殉剣の焔

みゃー

文字の大きさ
上 下
58 / 173

煉獄の獣狼

しおりを挟む

春陽を見て大きい角の淫魔がほくそ笑み、肩に担いでいた雪菜を地面に放り投げた。


「雪菜ー!!!」


春陽は叫び、刀を抜き助けに走
る。


途端に黒獣の群れが春陽めがけて怒涛の如く向かって来た。


「くそっ!」


小寿郎も叫び、たった一匹でそれらが春陽に近づかないように噛み付き、鋭い爪で切り裂いてゆく。


しかし、どれだけ切っても裂いても、黒獣は再び夜の闇から湧いて出る。


そして、遂には春陽を狙い、更に今までより遥かに巨大な一匹の黒獣が唸り涎を垂らして現れる。


その姿は、正に煉獄の獣狼そのものだ。


小寿郎は、春陽に飛びかかるその巨獣を遥かに小さい体で止めて反撃する。


その内、小寿郎は、「豆丸!」と叫んだ。


すると、高い空中に、春陽の部屋を周回していた小さなかわいい物の怪が現れた。


そして、発光を止めた小寿郎の代わりにその体に比例しない強力な光を放ち視界を照らし始めた。


しかし、その豆丸は、一生懸命役目を果たしながら、自分の下で起こっている衝突を見てカタカタと体を振るわせ、アワアワアワとなりながら焦っている。


一方、確かに、定吉も春陽の首を狙っていた。


そして目の前には、やはり首を持っていけば、或いは生け捕りすれば金の山に化けるだろう、別の淫魔も二匹いる。


しかし、これだけのややこしい状況。


素早い損得勘定で、いつもの定吉ならさっさと一度撤退するはずなのに、定吉は、尚も春陽の近くに行こうとする。


「おっと。邪魔すんな」


そう笑い、小さい角の淫魔が定吉の前に立ち塞がった。


「てめぇが邪魔だ!どけ
ぇ!!!」


娘の元に急ごうとする春陽の事だけが心から離れないままで、定吉は、小角の淫魔に腹の底から野獣の如く吠えた。


即、激しい音を立て、定吉と小角の淫魔の刀がぶつかり再び交差した。


落とされた雪菜が未だ手足を縛られ頭に袋を被せられたまま草むらで藻掻くと、黒獣達が彼女にも襲い掛かかろうとする。


「雪菜ぁ!!!」


このままでは間に合わない!


寸前で春陽は叫び、守る為に滑り込んで雪菜の体に覆い被さった。


しかし…


「ギャン!キャン!」


ひしっと雪菜を庇う春陽の耳に、黒獣の弱々しい声が入った。


春陽が何があったか顔を上げる
と、目の前に、さっと助けに入った春頼が黒獣達を刀で斬りまくっている。


そして春頼は、次に飛び掛かって来た長角の淫魔の剣を、自らの身と刃を挺して受けて弾く。


「兄に、触れるのは許さ
ん!!!」


「春頼!」


春陽が弟の名を呼ぶと、春頼は叫んだ。


「兄上、雪菜を連れて!早く!」


春頼は、人ならぬ者の猛攻を一歩も引かず烈火の如く迎え討ち始める。


春陽は頷き雪菜を横抱きし走り出し、暫くすると木の根本で一度下ろす。


そして、雪菜の頭の袋と手足の縛めを解いた。


「春陽様!!!」


雪菜が震える体で叫び、春陽に抱きついた。


「必ず来て下さると思ってました
!春陽様!」


「雪菜、ケガは?痛い所は?」


春陽は雪菜の体を離すと、その顔を両手で持ち上げ覗き込み早口で聞いた。


雪菜は、春陽の顔を見て安堵したのか微笑むと、首を横に振った。


「行こう!」


春陽の腕が、ふわっと雪菜を抱き上げた。


朝霧や春頼よりは体が小さいが、
春陽も男。


元々一応力はそれなりにあった。


しかしここ数日の体質の変化で、
更にそれが増した体感がする。


だが、今はそれを気にしている場合では無い。


春陽は一度、大角の淫魔と刃を戦わせる春頼を振り返った。


そして、春頼と共に応援に来て、その春頼を黒獣から護り刀を振るう守衛武者の方も見た。



だが、春陽の中にいる優は、その守衛武者の顔を見て驚愕する。


(し…真矢さん?…)


その時優は、小寿郎が夢の中で言っていた、たぬきが真矢だと確信した。


(でも、何故?どうして真矢さんが?!)


だが、真矢を知らない春陽は、弟と守衛武者を気にしながらも雪菜を腕に走り出した。


しかしそこに、又黒獣が二匹飛び掛かって来る。


春陽は、雪菜を腕に守りながら応戦し、二振りで斬り倒す。


しかしすぐさま、又違う黒獣が春陽達めがけて飛びかかる。


だがそこに、また突然何者かが入って来て、その黒獣が刃で斬られた。


ア然としている春陽と雪菜の前
に、その黒獣を剣で斬り裂いた朝霧がいた。


(朝霧さん…)


優が呟き…春陽も同様に、戸惑いながら名を呼んだ。


「貴継…」


一瞬、春陽と振り返った朝霧は視線が固く合う。


汗と獣の返り血に塗れた朝霧は、いつもの冷静さが嘘のように鬼気迫る様子で肩で息をしている。


静止を振り切った春陽に対する怒りなのか?それとも、違うなら…どう言う感情なのか?


その春陽を見詰める朝霧の視線
が、春陽がゾクリとする程強く鋭い。


分からなくて戸惑うが、春陽は、今はそれを深掘りしている場合でも無かった。


「行け!ハル!」


朝霧が、襲いかかろうとする黒獣に向き直り叫んだ。


春陽は、雪菜の為に屋敷に戻ろうとした。


そこへ、薄ら笑いを浮かべ小角の淫魔が突然、定吉の前から高く高く飛び上がり、今度は離れていた春陽の前に降り立ち春陽に斬りつけてきた。


定吉はらしくもなく焦ると、忍ばせていた小刀を三本、小角の淫魔めがけ疾風の如く投げた。


それらは、並み外れた技で完璧な軌道を描いた。


しかし、人間相手なら完全に全てが体に深く刺さっていたが、相手は魔物。


素早過ぎる動きでギリギリで避けられた。


しかも、今度は、定吉も黒獣達に囲まれてしまう。


その時、春陽は咄嗟に刃をかわしながら、聴力の変化で普通なら聞こえない、もう近くに沢山の援護の武者達が来ている音を聞いていた。


彼らは、春陽や雪菜の名を叫んで探している。


「雪菜を頼む!もうそこに、援護が来ている!」


春陽が、近くに来ていた真矢に雪菜を渡し抱きかかえさせ、次に自分で小角の淫魔の刃を受けた。


「行け!早く!」


春陽が叫ぶと真矢は、この状況下で微笑んで答えた。


「必ず!お任せを!」


その声を、何処かで聞いた気がした春陽だったが、気に出来たのは一瞬だった。


それを見て朝霧は、春陽を護ろうと小角の淫魔に斬りつけようとしたが、今度は春頼の所から、長角の淫魔が飛び上がり朝霧の目の前に現れ斬り合いになる。


そして今度は、春頼も黒獣に囲まれ次々襲われ刃で応戦しなければいけなくなった。


(強い…)


今度は、小角の淫魔と斬り合う春陽は思った。


相手は余りに身軽で刃先すらかすらず、春陽の額から汗が止めどなく流れる。


しかし、小角の淫魔も思った以上に春陽が応戦してきて、一進一退で焦り始めた。


朝霧もなんとか春陽を助けに行こうとするが、長角の淫魔に執拗に邪魔され対峙せざるを得ず、足止めを余儀なくされる。


そして、春頼も定吉も、無限の如く湧いて出てくる黒獣に囲まれ襲われ、それらを払いながらなんとか春陽の元へ行ことした。


小寿郎も優と春陽を案じながら、煉獄の獣狼と激しく衝突する。


その内春陽は、小角の淫魔を斜面のギリギリまで追い込むが、突然小角の淫魔が口から大量の紅い霧を出し浴びせられ、キツイ臭いで立ちくらみを起こして、ふらふらとして反対に落ちる。


それを見て、春頼、小寿郎、定吉が声を失い絶句した。


「ハル!!!」


朝霧は大絶叫し、斬りつけた大角の淫魔に刃をかわされると、その隙をつき大角の淫魔を横から思いっきり蹴った。


そして、春陽を助けに猛走する。


鈍い音を立て、大角の淫魔が大木の幹に体を飛ばされぶつけぐったりした。


朝霧は急いだか、ズシャと地面の音がして、朝霧より先に定吉が地に腹を着けて春陽の腕を掴んで寸前で落下を免れた。


春陽は斜面を登ろうと足を踏ん張るが、土壌が脆くすぐ崩れ足を取られ滑る上、紅い霧の所為だろ
う、体の力自体が上手く出せない。


朝霧は、今度は定吉の背中に刀を突き刺そうしている、春陽に霧を撒いた小角の魔物に一太刀食らわした。


鋭い刃は、魔物の左腕に深く、深く入ったはずだった。


「な?!」


しかし、刀は魔物の皮膚で止ま
り、肉になかなか通らない。


いや、むしろこの状況で、皮膚が刃を押し返してさえきて、明らかに人間のものとは違っている。


驚く朝霧の前で、春陽が定吉に向かい精一杯叫んだ。


まさか覆面で顔の殆どが分からないこの男が、あの橋で会った男だと思わないまま…


「はな…せ!お前も、落ちる!」


そして、優も…


「ダメだ!離してくれ!」


ただ、決してその優の声は全く誰にも届かないが…


「くっ…ぐっ…ぐぐっ!」


呻きながら、どう言う訳か定吉は必死で春陽を引き上げようとするが、更に土砂が崩れ、徐々に定吉自身も深淵に引きずられて行く。


「ハルぅ……」


朝霧も、尚魔物を引き止め痛手を加えようとしながら呻く。


「離してくれ!!!」


尚そう叫んだ優は、春陽の双眼を通して覆面から唯一出ていた定吉の瞳を深く見た。


そして、今やっと分かる…


今、自分の前世、春陽の腕を…


そして、春陽の中の自分の命を懸命に握っているのが誰なのかを…


「定吉さん!!!」


優が叫んだ次の瞬間、春陽と定吉は、共に暗い崖底めがけ滑り落ちて行った。


「ハル!ハル!!!」


朝霧は、絶望に狂ったような声を上げ、力の限り刀を小角の淫魔の腕に押し込んだ。


「ぐぁー!!!」


小角の淫魔が絶叫し、その腕から血が撒き散らされた。



































 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ペット彼氏のエチエチ調教劇場🖤

天災
BL
 とにかくエロいです。

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる

海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

処理中です...