殉剣の焔

みゃー

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別れの朝

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(朝霧さん!)

優は、一目旅立つ朝霧を見たいと、日本人形と布を持った巫女姿の千夏の小さな体を大切におんぶして、急ぎ山道を下りた。

久々に戻ったと言え、流石に自分の体。

体を動かすのに違和感は無かった。

そして、長時間春陽の体にいただけあって、この辺りの地理に詳しくなっていたので…

少し離れた竹林から、千夏を背から下ろし、二人で息を潜めて朝霧を見詰めた。

別れの朝は、本当に早かった。

冴える朝の空気は、濃い新緑の匂いがし…

まだ微かに暗い中…

それでも観月家の屋敷門前に…

朝霧の人柄を現すように、春頼を初め観月家の人間、大勢の観月家に仕える奉公人や武者、荒清村の村人達が朝霧を惜しんで見送りに集まった。

そしてその中に、真矢もいて…

猫に化けた小寿郎も、屋敷門の切妻屋根にいた。

だが、ケガが快方に向かっている定吉は、かなり遠くからその様子を伺い…

やはり春陽は座敷に閉じこもり、その姿は無かった。

「兄上が、これを…貴さんにと…」

春頼が、人々との別れを済ませた朝霧に、大きい包と小さい包を渡した。

中を開けると、大きな方には…餞別の小袖があった。

そして小さい方には、昨晩の約束通り、春陽の切られた美しい黒髪が一房入っていた。

朝霧は、髪を見て一度両目を閉じたが、再び春頼を見て呟いた。

「ありがとう…と、一生、いや、例え死んでも、大切にして決して離さないと…ハルに礼を言ってくれ…」

「はい…必ず…」

春頼はそう言うと、朝霧を真っ直ぐ見て続けて言った。

「あの…貴さん…すいませんでした
…生意気な事を言ったり態度を取ったり…」

朝霧は少しだけ驚いたが、すぐ首を横に振った。

「お前は、ハルの為にした事だったんだ…俺も悪かった…つい、あの時は…カッとなった…」

そして、二人の間に暫く、重い沈黙が流れる。

「春頼…ハルの事を…頼む…必ず…」

ようやく出た朝霧の次の言葉は、
絞り出したかのようだった。

「はい…この身に代えても…必ず…


その春頼の答えを聞き、朝霧は複雑そうに微笑んだ。

春頼なら、本当に春陽の為に己の命を投げ出すだろうと…

子供の頃からの春頼の、実兄の春陽への思慕が普通では無い事を思い知っていたから。

しかし、突然朝霧は、左側、少し向こうの竹林を見た。

何かが、こちらを見ている気配を感じたからた。

そしてそれは、正しく優の気配だった。

朝霧は、目を凝らし竹林を見たが、優はそれに気づき、千夏と更に体を縮こまらせて竹影に隠れた。

優は、朝霧と本当に会いたいのに…

ここで前世の朝霧に、春陽の生まれ変わりの自分が見つかれば、歴史が変わる。

そして、今も優の目頭が熱くて…

油断したら千夏の前なのに、泣きそうになるのを必死で堪える。

「貴継様…いかがなさいました?」

今朝も馬に乗りやすいよう、小袖に袴で男装した美月姫が、もう祝言を上げた朝霧の妻のような雰囲気で、朝霧に密接に体を寄せ、朝霧に尋ねた。

「いや…別に……」

朝霧は、美月姫の顔すら見ず淡々と答えると…

(確かに、竹林に誰かいたと思ったが気の所為だったか?)…と正面を向き直した。

優は淫魔に覚醒しつつあり、すでに視力が人並み外れて良かった。

朝霧と美月姫の間に流れる空気が分からない優にしてみれば、朝霧と美月姫が体を寄せ並んでいるだけでもお似合いに見えた。

そして、やはり朝霧にとっては、優の前世の春陽と一緒にいるより、美月姫と結婚する方が良いようにも思えて胸がズキっと痛んで気持ちがグラグラ揺れる。

「貴継様…名残り惜しゅうございますが、どうしても今夜の宿場に着かねばならない時間もございますので、そろそろ…」

美月姫が朝霧の左腕に、美月姫の右手を優しく添えた。

すると…

(俺は、ハルに振られたんだ…あんなにハッキリ拒絶されたんだ。いい加減、ハルの事は諦めないと…)

朝霧は、もう一度、春陽の座敷の方を切なく見詰めた。

美月姫は、朝霧が一体誰がいる方向を見ているのか分かっていたので…

朝霧に分からないよう、心の中で盛大に溜め息をついた。

それでもやがて仕方無く朝霧は、頼宗や春姫、長く共に暮らした人
々に一礼し馬に向かった。

だが…その間も…

朝霧は、数日後妻になる美月姫を全く見ようともせず…

ただただ、屋敷にいる春陽だけを気にしていた。










































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