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忘失
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「あっ!真矢!」
その背中を、上半身起き上がり布団に入っていた春陽が呼び捨てで呼び止めた。
「はい。春陽様…」
真矢は廊下で正座し、春陽を見
た。
「ありがとう…真矢」
そう言い春陽が余りに優と同じように微笑むのを見て、真矢の表情が一瞬止まった。
優と春陽は、令和の現代っ子と戦国の武士で、身に纏う雰囲気が全く違う。
しかし…
やはり、二人は同一なのだと新めて感じ、笑顔で返す。
「いいえ…春陽様。どうぞこの真矢に、なんなりとお申し付け下さい」
真矢は一礼し、障子を閉めた。
座敷に、春陽と朝霧だけになる。
少し色々な意味で居心地が悪く、
春陽が布団の中で少し体を動かした。
だがその瞬間、春陽に痛みが走り右肩に手をやった。
そしてそれは、春陽の中にいる優も感じとる。
「痛っ!」
「ハル!」
朝霧が慌てて横からサッと春陽に更に近づき、その肩の春陽の手に朝霧の右手を重ねた。
二人の身体が自然と近くなり、顔も近ずく。
朝霧は春陽の唇に目を奪われ、川で救出した時の口付けを秘かに思い出しながらも春陽の身体を気遣う。
「大丈夫か?医師を呼ぼうか?」
「大丈夫だ…節々が痛いけど、大した事無い…」
春陽は朝霧の目を見詰め答えた。
優の方は、真矢の世界の東京での朝霧とのキスやセックスを思い出さざるを得なかった。
早く、忘れなければいけないのに…
春陽、朝霧、二人の視線が重なり
絡まる。
だが、こんな雰囲気に馴れない春陽はすぐ視線をそらせてしまった。
「何処か、体を擦ろうか?…」
気不味さを隠して、そう朝霧が言おうとした。
だが…
「貴継…あの男の寝ている所へ連れて行ってくれ」
その春陽の言葉に朝霧の体は一瞬固まったが…
朝霧の頭の中に、逞しい仁王像をそのまま人間にしたような定吉の姿が浮かぶ。
朝霧の声が、又急に無愛想になった。
「ハル!ダメだ!お前もまだ寝ておけ!」
そして朝霧は、慌てて背後から春陽の背中を抱き締め、次に彼らしく無い、弱々しい縋る様な声を出した。
「頼む、行かないでくれ…ここに俺と一緒に、一緒に居てじっとしててくれ…頼む…ハル…」
「貴継?…」
自分の上半身に回された朝霧の両手を、春陽はそっと右手で優しく握った。
珍しく情緒不安定な幼馴染みを安心させる様に。
「私なら大丈夫。あの男は、私を助けてくれた。頼む…今すぐに、会いたい…あの男に…」
しかし、その強い懇願は、朝霧の不安感をより増長させただけだった。
朝霧は、春陽とあの苛烈な仁王像のような男の間に特別な何かがあるような気がして、息が詰まりそうだった。
だがそれでも結局、この後も続いた懇願に朝霧が折れるしか無かった。
そう…いつも、朝霧の方が折れてしまうのだ…
朝霧は、不満気にしながらも春陽と定吉の眠る座敷へ行こうと、起き上がった春陽の体を右から支えた。
しかし同時に、どうしても今、あの川での朝霧から春陽への恋の告白の返事が聞きたくなった。
「ハル…」
「ん?何だ、貴継」
「ハル…お前…川でお前を助けた時俺がお前に言った事、覚えてるだろ?」
朝霧は、照れるのを隠して春陽を見詰めながら、きっと良い返事が返って来るものと期待した。
(男同士だか…ハルは、きっと、きっと…俺と一緒になってくれる…)
期待したが…
春陽は首を左に僅かに傾けて暫く考えると、眉を顰めて朝霧を見て言った。
「貴継…お前、何か…何か、私に言ったか?」
「………」
あれだけ覚悟してした告白した恋情だったのに…
春陽はあの混乱の中だったので、一部の事を忘れてしまっていた。
だが、それは春陽だけでなく、優も忘失していた。
朝霧は、余りの残酷な事実と失望の大きさに言葉を無くした。
その背中を、上半身起き上がり布団に入っていた春陽が呼び捨てで呼び止めた。
「はい。春陽様…」
真矢は廊下で正座し、春陽を見
た。
「ありがとう…真矢」
そう言い春陽が余りに優と同じように微笑むのを見て、真矢の表情が一瞬止まった。
優と春陽は、令和の現代っ子と戦国の武士で、身に纏う雰囲気が全く違う。
しかし…
やはり、二人は同一なのだと新めて感じ、笑顔で返す。
「いいえ…春陽様。どうぞこの真矢に、なんなりとお申し付け下さい」
真矢は一礼し、障子を閉めた。
座敷に、春陽と朝霧だけになる。
少し色々な意味で居心地が悪く、
春陽が布団の中で少し体を動かした。
だがその瞬間、春陽に痛みが走り右肩に手をやった。
そしてそれは、春陽の中にいる優も感じとる。
「痛っ!」
「ハル!」
朝霧が慌てて横からサッと春陽に更に近づき、その肩の春陽の手に朝霧の右手を重ねた。
二人の身体が自然と近くなり、顔も近ずく。
朝霧は春陽の唇に目を奪われ、川で救出した時の口付けを秘かに思い出しながらも春陽の身体を気遣う。
「大丈夫か?医師を呼ぼうか?」
「大丈夫だ…節々が痛いけど、大した事無い…」
春陽は朝霧の目を見詰め答えた。
優の方は、真矢の世界の東京での朝霧とのキスやセックスを思い出さざるを得なかった。
早く、忘れなければいけないのに…
春陽、朝霧、二人の視線が重なり
絡まる。
だが、こんな雰囲気に馴れない春陽はすぐ視線をそらせてしまった。
「何処か、体を擦ろうか?…」
気不味さを隠して、そう朝霧が言おうとした。
だが…
「貴継…あの男の寝ている所へ連れて行ってくれ」
その春陽の言葉に朝霧の体は一瞬固まったが…
朝霧の頭の中に、逞しい仁王像をそのまま人間にしたような定吉の姿が浮かぶ。
朝霧の声が、又急に無愛想になった。
「ハル!ダメだ!お前もまだ寝ておけ!」
そして朝霧は、慌てて背後から春陽の背中を抱き締め、次に彼らしく無い、弱々しい縋る様な声を出した。
「頼む、行かないでくれ…ここに俺と一緒に、一緒に居てじっとしててくれ…頼む…ハル…」
「貴継?…」
自分の上半身に回された朝霧の両手を、春陽はそっと右手で優しく握った。
珍しく情緒不安定な幼馴染みを安心させる様に。
「私なら大丈夫。あの男は、私を助けてくれた。頼む…今すぐに、会いたい…あの男に…」
しかし、その強い懇願は、朝霧の不安感をより増長させただけだった。
朝霧は、春陽とあの苛烈な仁王像のような男の間に特別な何かがあるような気がして、息が詰まりそうだった。
だがそれでも結局、この後も続いた懇願に朝霧が折れるしか無かった。
そう…いつも、朝霧の方が折れてしまうのだ…
朝霧は、不満気にしながらも春陽と定吉の眠る座敷へ行こうと、起き上がった春陽の体を右から支えた。
しかし同時に、どうしても今、あの川での朝霧から春陽への恋の告白の返事が聞きたくなった。
「ハル…」
「ん?何だ、貴継」
「ハル…お前…川でお前を助けた時俺がお前に言った事、覚えてるだろ?」
朝霧は、照れるのを隠して春陽を見詰めながら、きっと良い返事が返って来るものと期待した。
(男同士だか…ハルは、きっと、きっと…俺と一緒になってくれる…)
期待したが…
春陽は首を左に僅かに傾けて暫く考えると、眉を顰めて朝霧を見て言った。
「貴継…お前、何か…何か、私に言ったか?」
「………」
あれだけ覚悟してした告白した恋情だったのに…
春陽はあの混乱の中だったので、一部の事を忘れてしまっていた。
だが、それは春陽だけでなく、優も忘失していた。
朝霧は、余りの残酷な事実と失望の大きさに言葉を無くした。
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