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連呼
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「勝吾…勝吾…」
もう随分前に理由あって捨て去った自分の本当の名を優しく呼ばれたから…
定吉は、夢を見終わった後も眠りながら、自分の手を握っているのが死んだ母だと思った。
(でも、違うのか?)
夢うつつ…想いを巡らす。
男でも女でも、定吉は恋愛や性的な意味で良く声を掛けられるが、特に女には身分を問わずよく優しく声をかけられる。
たまに定吉本人が、溜まった性欲の発散の為だけに美しい女や男に声をかける事もあったが…
定吉の誘いは、断られた事は無かった。
そして、男もだか、女の方をより多く散々抱いてきた。
しかし、定吉が気が乗らないとまぐわいの誘いを断わったり…
たまたま男の性で初めから遊びだと断っておいたにも関わらず、いざ身体の関係を結ぶと恋人にしてくれ、女房にしてくれと言う女は…
優しく名を呼ぶのは自分に得のある最初の内だけだし…
金で買う女も優しく名を呼んで来るが…
当たり前だが元々金有りきだし、違う遊女に乗り替えると、最悪は毒を盛られ死にかけた事もあった。
「勝吾…勝吾…勝吾…」
(いや、やはり、捨てた名も今の名も…自分の名をそんなに優しく呼んでくれるのは、おかか様しかいない…)
だが、しかしそれは、春陽が座敷に来て眠る定吉の手を握り、春陽の中にいた優が呼んでいた。
優は、自分の呼びかけは聞こえないと思っていたが、呼ばずにいられなかった。
(きっと、この定吉さんの中に、あの江戸時代のもう一人の定吉さんもいる)
けれど、事実、定吉には優の呼びかけが聞こえていた。
「勝吾と…呼んで下さい…どうか
どうか…」
江戸時代の定吉は、事ある毎に優にそう深く懇願していた。
(こんな事なら、早く呼んで上げるんだった…)
(今度江戸時代の定吉さんと再会したら、絶対に、絶対に勝吾と呼ぼう)
優は、後悔しながら必死で呼んでいた。
(おかか様が傍に居ると言う事は、もう、俺も死んだんだ…)
(でも、これでいい…)
(これで良かった…)
(観月春陽さえ、無事なら…だって…俺は…観月春陽が…)
(それに、目を開ければ、きっとあのおかか様がいる…)
そう思い、定吉はゆっくり瞼を開いた。
だが、その瞳に、あの寺で見たマリア菩薩の顔が映った気がして、定吉は驚き目をしばたかせた。
やがて徐々に、命を取り留め戻った定吉の意識が鮮明になっていく。
マリア菩薩の顔が薄れていき、そこに突然現れた春陽の顔がだんだん被さり、最後に両方は見事に一致した。
「良かった…目が覚めた…良かった…本当に…良かった」
春陽はそう言いながら、右手で定吉の額の汗を手ぬぐいで拭き、左手で定吉の手を握り、優しくその場で泣きそうに微笑んでいた。
そしてその様子を、定吉の横になる布団を囲み、戦国の男らしく胡座で座る朝霧と春頼と真矢が、それぞれ何かを思い複雑な表情でじっと見詰めていた。
もう随分前に理由あって捨て去った自分の本当の名を優しく呼ばれたから…
定吉は、夢を見終わった後も眠りながら、自分の手を握っているのが死んだ母だと思った。
(でも、違うのか?)
夢うつつ…想いを巡らす。
男でも女でも、定吉は恋愛や性的な意味で良く声を掛けられるが、特に女には身分を問わずよく優しく声をかけられる。
たまに定吉本人が、溜まった性欲の発散の為だけに美しい女や男に声をかける事もあったが…
定吉の誘いは、断られた事は無かった。
そして、男もだか、女の方をより多く散々抱いてきた。
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金で買う女も優しく名を呼んで来るが…
当たり前だが元々金有りきだし、違う遊女に乗り替えると、最悪は毒を盛られ死にかけた事もあった。
「勝吾…勝吾…勝吾…」
(いや、やはり、捨てた名も今の名も…自分の名をそんなに優しく呼んでくれるのは、おかか様しかいない…)
だが、しかしそれは、春陽が座敷に来て眠る定吉の手を握り、春陽の中にいた優が呼んでいた。
優は、自分の呼びかけは聞こえないと思っていたが、呼ばずにいられなかった。
(きっと、この定吉さんの中に、あの江戸時代のもう一人の定吉さんもいる)
けれど、事実、定吉には優の呼びかけが聞こえていた。
「勝吾と…呼んで下さい…どうか
どうか…」
江戸時代の定吉は、事ある毎に優にそう深く懇願していた。
(こんな事なら、早く呼んで上げるんだった…)
(今度江戸時代の定吉さんと再会したら、絶対に、絶対に勝吾と呼ぼう)
優は、後悔しながら必死で呼んでいた。
(おかか様が傍に居ると言う事は、もう、俺も死んだんだ…)
(でも、これでいい…)
(これで良かった…)
(観月春陽さえ、無事なら…だって…俺は…観月春陽が…)
(それに、目を開ければ、きっとあのおかか様がいる…)
そう思い、定吉はゆっくり瞼を開いた。
だが、その瞳に、あの寺で見たマリア菩薩の顔が映った気がして、定吉は驚き目をしばたかせた。
やがて徐々に、命を取り留め戻った定吉の意識が鮮明になっていく。
マリア菩薩の顔が薄れていき、そこに突然現れた春陽の顔がだんだん被さり、最後に両方は見事に一致した。
「良かった…目が覚めた…良かった…本当に…良かった」
春陽はそう言いながら、右手で定吉の額の汗を手ぬぐいで拭き、左手で定吉の手を握り、優しくその場で泣きそうに微笑んでいた。
そしてその様子を、定吉の横になる布団を囲み、戦国の男らしく胡座で座る朝霧と春頼と真矢が、それぞれ何かを思い複雑な表情でじっと見詰めていた。
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