殉剣の焔

みゃー

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光る刃

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小さな粗末な小屋に激しく打ち付ける雨は、一行に止む気配を見せない。

(朝霧さん…西宮さん…小寿郎…真矢さん…)

優は、心の中で何度も呼んだ。

そして、優と入れ替わってしまった春陽も、きっとこの同じ体の中で自分と同じように心を痛めている気がしていた。

「ハル!ハル!!!」

朝霧の引き裂くような声が、まだずっと耳に残っていて、何度も何度も…優に繰り返し聞こえてくる。

よく考えれば…

優は今まで、生まれ代わりか前世
のどちらかの朝霧が必ず傍にいて離れた事など無かった。

(朝霧さん…朝霧さん…朝霧さん…
朝霧さん…)

優は、膝を抱えたまま震えそうになるのを堪えた。

勿論、囲炉裏の火が暖かいから、理由は体の寒さからでは無かった。

それに…

(俺が、春陽さんと入れ替わってる事で、歴史が変わってる)

(これはヤバい…本当にヤバい事になってしまった…)

(俺がさっき、川にダイブしたみたいに何かしくじって、この春陽さんの体に何かあれば、それこそ、藍の望んだ通りになってしまう!)

(くっそー!くっそー!藍の奴!
藍の奴!)

優は、膝を抱えたまま、藍の凍るような絶世の美貌を思い出しながら丸まり、焦る気持ちを押し殺した。

定吉は、火が小さくならないよう番をしながら、ただ黙って時折枝木をくべる。

優は、定吉の出方を息を潜め探りながら、ただ紅い炎の方をじっと眺める。

そうしながら、さっきの覆面をした忍者のような着衣の定吉を思い出し、ふと思った。

(前世の定吉さんって…一体何者だろう?…)

(まさか、まさか…本当に忍者だったりして…まっ、まさかな…俺、漫画の見過ぎだよな…中二病か?…)

そして、定吉におんぶされてい
た、つい先程の時の事も回想した。

さっき優を背にする定吉から、アルコールの臭いがしていた。

優には不思議だった。

江戸時代の生まれ変わりの定吉は
あの豪胆な見かけで、酒が大嫌いで一滴も飲まないと言っていたから。

変われば変わるモノだが、以前居酒屋で見て、前世の定吉が相当酒好きで癖が悪そうなのが気になった。

この後、言い伝えが本当で何かの切っ掛けで共に行動する事になるなら、きっと春陽は心配するだろうと思った。

しかし、春陽の心配する言葉位
で、目の前の定吉が酒を控えたり辞めたりするなんてとても思えなかった。

これから春陽と上手くやっていくのだろうか?という心配も浮かんでくる。

そんな、色々な事を考えている
と…

突然、優は、鼻に妙な香りが入ってきて驚く。

あの、古道具屋で匂ったモノとは又違う甘い香り…

しかし、定吉の方は、そんな素振りを見せていない。

どうもそれは、囲炉裏の火、つまり、燃やしている枝や葉から出ているようだ。

甘くて、甘くて…

やがて優に急激に眠気が襲って来た。

こんな所で寝ちゃダメだ!

絶対、ダメだ…

そう自分に言い聞かせながらも、優は、急にパッタリと横に倒れ
た。

「おい?おい?どうした?!!」

慌てて定吉が立ち上がり優の側に行き、膝立ちし見下ろす。

「おいっ!どうした?どうしたんだ?!」

両目を閉じ返答無い優に、定吉
は、心は優の春陽の体を上半身抱き起こし、語気に焦りが入った。

「おいっ!」

定吉は、優を起こそうと、その左頬に手を置き揺さぶる。

「なに…か、甘い、匂い…する…眠たい…すっ…ごく、眠たい…」

「甘い、匂い?俺にはそんなモノしねえぞ!」

定吉は、自身の鼻をくんくんとしたが、本当に甘い臭いなど感じない。

「あそこ…燃やしてる所…あそこから、甘い匂い…する…」

優は、自分が閉じ込められている春陽の体の残る力で、僅かに瞼を開け、震える指で真っ直ぐ囲炉裏を指さした。

だが、又すぐ瞳は閉じ、優の意識は眠りの底に沈んでしまった。

「甘い匂いって…言ったって!」

本当に分からなくて、困惑しながら定吉が春陽の体を抱きながら首だけ後ろを暫く振り返った。

だが、その僅かな間に、春陽の体の方に変化があた。

やがて、怪訝そうに前を向いた定吉の目に、その変貌が映る。

春陽の体の頭には、いつの間にか人の中指程の二本角と、口には二本の牙がハッキリ生えていた。

定吉は、一瞬ハッとして目を見開いた。

だが、ただそれだけで、春陽の体の肩から上を、それ以上は驚きもせずじっと見た。

「やっぱり…お前、思った通り淫魔だったんだな…」

定吉はそう小さく呟くと、再び眠りに落ちた春陽の体の左頬に、無骨な手をそっと置く。

定吉は、淫魔を見たのは今日が初めてでは無い。

定吉自身は、淫魔では無い。

しかし、人間だが、身体能力が特別な異能集団の出身。

その集団の特徴上、幼い頃から、暗闇の中活動する事が多かった。

だから、漆黒の中に灯りも持た
ず、角と牙を隠さず蠢く美しい淫魔数人をほんの一度だけ、子供の頃その姿を見た事があった。

それにしても、何かは分からないが木枝や葉の中に、燃やせば人間には害が無くても、淫魔には催眠作用や覚醒作用などがあるモノが混ざっていたのだろうと定吉は推察した。

そして、これはきっと今後色々使えるネタで金にもなり、調べてみる価値があると思った。

しかし、定吉は、優しく優しく春陽の頬を撫でながら、定吉の唇を春陽の唇に近づけた。

そして、触れるか触れ無いかの距離まで来て、定吉は、尚撫でながら吐息混じりに、優しく愛の言葉を告げるように毒を吐いた。

「角と牙のあるお前のこの首を持って帰って売れば…俺は又暫くは面白おかしく遊んで暮らせる…その為に、ずっとお前を付けて来た…」

定吉に、まるで至宝のように頬を撫でられながら、美しい、あどけない寝顔を春陽は浮かべ…

優も、その春陽の中ですやすやと眠っている。

「好きなだけ酒を飲んで、うまい物を好きなだけ食って、どんないい女も何人でも…好きなだけ抱けるんだ…」

定吉は、二人の唇の距離が近いまま撫でていた片手で、袴の腰に携帯していた小太刀を鞘から抜い
た。

「悪いが、この俺の為に死んでもらうぜ…俺は、常に金の山に埋もれながら酒を浴びるように飲んで、肉を食らって、女のアソコにアレを突っ込んでねぇとどうにもならなくなって、すぐ…頭が…おかしくなりそうになるんだよ…」

定吉の独白は、やがて悲痛な色を帯びる。

「俺は…何の為に生きてるのか…分からなくなっちまって…狂っちまいそうになるんだよ…」

定吉は、良く手入れされた光る刃を、春陽の細い首筋に当てた。
















    
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