殉剣の焔

みゃー

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Stay With Me

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 世界は一瞬、無音になった。
  
 そして春陽は、定吉に後ろから手を捕らえられ引き止められ振り返ったまま、頭の小さな双角と口の双牙青い瞳も定吉に遂に露見して、一瞬心の臓が破裂する位に驚き、その後しばし呆然とした。
 しかし、やがて春陽は苦悶の表情に微かに笑みを浮かべながら定吉に冷静な声で呟いた。

 「何故そんなに驚く定吉?……お前、ずっと前から私が淫魔だと……知っていたんだろう?」

 「……」

 定吉程のいつも口の上手いはずの男がとっさに返答がどうしても出てこなくて、ただ春陽の手を掴む定吉の指に力を込めた。
 そうだ、確かにそうだ。
 定吉は、春陽が病気だと座敷に閉じこもってからも、春陽の淫魔の姿を密かに天井裏から見ていたし、あの山小屋の時も春陽の角や牙は見ていた。
 だがそれ以前からなんとなく春陽がそれだと察していた。
 定吉も苦悶の表情で、右の口角だけ笑って春陽に見せ言った。

 「お前こそ、よく俺がお前の正体に気づいてると分かったな!そりゃ、屋敷に絶対いるはずのお前がこんな所にいたら驚くだろう!こんな時間に一人急いで何処へ行くつもりだ?!」

 春陽は即時苦笑いを止め、眉根を寄せて深剣に懇願した。

 「定吉!頼む私を何も聞かず見逃してくれ!その代わり約束する。二度とお前や春頼や両親や村人の前には現れないし害を及ぼしたりしない!だから、だから黙って見逃してくれ!」

 その言葉を聞いた瞬間定吉は、まるで仁王のようにキッと表情を怒張させた。
 だが春陽は、定吉から逃れようと定吉に背を向け手を振り払おうとして暴れる。
 定吉は、一気に背後から春陽を羽交い締めして春陽の動きを止めにかかった。
 だが、春陽と定吉にはかなりの体格差があり過ぎて、どう見ても
春陽は定吉の巨体に磔(はりつけ)にされているにしか見えない。
 そして淫魔の春陽の腕力は強いが、定吉はそれを上回る剛力で春陽を押さえ込み叫んだ。

 「落ち着け!落ち着けっ!春陽っ!春陽っ!落ち着けっ!」

 だが、春陽は定吉の腕の中でまだ暴れもがき、春陽も叫んだ。

 「頼む!行かせてくれ!約束する!私は死んでお前達には迷惑はかけないから、このまま!このまま行かせてくれっ!」

 「死ぬ必要なんて!お前が死ぬ必要なんて無いっ!」

 つい数日前まで春陽の首を斬り落とそうとしていた定吉が……
 いつもどっしりと余裕で構えている定吉が絶叫し、更に強く春陽を後ろから抱き締めた。

 「人と違う私は!淫魔の私は生きていたらいけない!生きる場所が無いっ!」

  定吉の強い抱擁に息を乱れさせながら、春陽は声を振り絞って声を上げた。
 
 「あるっ!お前には生きる場所がある!」

 だが、定吉も声を張り上げた。

 「無いっ!無いっ!私には、もう生きる場所が無いっ!」

 春陽の追い詰められた心の底からの叫びが、朝靄の静寂の竹林に響き渡る。
 だが、定吉も大声で反論を止めなかった。
 定吉のこめかみには、血管がビキビキと浮き出ている。

 「あるっ!お前には生きる場所がある!誰にも必ずある!必ず幸せになれる場所があるっ!俺がお前を幸せになれる場所に必ず連れて行ってやるから、俺と一緒に来い!」

 両腕をダラリと下し春陽の動きが急に大人しくなった。あのいつもふてぶてしく強面で巨躯の定吉の声が、まるで微かに、本当に微かにだが泣いているように感じたから。
 春陽は思わず、泣いているのが自分でなく本当に定吉なのか確認しようと振り返りかけた。
 しかし、その動きも定吉が春陽を抱き締めて封じた。

 「春陽……」

 ただ、背後からそう静かに定吉が呟き、春陽の事をまるで大切なもののように強く優しくぎゅっと抱き締めた。
 
 「春陽っ……」

 その見た目地獄の獄卒のような定吉の声は、やはり春陽には、静かに……あまりに静かに泣いているように聞こえ、定吉の春陽を抱く太く筋肉質な小袖越しの腕も微かに震えているように思った。
 春陽はしばし、それがとても不思議で不思議で仕方なくて呆然とした。
 しかし……

 「春陽!」

 突然、又その名が呼ばれた。だが、その声は明らかに定吉では無かったし、少し離れた前方の草むらからで……確かに春陽がよく知る声だった。
 春陽はあまりの驚きに、定吉に抱かれたまま大きく目を見張りその声の主を見た。

 「貴……継?……」

 春陽は、目の前に朝霧の姿を確認すると、唇を震わせながら余りに小さく呟き再び自失した。
 今こんな所に、身を引き裂かれる想いで別れた幼馴染みは絶対にいないはずなのだから。
 事実、本物の朝霧はここより遠い場所にいて、春陽の元に必死で帰る旅の途中だった。そして山賊に襲われ返り討ちにした直後で、尚旅を目立たず続ける為、人気の全く無い静かな山中の小川で自身に付いた返り血を洗っていた。



 


 

 

 

 
 
 

 
 



 

 
 

 
 
 


 
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