殉剣の焔

みゃー

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真清丸(ませいがん)

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  「定吉?どうした?…」

 地面に跪いたまま優の事を思い出してしまっていた定吉に、定吉のすぐ目の前で膝を崩し座り続ける春陽が怪訝そうに声をかけた。
 我に返った定吉は春陽を見詰め、やはり今、春陽をここで楽に気絶させて戦の影響の無い場所に連れて行くべきか否か悩んだ。
 定吉は、今も春陽をここからさらい、春陽が幸せになれる場所に連れて行きたかった。
 定吉の手で、春陽に穏やかな暮らしを与えたかった。
 定吉の心は激しく昂り相克した。
 しかし、定吉を見詰め返す春陽の青い瞳があまりに澄んでいて定吉を信じているようで…
 定吉には、やはり無理強いがどうしても出来なかった。
 そして、状況の急変で結局定吉は、苦悶しながら配下の忍びが送ってきた伝書の内容を春陽に伝えなければならなくなった。

 「春陽。都倉家から銀髪の男がお前を迎えに観月屋敷に今向かっているとさっき俺は言っただろう。でも妙な事になった。銀髪の男が観月屋敷に着く予定は明日の夕刻近くのはずだったのに、もう今朝、観月屋敷の近くに来ているらしい。俺の配下がずっと銀髪の男の道中を付けて監視していたが、ある時突然消えてどこの近道を使ったのか?今度現れたらもう観月屋敷の近くにいたらしい」

 「えっ?!」

 春陽は絶句した。

 「しかし分からん。そんな安全な近道は銀髪の男が来た道中には無いはずなんだが……どこをどう通って来たか分からん。銀髪の男……人間とは思えない速さだ」

 定吉は本当に分からないようで、酷く怪訝な表情で言った。

 「屋敷に戻らないと。しかし、どうやって銀髪の使者と会うのを引き延ばして、説得して私を諦めてもらうかだな…」

 春陽は、呟くと下を向き考え込んだ。
 頭に小さいとは言え双角。口には双牙がある今の淫魔姿の春陽が
使者と会える訳が無かった。
 父と春頼と団結してこの危機をどうにかして脱する以外なかった。
 
 「私は屋敷に戻る」

 そう言いながら春陽は立ち上がりかけた。
 しかし…
 定吉がその春陽の小袖越しの腕を掴んで止めた。
 春陽は、不思議そうに定吉を見詰めた。
 やがて定吉は、自分の着ている小袖の懐に手を入れて、何か小さな小さな白紙の包を取り出した。そして定吉はそれを開けて、定吉の手の平に中身を乗せて春陽に見せた。
 それは、小さな、まるで薬のような黒く丸い二つの粒だった。
 春陽が唖然としてそれを見詰めると、定吉は静かに言った。

 「これを飲め。これを飲めば、お前のその角と牙は、一日と言う期限はあるが消える」
 
 「えっ?!」

 春陽は、丸い粒を食い入るように見た。

 「春陽。これは毒なんかじゃ無い。俺を信じろ。これは真清丸(ませいがん)と言って、山鳥の血に特別に栽培されている何種かの薬草を混ぜて特別の方法で乾燥熟成させた物だ。一粒飲めば一日血と性欲への欲求は収まり、二粒飲めば血と性欲への欲求と共に角と牙も消え目の色も黒に戻る。春陽。これを飲んで人間に戻って、そしてお前の父の力も借りてなんとしても使者と交渉して都倉家からのお前の城への出仕話しは潰せ。薬で人間に少しの間戻れるとしても、淫魔のお前が城に出仕するのはあまりに無謀過ぎる」

 何故そんな物を定吉が持っているのか?驚きと不思議に思いながら、春陽は黙って定吉の目を覗きこんだ。
 定吉は一瞬言いずらそうにしたが、やがて決意したかのように
話し出した。

「そして、これは周りには黙っていて欲しいが、俺は……俺は、間もなく天下統一を成し遂げるだろう大阪城の金井(かない)家に仕えている忍び這蛇(はいだ)一族の長の長子だ。でも俺は、這蛇の里の暮らしに嫌気が差して何年も前に里を出た」

 あまりに突然、思いもしなかった事を告白され春陽はすぐに言葉を返す事ができなかった。
 定吉は、そんな春陽の動揺を感じながら話しを続けた。

 「普通、忍びが一族から離脱する抜け忍はご法度。必ず同じ一族の刺客に殺されるのが掟だ。それに今は這蛇一族の跡取りは俺でなくて腹違いの弟だ。なのに俺は……その跡取りの弟に何かあった時の為に、未だに刺客に襲われずのうのうと這蛇一族に生かされている。そして俺は、密かに俺に協力的な這蛇の忍びや俺のように訳ありの忍びを使い、今までその時々で色々な権力者の仕事を受け負って金を稼いできた」

 定吉がやたら強いのも、そしてどこか掴み所が無いのも、この生い立ちゆえかと春陽は思いながら定吉の顔を見詰めた。
 その春陽に定吉は、更に意外な話しをした。
 
 「春陽。這蛇一族は、金井家の命令で裏で淫魔討伐の仕事もしてきた。だから淫魔の性質もよく分かっているからこんな薬を作る技能がある」
 
 「淫魔……討……伐?…」

 春陽は呟くと、眉間に皺を寄せた。春陽は自分が忌まわしく思われる淫魔だと分かっていたが、それでも、やはり自分が人々から討伐の対象になる存在なのだと現実をあらためて突き付けられたから。
 だが定吉は、その春陽の右手を定吉の左手で握って言った。

 「済まない春陽。俺はお前に会うまで、ただ淫魔と言うだけで、散々多くの淫魔を手にかけてきた。俺が殺してきた淫魔にもお前のような何の罪のない者も沢山いただろう。俺は、今本当に後悔している……悔やんでも悔やみきれない位に。頼む許してくれ、春陽…」

 定吉の春陽を見る双眼が細められ、定吉の後悔と苦悶が春陽に伝わる。
 やがて定吉の左手は春陽の頭に向かう。
 そして定吉は、定吉の左中指と人差し指で、春陽の双角、双牙を、まるで愛撫するかのように優しく触れなから春陽に言った。
 
 「今の俺は、お前の角や牙に憎悪も怖れも無い。俺はお前を助けたい!だからこの薬を飲め。そして、淫魔には、自分で瞳の色を変える能力の者もいるが、もしお前にその能力が無いなら俺はこれからこの薬をお前の為に作り続ける。そして、他のどんな事でも淫魔のお前の力になる。だから、俺を、この俺をこれからずっとお前の側に置け」

 定吉の突拍子も無い提案に、春陽は唖然とした。
 




 



 



 

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