143 / 176
白湯
しおりを挟む振り返ったまま定吉の顔を見ながら木刀を下ろした優は、今度はそれを畳に落とした。そしてすぐ様走り、千夏の横たわる布団の側に来て跪いた。
千夏はやはり、体全体から汗を大量にかき荒い息を繰り返していた。
優は、早速春頼から貰った漢方薬を千夏に飲ませようと、湯を沸かしに釜戸に向かおうとした。
すると…
「どうぞ、白湯です。子供が薬を飲めるようにちゃんとぬるくしてますからご安心を…」
そう言って、盆の上の湯呑みを差し出してきたのは佐助だった。
優は、不審そうな顔をして佐助を見た。
優が漢方薬を貰ったのを知ってるのは、優と春頼しか絶対にいないはずなのだから。
確かにこの戦国時代で湯を沸かすのは火をおこす所から始めるから時間がかかるので、湯が用意されていたのはありがたいが…状況がおかしくて、優は次に、優のすぐ横で片膝を付いて千夏を見ていた定吉の顔を怪訝そうに見た。
だが定吉は優を見て、ぶっきらぼうに言った。
「早くチビに飲ませてやれ。俺がチビの上半身をおこして抱き抱えるから、お前が薬を飲ませてやれ」
どう考えても定吉達が薬の事を知ってるのはおかしかったが、千夏の苦しみ様が酷くて、優は疑問を今はぐっと飲み込み定吉の顔を見て言った。
「この子は、千夏ちゃんは、この子の姉さんか俺以外に体に触れられるのがダメなんです。俺が千夏ちゃんの体を支えますから、あなたが薬を飲ませて上げてくれませんか?」
「分かった」
定吉は、優の目をじっと見て即答した。
優は、袋から一つまみした漢方薬を湯呑みの中に入れると、千夏の頭側に回り、千夏の上半身を起こそうとした。
そこに定吉が一旦優の背後に回り、優の体を支えた。そして、優が千夏の上半身を起こしその背中を優の胸で支えると、定吉が千夏の前に移動してゴツゴツした大きな両手で小さな湯呑みを握り、千夏の近くに持ってきて待機した。
佐助は、何かあれば援助に回れるよう立ったまま待機している。
「千夏ちゃん!千夏ちゃん!千夏ちゃん!」
未だ瞼を閉じて荒い息を繰り返す小さな体に、優は必死で呼びかけた。
だが、やがて千夏は目を開けたが、定吉を見て暴れ出した。
優は、千夏が生まれ変わりの定吉の方を知っているはずなのにと驚いたが、目の前にいる前世の定吉の顔相が、生まれ変わりより凶暴な事にやはり恐怖しているのだとすぐ察した。
優は、千夏を後ろから抱きしめてやり、母親が子供をなだめるように必死で言った。
「千夏ちゃん、大丈夫。大丈夫だよ。怖がらなくても、定吉さんは同じ、同じだよ」
ここで優が、定吉の名前を又定吉の前で出すのは都合が悪い。しかし、もう仕方無かった。
そして定吉の方は、以前からだが、やはり優が定吉の名前を知っていたのが謎だった。
そして、一体何が……一体何が定吉と同じなのか?が意味不明だった。
「千夏ちゃん、大丈夫。大丈夫だよ。怖がらなくても、定吉さんは同じ、同じだよ」
定吉の心中を知らない優は、同じ言葉を根気よく続けた。
すると、千夏は大人しくなった。
優は、すかさず定吉に目で合図すると、定吉は、千夏の口元に湯呑みを持っていった。
優と定吉が知り合ったのは最近なのに、その妙に息が合っている優と定吉の様子を見て、今度は佐助が不思議そうな表情をした。
だが千夏が、今度は漢方の匂いを嗅ぎその酷さから、声はやはり出ないが手足をバタつかせむずがった。だが仕方がないのだ。本当にほんの少量でも、優ですらえずきそうなニオイなのだ。
「千夏ちゃん、飲んで!頼む!飲まないと死んじゃう!一緒に千夏ちゃんが大好きな姉さんの所に帰ろう!絶対に一緒に帰ろう!だから、だから飲んでくれ!頼む!」
優は、千夏が苦しむ姿に追い詰められながら千夏を更に背後から強く抱き締めると、泣きながら訴えた。
その姿を見て定吉は、又母を思い出さざるをえなかった。
幼い定吉が母と這蛇(はいだ)の里を逃亡しようと住んでいる屋敷で話し合った時、母は定吉を抱き締めて泣きながら言ったのだ。
「一緒に幸せになれる所に行きましょう。絶対に一緒に行きましょう」
幼い定吉は分かっていた。
母が里を出ようと決心した一番の理由が定吉の行く末だった事。
そして、自分の身の事一つすら頼り無く危うい母が、それをかえりみず懸命に定吉をかばっていた事を…
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる