殉剣の焔

みゃー

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獣背の罪のイーリーアース(預言者)

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風を切り春陽は、山の原初神のような獣の背に乗り夜闇を走る。


すると、松明を手に、守衛武者の一人と雪菜を探す春頼が見えた。


春頼は無論、雪菜の事も心配だったが、やはり春頼の頭の中のほとんどを占めているのは、兄、春陽の事だ。


(兄上!兄上!待っていて下さい
!)


そう、何度も何度も、何度も…心の中で呟いて、飲み込まれそうな闇の中をひたすら進んでいた。


「春頼は、どうする?」


小寿郎が聞いてきたので春陽は、
この獣が、何故、どこまで春陽自身の身の回りの事を知っているのか又気になりつつ答えた。


「そのまま行ってくれ!」


「そう言うと思ったぞ!」


謎の獣が前を向いたまま、又呆れたように笑った。


(春頼!お前の事も巻き込みたく無い!)


そう思った春陽は、小寿郎に跨がったまま春頼を追い越し、背後にし先を急いだ。


だが…


(気の所為か?今、兄上がいたような…まさか…まさか…兄上?!)


春頼は、黒く連なる木々の間にうっすらだが気配を感じた。


春頼自身、とうに自覚はしていたが、幼少時から春陽の事には敏感だった。


そして時には、それは仕方無い事なのだと一人自嘲する事もあった。


春頼の一日は、朝起きてすぐ兄、春陽を想い出し…


昼は、兄の為に懸命に働き…


夜は、目を閉じる前、兄を又想い出す程なのだから…


春頼は、嫌な予感にその美貌を歪めると、武者と慌ててその後を追った。


その頃、朝霧は汗に塗れ、春陽を探し、喉が潰れそうな位必死でその名を叫んでいた。


日頃から武士の心得として朝霧も常に冷静沈着を旨としていたが、そんな事はとうにどこかに飛んでいた。


そしてその心は、直に手で握り潰されているかの如く苦しみに喘
ぐ。


(ハル!ハル!何処だ!何処だ!頭がおかしくなりそうだ!)


そこにふと、一陣の強い風が吹いて来たので立ち止まった。


「ハル?ハル!!!」


どうしてか?


その風が吹いた方向に春陽がいる気がして朝霧は、又叫んで方向を転換して走り出した。


同じ頃、忍びの装束の定吉は、殺気を淫魔達に向けたまま、地に静かに洋燈を置いた。


すると、大きい角の淫魔がせせら笑って定吉に言った。


「小僧?こいつは小僧じゃないぜ
、残念だが…」


途端に、短い角の淫魔が素早く定吉に斬りつけた。


「うっせぇ!観月春陽は俺のもんだ!」


定吉は叫びそれを払い、続けざま短角の淫魔と刃を激しく交える。


それを見ながら、長角の淫魔が雪菜を担いだまま走り去ろうとした



定吉は、己の腰にぶら下げていた鎖を取り、端を持ったまま重りの付いた先だけ飛ばし、長角の淫魔の後ろ向きの腰に巻き付かせ捕らえた。


片手で刃を受け、片手で鎖を持ち定吉が踏ん張る。


さっと、短角の淫魔が定吉から刃を引き、長角の淫魔の元へ助けに
走った。


だが、行き着く事無くその途中、回りの木々の間から突然風が吹き
葉や土砂が舞い上がった。


その場で定吉と淫魔達がそれが吹いて来る方向を見ると、少し急な斜面、木の間から突然昼間のように光が差し、そこに何か巨大なモノとその背中にヒトが居た。


それは、春陽と視界確保に自ら光を放つ小寿郎だった。


春陽と、春陽の体にいる優は、目の前の状況に一瞬たじろぐ。


人間離れして視力も上がったその目に、大小の角をはやし、口元に牙がある男達が映ったから。


だが特に、本当に人ならぬモノが実在する事実と、そして、自分の本当の事情を知らない春陽の動揺は凄まじかった。


その角と牙は、一昨日川の水面で
、そして店の鏡で見た自分の姿にあったモノと酷似している。


サーッと、春陽の血の気が引いて背中が冷たくなっていく。


そして、湧き出てくる不安の中、真っ先に出てきたのは、あの幼馴染みだった。


そして、心の中でその名を呼ぶと
、まるで草紙の中の、異国の己の罪を予期するイーリーアース(預言者)かのように呟き、太腿の横で両手を握った。


(貴継…貴継…もしかしたら…私も…
奴等と同じ…魔物なのかも…)


春陽は、自分の亡くなったとされている本当の父が何者か、一切聞かされていなかった。


けれどそれでもすぐ、状況判断を迫られる。


だが、忍びのような者が、雪菜を助けようとしているのか、ただ単に仲間割れしているのかが分からない。


勿論それが、定吉だとも、優も春陽も思っていない。


しかし…


「その娘を離せ!お前等が用がある観月春陽はここにいるぞ!」


春陽は、目の前の怪しい三人に堂
々と叫んだ。


「はあ…」


小寿郎はそれを見て、再び仕方がない奴だな…とでも言いた気な呆れたような息を吐いた。


しかし、てっきり春陽は捕まって大角の淫魔に担がれていると思い込んでいた定吉もそうだ。


目の前に春陽本人が現れて驚愕し
、そしてわざわざ捕まりに出て来たので呆れたら、何故か急にイラッときて内心呟いた。


(自分が狙われてると分かってて
、何のこのこ出てきやがった!大人しく安全な屋敷にいろ!あのバカ!)


そして、定吉はハっとした。


定吉本人も春陽の味方では決して無く、春陽の首を狙っていたはずなのに…


もし春陽に角と牙が生えたなら首を斬り、その首だけ守護大名か公家公卿に高値で売りつけてやるつもりだったのに…


さっき自分が思った事が、自分のしようとしている事と乖離していると…


そして、何故そう思ったかが分からない…


一方その春陽を見て、短角の淫魔がニヤリとして言った。


「よくぞ来た!観月春陽!」


そして、春陽の元に飛びかかろうとした時、さっと春陽の前に、まだ自ら光を放つ小寿郎が立ち塞がった。


ウーウー、鋭い牙を見せながら唸るが、いつの間にか、少し大きな犬程度の大きさになってしまっていた。


やはり、どうしても、どうしても春陽の中にいる優に会う為に夢に侵入し妖力を使い過ぎてしまっていたから。


小角の淫魔が、右手の親指と人差し指で輪を作り唇に持っていき、ピーピーっと鳴らした。


すると、闇の中から、黒い凶暴そうな何十匹もの狼が出て来た。











 


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