霧のその表情を見ながらどう言えばいいかただ混乱した。
だがそこに、朝霧は急にくるりと体を反転させるとその場合にしゃがみ込み、本当に優しい口調で言った。
「なら、おぶるならいいだろう?そしてここを出てまずメシを腹一杯食おう。ほら、背中に乗れ。俺は必ずそなたを無事に送り帰してやるから心配など何もいらない。すぐに帰れるからな」
優はただ棒立ちのまま、朝霧の背中を見詰めた。
広くてとても、とても温かそうな背中を。
途端に優の胸の奥が色々な感情で一杯になり溢れそうになる。
優は、思わず泣きそうになったのを必死で堪えた。
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