殉剣の焔

みゃー

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理由

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 「うぅ……ん…」 

 優は、何気に目を覚ました。そして、まだ居間の布団に横になったまま目をしょぼしょぼさせながら、今いつだったか?を思い出す。
 しかし同時に、千夏がもう起きて布団から出て、優の横でちょこんと正座し、佐助の用意した膳を前に食事しているのを見て思わず飛び起きた。

 「えっ!千夏ちゃん!もういいの?しんどく無い?痛いとこ無い?」

 優は、慌てて千夏の傍に跪き彼女の左肩に手を置き顔を覗き込み尋ねた。
 千夏は、あの苦しみ様が嘘の様に顔色も良く、無表情ながらもすぐコクリと頷いた。

 「あぁ……良かった」

 優は、その場にヘタリ込んだ。
 すると、居間の端に胡座で座っていた佐助が嬉しそうに優に声を掛けた。

 「良かったですね、優様。もう千夏殿は大丈夫ですよ」

 優がそれに返事をしようと佐助の方を見ると、佐助の横にどしっと胡座をかいて座していた定吉が先に口を開いた。

 「優……お前はもう少し寝ろ。まだ夜も明け切ってない…」

 居間は、縁側の雨戸が閉められて外の様子は分からない。
 だが定吉がそう言うならば、自分はそんなに長くは寝ていなかったのだと優は思った。
 しかし、千夏が折角元気になり、優は二度寝する気にならなかった。それに、定吉のお陰で少しだけでも眠り、優はかなり体が楽にもなった。

 「ありがとうございます。でも俺、少し寝てスッキリしたし、千夏ちゃんがこんなに沢山ご飯食べてるの初めて見たから、このまま見てます」

 どう言う訳か?あの江戸時代の観月屋敷でいつも少食だったり食べなかったりだった千夏が、今は椀を持ち、佐助の粥や味噌汁をモグモグ食べている。
 そして、江戸時代では常に沢山の呪術師に囲まれ子供ながらに霊力の高い大巫女と崇められ、観月屋敷の敷地から外に全く出ない常に顔色の悪かった千夏が、今は本当に肌の色艶が良かった。

 「なら、優にも朝メシを食わしてやれ、佐助」

 定吉がそう言うと、佐助は「ヘイ!」と気持ち良い返事をしたが、優はニコリと笑って言った、

 「あっ……俺、さっきご飯食べて、まだお腹一杯で…」

 すると定吉は優の顔をじっと見た。
 優は、定吉が優の本心を探っていると感じたし、兎に角イケメンの定吉に見詰められると、優も男なのに何かソワソワする。だが定吉と見詰め合う視線を外せない優は、定吉が食事をゴリ押ししてくるかとも思ったが、今回定吉はあっさり引いた。
 
 「そうか、なら……腹が減ったら、これからはいつでも佐助に言え…」

 だが、優は、定吉の「これからは……」のフレーズが引っかかった。やはり、何故戦国時代の定吉が優と千夏に優しいのかが分からないから。
 しかし、優が返事に困惑していると、定吉が更に優を戸惑わせる事を言った。

 「優……俺はこれからお前も知ってるだろう観月屋敷に一旦戻る。戻ったら、事情で二、三日ここには帰らない」

 優は、思わず顔色を変えてその名を呼んだ。

 「さっ……定吉さん…」

 「何だ?」

 定吉は静かに返すと、又、優の顔を凝視した。

 優はかなり言い辛いが、必死で言葉を繋いだ。

 「定吉さん……俺と千夏ちゃんの存在を……俺と千夏ちゃんがここにいるのは、観月屋敷の人達、春陽さんや春頼さんにも、村の人達にも、いや……今この世に存在してる全ての人には言わないで欲しいんです」

 そう言いながら優は、定吉に色々理由を詮索されると身構えた。
 しかし定吉は、優の予想に反し酷く冷静に、しかし即返した。

 「分かった」

 「…」

 呆気な過ぎて、そして、何故そんなに簡単に定吉が納得するのか理由が分からなくて、優は無言でポカンとした。
 だがそんな優を目の前にして定吉は、ごく当たり前の何でもないような口調で告げた。
 
 「優……佐助は俺の手足のようなもんだから、何かあれば何んでも佐助に言え。そして、佐助を使え」

 「えっ?!」

 優は驚いたが、それから視線を下にして考え黙り込んだ。やはりどうしても、今目の前にいる定吉が、何故優に優しいのかが心にひっかかる。 
 しかし、そこに佐助が寂しそうな声を出した。

 「優様……やっぱ俺じゃ……ダメですか?」

 優はハッとして顔を上げて佐助を見て、ブンブン頭を左右に振った。

 「いや!そうじゃなくて!そう言う事じゃ無くて!」

 佐助は、真剣な顔付きで優を見詰めている。大概ニヤけてる印象の強い佐助の表情が引き締まるとやはりイケメンだと優は再認識した。
 だが優は又下を向くとその場のはずみで、遂にずっと喉につかえまくっていた事を定吉に聞いてしまった。

 「俺には……定吉さんや佐助さんによくしてもらえる理由が……理由が、理由が一つも無い」

 その直後、優は自分の放った言葉を後悔したが遅かった。
 居間に、なんとも言えない沈黙の時が訪れてしまった。
 定吉は、相変わらず表情を変えず腕を組み胡座をかき優を真っ直ぐ凝視していた。
 そして佐助は、正座し優を見詰めたまま、なんとなくではあるがある疑念を抱いた。もしかして優も佐助同様、優が春陽に似ているから定吉が優に優しいと思っているのではないか?と。
 そして千夏まで、相変わらず表情は無いが何かを思うのか?食事を中断し優の横顔を見詰めた。
 佐助は、ずっと下を向く優を見てその後チラリと定吉を横目で見ると、この場をなんとかしなければと何か言おうとした。
 しかしその寸前に定吉が、重そうな口を開いた。

 「優……お前は、たまたま目の前に困ってる者がいたとして、助けられるなら助けようと思うのに何か特別な理由がいるのか?」

 「えっ?!…」

 優は、顔を上げて定吉を見ながら戸惑った。

 「どうなんだ?優」

 黙っていれば地獄の獄卒にしか見えない所もある定吉はそう聞いたが、その声が、何故が今は凄く優しく優には聞こえた。

 「いえ……理由は……普通、いりません…」

 優は定吉から視線を少し外し、しおらしくおずおずと答えた。
 定吉はそんな優から視線を外さず低く静かな声で、まるで優を諭すように続けて言った。

 「俺は、お前と千夏が困っているように見えたから助けているだけだ。ただそれだけだ…だが、お前が困ってないなら、或いは俺と佐助の事がもし迷惑だとお前が言うなら、今すぐにお前の前から消えるが…」

 優は増々戸惑った。この戦国時代の定吉と佐助と優が交流を持つのは禁忌なのは分かっているが、小寿郎と真矢すらいない今、この戦国時代で優と千夏だけでは生き延びられない。だがそれだけでなく困った事に優の中では、戦国時代の定吉と佐助と離れ難い何かが芽生え始めていた。

 (何なんだ?この気持ちは?目の前にいる定吉さんは、俺の臣下じゃなくて、前世の俺、春陽さんの臣下になる人なのに…)

 「優…」

 定吉が、優しくその名を呼んだ。
 優は思わず、その声から江戸時代の生まれ変わりの優しい定吉を思い出し、ハッとして定吉を見た。そして、涙腺が緩みかけたのを堪えた。
 定吉は、子供に言い聞かすように優に対して続けて言った。

 「優……考える事は大事な事だが、その前に、それが今考えるべき事か否かをいつも先に判断しろ。この乱世、今手を伸ばして取らないといけない物は躊躇わずすぐ取れ。一番大切なのは、優……お前と千夏が生き延びる事だ…」

 優は、江戸時代の定吉に言われてるようで、何か返事をしたら涙が零れそうで、ぐっと唇を噛むとしばらく黙り込んだ。
 すると…

 「優……俺が迷惑か?」

 優に、定吉が高速直球を投げ込んできた。
 
 「えっ……いっ!いえ!迷惑とかじゃ、無いです!」

 優は背筋を伸ばし、今はどうしてもそう答えるしか無かった。

 「なら……」

 そう言いながら定吉は、筋肉の塊のような巨体で立ち上がり、次に優のすぐ目の前に来てしゃがみ込んだ。そして、優と視線を合わせると続けて言った。

 「優、俺が帰るまでここで大人しく待ってろ。俺はすぐ戻る。いいな」

 優は再び、やはりあんな事を定吉に聞いた事を後悔した。それを問うた所で定吉が優を助ける本当の理由を言うとは限らないし、結局何にせよ、優と千夏は定吉と佐助の支援を今は受けるしか道は最初から無いのだと思った。

 「はい…」

 しかしそう返事した優は、見詰め合う定吉の瞳の奥に、生まれ変わりの定吉と同じ光がある事を再び感じた。

 





 
 


 
 







 

 


 







 


 

 


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