156 / 176
まだ生きるなら…
しおりを挟む跪く定吉に抱き締められながら座り込む春陽の両腕も、ゆっくり、定吉の背中を抱き締めようとする。
春陽が定吉に付いて行くと言う意思表示をする為に。
戸惑いながら、ゆっくり、ゆっくり…
しかしその途中、春陽はさっき定吉の姿に重なった朝霧を思い出した。
まるで蜃気楼のように春陽の目の前で揺らいだ朝霧のその姿は例え幻でも、春陽の心を今この瞬間も激しく揺さぶる。
そして更に春陽の脳裏に、優しい春頼や両親、穏やかな荒清村の住人達の姿も去来した。
途端、春陽の定吉を抱き締めようとしていた腕が止まり、下にダラリと下がった。
「春陽?…」
定吉は、困惑気味に問い掛けた。
疲労を隠し切れない表情の春陽は定吉から少し体を離し、定吉の顔を見詰めて言った。
「定吉……お前の気持ちは、嬉しい。本当に嬉しい。でも、私はお前と一緒に行けない」
定吉は、首を左右にふると表情を歪めて春陽を諭す。
「春陽!ダメだ!俺と一緒に来い!何故知ってるかは後でちゃんと説明するが、都倉家から内密にお前を人質として迎えに銀髪の男の一行がもう近くまで来ている!都倉の城に上がるな!逃げるんだ!俺と、俺と一緒に!」
春陽は、それを聞き定吉を見たまま一瞬ハッとしたが、やがて自分の定めを悟ったように僅かに苦笑して、定吉の左肩に春陽のおでこを付けて静かに言った。
「定吉。私は、人に害をなす淫魔の私が死ぬ事で両親や弟や村人を守れると思ったから死のうと思った。都倉家が早く私に城に上がれだの、私に何かあれば村に火を付けるとか言っているが、どう考えても私にそこまでの価値など本当に無いから、私が死んでも本気で村に火を放つなんて考えられないし。でも、私がまだ生きるなら、生きていくなら、私は逃げないで、やはり両親や弟や村人を守る為に生きないといけない」
「はっ……春陽っ!ダメだ!
ダメだ!絶対にダメだ!お前は戦の世界に生きる人間じゃ無い!」
定吉程の巨躯の男が取り乱すように声を荒げ、春陽を再び強く抱き締めた。
「定吉……私はお前を信じていないんじゃ無い。お前なら、きっと私を幸せになれる場所に連れて行ってくれると思う。けれどお前が私に言った幸せにしてやると言うのはお前の妻になる者に言うべきだ。それに、もし死なずに生きる私に幸せになれる場所があるなら、私がその戦の世界を通った向こう側にその場所があるのだろう……きっと…」
「…」
定吉は、春陽のその言葉に絶句して言葉を一瞬失った。
そして、定吉は瞬時に思い至った。
今抱き締めている春陽を出来るだけ楽に気絶させ、春陽を無理やりさらって行こうと。
そして、幸せにすると言う定吉の言葉を定吉の妻になる者に言うべきだと春陽が言うなら、春陽が男でも、定吉が春陽を泣いても叫んでも無理やりにでも定吉の妻にすれば良いのだと…
10
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる