殉剣の焔

みゃー

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招かれざる客

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  時は、朝霧が馬を駆り必死で春陽の元に帰っている時。
  春陽が定吉に自害を引き止められていた頃。
 
 春頼は、大切な兄の春陽の屋敷からの失踪に、野山やいたる場所を我を忘れ半狂乱で捜索していた。

 (兄上!兄上!兄上!)

 だが、その春頼の心の声は届かず結局春陽は見付からず、春頼は、精神も体も疲弊した様子で一度観月屋敷に戻ってきた。これだけ探していないなら、もしかして春陽が屋敷に戻っているかも知れないと僅かな希望を抱いたのだ。
 しかし、それは打ち砕かれた上に、代わりに招かれざる客が屋敷内にすでに入りこんでいた。
 その招かねざる客は、淫魔の証しの角と牙を隠し、瞳も黒くし、あくまで人間と偽り、都倉家からの使者に変装していた藍だった。
 屋敷の使用人達は、珍しい南蛮渡来の黒のまんとなる物を小袖の上に羽織り、そのまんとに付属したふうどなる物を頭から被り、足にはこれ又南蛮の黒のぶうつなる履き物を履いた異質な藍に大混乱し騒然となった。

 「観月春陽様に……お目通りを」

 藍は、着くやいなやふうども頭から取らず、玄関から屋敷内へ上がる部分にある上がり框(かまち)の前で、即、そう屋敷の使用人達に強く迫った。
 しかし使用人達は、今は屋敷の主である春陽の父親は、近隣に野武士の多数集まった盗賊団が出た事で討伐に出払い、屋敷の跡取りの春頼も今はいないので、許可なく病の床に伏せる春陽に会わせられないと拒否した。
 だが、藍はそれを一顧たりともせず、ズカズカ勝手に強引に屋敷に上がりこんだ。そして、誰も教えもしないのに、広い屋敷内をまるで下調べをしていたように春陽のいる座敷へまっすぐ向かった。
 それでも、実は藍は体調が思わしくなかった。
 
(屋敷が神社の神域にあるせいで……人の子以外を入れまいとするこの強力な圧。頭が痛くてイライラする。私のような強い力のある淫魔だからなんとか入れたが、この私でもそうあまり長くはいられない。くそ忌々しい)

 藍は、そんな事を思いながら、屋敷内の長い真っ直ぐな縁側廊下を従者の武者一人だけ連れて歩く。
 昼間で縁側廊下は雨戸が取り払われて、すぐ横には中規模の縦に長い庭がありその景色がよく見える。
 庭の中央には、沢山の藤棚が廊下の端から端と同じ長さ横一列に設けられ、早咲きの薄紫や薄紅色や白の花々が、今を盛りに咲き誇っていた。
 その景色は壮観で、時折吹く春風が沢山の花々を優しく揺らし、沢山の花びらが落ちて舞う。
 しかし、藍はそれには興味すら示さずただ前を見て歩いた。
 そこに、屋敷に古くから仕える村の老人の男が急に現れ、藍の前に土下座して再度懇願した。

 「何とぞ!何とぞご容赦を!主か春頼様がお帰りまでお待ち下さい!春陽様の病は重く、主か春頼様の承諾がなければ春陽様のお座敷には何者も入れてはならぬとキツく申し渡されておりますゆえ!」

 「どけっ!下郎が!」

 しかし、藍は考える素振りも無くそう叫び、そのまだ土下座する老人を頭から強く蹴りどかせた。
 屋敷には屋敷や荒清神社、荒清村を護る守護武者が沢山いるが、
今は春陽の父と共にその多くが屋敷を出払っていた。
 僅かに残り屋敷の警備をしていた数十人の守護武者達が、その老人の姿を見て皆が藍への怒りと共に刀の柄に手をかけた。
 しかし、藍は微笑むと、凍るように冷たい声で言った。

 「貴様ら……一体誰に刀を向けるつもりだ!私はお前等の主が仕える都倉家の殿の直々の使者であるぞ。この私に刃を向けるとは、殿に刃を向けるも同然……無論、ただ楽に死ねるとは思うなよ…」

 藍の脅しとふうどの下から見える藍の目の迫力に守護武者達は怯み、柄に手を置いたまま動けなくなった。
 藍はクッっと馬鹿にしたように嗤うと、何もなかったかのように縁側を又歩きだした。
 しかし、藍の前に又一人誰かが立った。
 それは、春頼だった。 春頼は、初めて会う藍に懇願した。
 
 「兄の春陽は只今病に伏しております故、何卒、何卒!面会はご容赦の程をお願い申し上げます!」

 春陽が今屋敷にいない事を知られてはならないし、もし仮に春陽が屋敷に帰って来ていたとしても、春陽が淫魔で、頭に双角口に双牙がある姿を、青い瞳を都倉家の使者に見られる訳にはいかない。そして春頼も、廊下の板上に額を着き土下座した。
 しかし、藍の態度は変わらない。

 (ふーん……この男が、春陽の腹違いの弟か。調べさせた所、こいつの春陽への思慕と献身は並々ならぬとか……ならば、私と春陽の間には……邪魔者でしかない…)

 藍はそう思うと、再び春頼の頭も蹴ろうと右足を上げ振った。それもさっきよりかなり強く、致命傷を与える位に。
 だが、春頼はそれを機敏に避け
立ち上がり、腰の鞘から生身の刀剣を出し藍に向かい構えた。

 「ほう……私を避ける事ができるとは面白い……だが、さっき私がここの腰抜け共に言った事を、あなたは聞いておられなかったか?」

 藍は、向けられる春頼の刀の切っ先に動揺一つ見せず笑いなから春頼に言うと、次に冷たい視線だけを守護武者達に向けた。
 守護武者達もすでに、今度は春頼にならい皆が藍に生身の刀身を向けていた。
 それでも藍は、落着き払った様子で春頼や守護武者達を見回した。そして、藍の口からおぞましい言葉がサラッと出た。

 「これはどうやら……春陽様以外は、屋敷の者、村人、皆殺しせねばならなくなりそうだな」

 春頼は刀を構えながら、藍が後ろに従者一人しか連れていない不利な状況でこれだけ平然としながら、武士として異様な強い気を出しているのに気付いていた。しかし、もう春頼は引けなかった。そして春頼は、自分を心底観月家の跡取りとして失格だと思った。春頼は、春陽を生かす為なら、自分も、周りの何をも全て犠牲に出来るからだ。春頼は、目の前の銀髪の使者を殺し従者も始末し、淫魔の春陽を連れて、今度こそこの屋敷から逃げる決意をした。
 どこか遠く……誰にも邪魔されず春陽と二人で暮らせる場所に行くと。

 「いかがされたかな?弟君よ、かかってこられよ。しかしながらこれは都倉の殿への叛逆であるぞ。殿になり代わり、私がまず……あなたから処刑するとしよう」

 藍が、春頼に向かい又嗤いけしかける。しかし、藍はまっすぐ立ったまま、腰から刀を手に取る事も今だしていない。

 (どんな事があろうと、兄上は、私が守ってみせるっ!)

 春頼はそう意気込むと、藍に向かい体軸を崩さず真正面から斬りかかった。


 
 

 
 
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