殉剣の焔

みゃー

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人形

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定吉は、春陽だと思った男の瞳の色が青くても驚かなかった。
 
定吉は、とうの昔に観月屋敷のあらゆる所に軽々無断侵入し、春陽が淫魔に覚醒し、目の色が黒から青になっているのは知っていた。
 
だが定吉は、幼女巫女の横にしゃがみ込む春陽だと思った男が、なんだか…いつもと違い妙な雰囲気だとすぐ感じ取った。
 
そして、幼女巫女も、何日も春陽の屋敷に逗留しているが見た事が無かった。

そして、定吉はすぐにひらめいた。

もしかしたら今定吉の目の前にいる春陽は、本当は春陽では無いのではないか?…と。

もしかしたら、先日崖から一緒に落ちて山小屋に一緒にいたのは、春陽に似ているこっちの方では無かったか?…と。

春陽と思っている男が、実は本当は二人いるなら、定吉の今までの違和感はキレイに解決出来る。

この戦国時代…

普通双子は、生まれてすぐ不吉と片方が始末されるが、隠されて育てられるなどはよく聞く話しだし、理由があり双子の片割れの影武者をしている事もよくある話しだ。

定吉は、そんな事を考えながら相変わらず足音をたてず、ゆっくり、春陽本人では無いと疑っている優を凝視しながら近づく。

優は、定吉を警戒しつつ、ゆっくり立ちあがり、又、日本人形と布を持つ千夏をおんぶした。

「…お前…本当に春陽か?」

定吉は、そのままズバリを優に投げ掛けてきた。

「…」

優は、思わず返す言葉を失い、一瞬息をするのが止まった。

脈拍が一気に上がる。

そして、もう優は悟った。

優の春陽になり切れない不器用さと優の今の瞳の色を含め、多分もう優如きでは、定吉はこれ以上誤魔化せないだろうと。

優は、千夏を背に無言で体を翻し、定吉に背を向けて走り出した。

「おい!待て!」

定吉も、そう言い追いかけかけた。

すると、優の背の千夏が、誤って人形を落としてしまった。

ハッとして優が立ち止まり後ろを振り返ると、定吉も立ち止まって、優の顔をじっと凝視していた。

そして千夏がか細い右腕を延ばして、必死で人形を欲しそうにしていた。

普段表情も変わらない、余り自分の感情も表に出さない千夏がそうするのだ。

よっぽどお気に入りの人形なのだと優は察した。

でも、人形は、定吉の近くにある。

優が定吉を警戒してどうするか逡巡していると…

定吉が、人形をそっと拾い上げた。

(ヤバ!)

優は、心臓が跳ねた。

だが…

「ほら…その子の大事な人形だろ?何もしない。俺は絶対、その子と…お前には何も危険な真似はしないから。約束する…絶対、約束する。さあ…」

定吉はそう言い、人形を優に向けて差し出した。

江戸時代の定吉と違い、戦国時代のいつも荒ぶる武闘派の定吉にしては声が、凄く優しく甘く甘く優には聞こえた。

優は、一瞬まだ迷ったが…

定吉が、あの山で一緒に彷徨い過ごした時より、かなり柔軟な雰囲気にも見えて…

更に定吉の目を見て、その言葉を信用した。

ゆっくり優は定吉近づき、人形を受け取る。

そして…

「はい…」

背中の千夏に笑顔で渡してやった。

定吉は、まだじっと優の顔を見ていた。

「この子は、ちょっと喋れ無くて…俺が御礼を言います。ありがとう…ございます…」

定吉に、自分が春陽でないともうバレてると優はドキドキしていたが、優はそう言い一度頭を下げた。

「あっ…いや…」

定吉は、優から視線を逸らせ、何故かいつもの精神的にどっしりしてる定吉らしく無く落ち着かない様子だった。

そして…

優も定吉もしばらく向かい合ったまま、無言のまま視線を彷徨わせる。

「○十☓ー、○十☓ー」

だがそこに、向こうから誰か人
が、数人談笑をしながらこちらに来る気配がした。

「早く行け!」

定吉は、優に目配せするとそう言った。

「はい…」

優は、もう一度定吉に一礼し…

定吉が、見つかってはならない優と千夏を逃してくれたと理解し走り出す。

定吉はそこにしばらくそのままいて、やがて目の前に来た、談笑中の村人二人を迎えた。

村人二人は、肩にクワを担いでいた。

定吉と村人達は、何度か観月屋敷で会って顔見知りだ。

「あー、これは、定吉様。おはようございます!」

「定吉様、朝の散歩ですか?」

村人それぞれが笑顔で言ってきた。

「おう!そうだ。大分ケガが良くなってきたから体を少し動かさなければなまるからな。お前達はこれから畑仕事か?」

定吉は、いつもにも増して饒舌になり、けれどごく自然に見せかけてしばらく村人達と会話してその場に引き止め…

優と千夏が逃げる時間を稼いだ。

優は、千夏を背に走った。

人に見つからない山に分け入り走った。

しかし…よく考えると…

この戦国時代には、優の令和時代の東京の家や江戸時代の観月屋敷のような、優の帰れる場所が何一つ無い。

(俺と千夏ちゃん…どこへ行けばいいんだ?)

優は、そう全く分からないまま、ただ今は兎に角走った。






























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