殉剣の焔

みゃー

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鴉(カラス)

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   佐助は優を抱き上げたまま走り続けた。その間に優は千夏がもう一軒の廃民家にいる事を佐助に告げ、二人は千夏を迎えに行く事になった。
 千夏を隠した廃民家には、佐助の疾走ですぐに着いた。
 優は、民家の裏口で佐助の腕から降ろされると、すぐに物置きに、千夏の元に走った。

 「千夏ちゃん!」

 優がそう言い物置きの引き戸を勢い良く開けると、千夏は優の袴の太ももに抱きついてきた。
 優は千夏を抱き上げ、後ろにいた佐助に言った。

 「ここに潜んでも、すぐに道尊が来る気がする。兎に角、安全な所に逃げよう!」

 「優様!試しに千夏殿は俺が抱っこしてみます」

 佐助は、優しか千夏に触れられないのは知っていたが、優を庇いそう言ってくれた。

 「ありがとう。でも、抱っこは俺が…」

 優は、佐助の気持ちに感謝しつつ首を横に振りそう言うと千夏を抱いて、小寿郎の入った瓶は千夏に持ってもらい廊下を走り出した。
 佐助は打刀を手に、優達を護る為優の前を走っている。
 しかし、廃民家を裏口から出る時優達は一度立ち止まり、佐助が道尊がいないか辺りを見回した。

 「行きましょう!」

 奴がいないと分かって、佐助が背後の優に言うと、優達は再び走り出し民家を出た。
 だがすぐそこに、突然現れた黒いカラスが凄い勢いで空を前から佐助に向かい突入して来た。

 「くそっ!」

 佐助は、それがさっき道尊が連れていたカラスだと思い、無論優を庇った。佐助の腰に携帯していた二つの鞘の片方に打刀を素早く戻し、もう一つのそれから短刀を抜き交換し接近戦で応戦しようとした。
 
 「さっきのカラス!」

 優もそう叫び、勿論それが勘助と思いこんでいた。
 しかし…

 「違いますよ!勘助はこちらです!」

 突然、優の背後で声がして、前方のカラスに気を取られていた優と佐助は慌てて振り返る。
 すると佐助に突撃して来ていたカラスはくるりと回転し、来た方向に向かい去って行った。
 そして、優の後ろに知らない若い男がいて、優を後ろから羽交い締めにしようとした。

 「くそっ!」

 佐助は急ぎ対戦相手を変えよと後ろに向き優の前に立ち庇おうとした。
 すると、優が危機を感じ、千夏と彼女の手にある小寿郎の入った瓶を佐助に手渡して叫んだ。
 もう、優しか千夏に触れないと
か言ってはいられなかった。

 「二人を頼みます!」

 すると、知らない若い男の体から急に白煙が舞い、若い男と優はそれに包まれ消えたと思うと、次の瞬間、優は巨大化したカラスの背に乗せられ空を飛び連れ去られていた。
 千夏は、優以外に触れられたがどのような心境の変化か、佐助を恐れたり、暴れたりしなかった。

 「優様ぁー!」

 佐助は短刀を捨て、千夏を抱いたまま、絶叫と共に佐助の腰にある打刀を取り、巨大なカラスの体めがけ刃を突き刺そうと投げた。
 
 「ギャーっっ!」

 巨大化した勘助は、下腹にその刃を受け正に化け物の声を上げ、血飛沫を地面に降らせた。
 しかし、やがて勘助はそれを自らの足を器用に動かし抜いた。
 佐助の打刀は、空から深い山林の中に落ちた。

 「どこへ行く!俺を降ろせ!」

 傷が痛むのか、フラフラ飛ぶ勘助の羽毛に掴まりながら優が叫んだ。

 「降ろせ……ません!大師様に貴方をお渡ししないと…」

 勘助は、自らの血をまだ地上に点々と落としながら苦しそうに答えた。

 「お前は、俺が春姫様じゃないと知ってるじゃないか!俺を道尊に渡した所で、道尊は喜ぶ訳ないだろ?!」

 優が諭すと勘助は一瞬黙ったが、又苦し気に言った。

 「我らのような大師様の眷属が言っても無駄です。貴方が、貴方が大師様に直にそれを言って大師様を納得させて下さい。時間は……年月は相当かかるかも知れませんが…」
 
 「はぁ?何を言ってる!そんな事出来る訳ないだろ!」
 
 優は、呆れた声をだした。

 「大師様は……あの方は人間はお嫌いですが、時に我等のように人間にいたぶられていた動物などを助けて優しくして下さる時もある。私は、大師様に助けてもらったご恩をお返したいのです…」

 勘助はそう言いながら、どんどん飛行を制御出来なくなり方向も定まらず下降して行く。そして、人間に絶対見られてはならないはずの巨大なカラスの化け物なのに、勘助は多くの旅人の通っている山間の道のすぐ上空に優を乗せたまま出てしまった。

 「きゃーっ!」

 「何だ?!あれは!」

 「化け物じゃ!化け物じゃ!」

 「化け物に人が乗っておる!」

 そこにいた多くの旅人の老若男女は皆恐れ慄き口々に叫び、ある者は腰を抜かしその場から動けなくなり、ある者は逃げまどった。
 しかし、ただ一人だけ勇敢に逃げも恐れもせず、乗っていた馬から降りて巨大なカラスの化け物の背中に乗る人物を冷静に確認した男がいた。
 それは、春陽の元に帰る途中の朝霧だった。

 「ハ……ハル?…」

 朝霧は、勘助の背中に乗っているのが優では無く、春陽だと思い込み驚愕した。
 そして馬に再び飛び乗ると、春陽だと思っている優を助けに、春陽のいる観月屋敷の方向では無く、化け物鳥の飛んで行った方向、すなわち、さっき朝霧が帰ってきた道を再び戻り出した。

 一方、朝霧が近くにいた事に気づかなかった優は、このままでは墜落してしまうと、思いつくままやぶれかぶれで必死で説得する。

 「勘助!地上に降りろ!このままだとお前死ぬぞ!お前が死んだら、あんな道尊の世話が出来る奴がお前の他にいるのか?」

 「…」

 優の言葉に思い当たる節があるのか勘助は黙りこんだが、やがてゆっくり勘助は、山林の間の低い草の生える広い雑草地にドスンと腹で着陸した。
 優は、慌てて勘助から飛び降りると勘助の腹を見て言った。

 「勘助!小さくなれるか?小さくなれ!出血の量がそれでだいぶ違うだろ?それで、俺の持ってる手ぬぐいで早く血を止めないと」

 勘助は、ゼイゼイ息をしながら腹ばいになったまま、大きな目でギロリと優を見て言った。

 「私は、貴方の敵ですよ…」

 「いいから!早く小さくなれ!」

 優は、勘助の血が流れる傷口を見て焦り叫んだ。
 すると、勘助は白い煙と共に再び小さくなり普通のカラスの姿になると、又フラフラ空に飛びたって優に言った。

 「今日の所は……貴方を大師様から逃がして差しあげます。でも、次は分かりませんよ…」

 「勘助!そんなケガで飛ぶな!」

 優はその姿に叫んだが、勘助はフラフラしながらも懸命に飛び、すぐに優の視界から消えた。

 辺り一面の草っ原は、一陣の柔らかい風が吹き静まり返った。
 しばらく優は、ボーゼンとその場に立ち尽くした。
 しかし、ふと我に帰ると頭を抱えて叫んだ。

 「勘助っ!ここ……ここどこだよ?!俺っ、どうやって帰るんだよ?!」

 観月屋敷への方向もわからないし、まだ明るいとは言えマズイ事にそろそろ夕刻で、西の空が黄金色に染まり始める時間が近い。

 「落ち着け……どうする?これからどうしたらいい?」

 ドキドキする鼓動にそう言い聞かせ、優は一つ大きく深呼吸して
考えた。
 異世界に来てから、こんな状況でこの場で泣いても悔やんでも何にもならないのは思い知ってる。
 そしてやはり、朝霧のあの言葉を思い出し、今自分出来る最善の事を考えた。
 そこで、高校の郊外実習キャンプの時にキャンプ場の職員に教わった、遭難時に取るべき行動を実践する事にした。
 まずは、もう陽が暮れるので、安全に夜を明かす場所と、水を見つけないとならなかった。
 早くしないと、この異世界の山にどんな妖怪、あやかしの類、凶暴な生物がいるか分かったものでは無かったし、優の元いた世界と同じく熊もいる。
 水は、この異世界では浄化石と言う小石を井戸の底や川から汲んだ水に入れてキレイにしてから飲むが、今はそれが無いから山の湧き水か川を見つけて直に飲むしか無い。
 
 「はあ…」

 優は、大きなため息を一つ着くと、感だけで草地を山林に向かい歩き出した。
 しかし、怖い位の静寂の中しばらく歩くと、まだ草地の中で優の背後から声がした。
 しかもそれは、あまりに優が聞き慣れた懐かしく低く逞しい声だった。

 「ハルっ!」

 優は驚いたが、声のする方を振り返れず立ち止まった。

 (あ……朝霧さんの……声?) 

 優は、そう思いながらやはり振り返れない。

 (こんな所に、朝霧さんがいる訳ないだろ…)
 
 優は、数日前、美月姫と共に旅立った前世の朝霧を見送った時の絶望感を又感じるのが怖いのだ。
 もし振り返り誰もいなくてただの幻聴だった時、もうきっと優は前に歩け無い。
 しかし、そうでないのか再び声がした。

 「ハル!」

 朝霧の声に間違い無いと、優は今度は振り返った。
 すると、同じ草地の少し離れた所に朝霧が立っているのが、明るい西日でハッキリ良く見えた。

 前世の朝霧は、やはり優を春陽と勘違いし、ここまで追って来たのだ。

 「前世の……朝……霧さん?…」

 優は思わず小さく呟くと、今度は幻が見えているのでは無いかと両瞼を何度もパチパチしたが、朝霧はちゃんとそこにいた。

 「ハルっ!」

 しかし、前世の朝霧のその優への呼びかけは、明らかに優を、優の前世の春陽だと思ってのものだった。
 

 


 


 

 

  
 

 
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