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悲笛
しおりを挟む本番で無い予行演習にせよ本殿に十人程関係者が皆集まった。
男巫女春陽は、父から祓いを受けてその頭上に見事な純金の冠を戴いた。
その間、人々の視線は春陽のみに注がれていた。
だが、春陽も春陽の中に閉じ込められたままの優も、その中で一際強い、朝霧からの痺れる様な視線をずっと感じて鼓動を速くさせていた。
その後、皆で別棟の一室に移動して、春陽の男巫女姿のままの笛合わせと言う名の吹笛が始まろうとしていた。
だが、こう言う時優は、自分の前世春陽と自分の違いを思い知り、もう少しスポーツでもアートでもいいから何かしておけば良かったといつも後悔するのだ。
自分が学校以外で子供の頃にしていた事と言えば、友達が通っているからと言うだけの理由で週4塾に行ってた位で、唯一得意な水泳も、夏休みの特別教室に一期通っただけだ。
それに、何をするにも春陽は、礼儀作法の所作がちゃんとしていて
、がさつな自分と余りに違い過ぎているのも感じてしまう。
そこでふと、優が江戸時代に居た時、寝姿だけで無く食べ方、他にも散々観月にはだらしない!と叱責されたのを思い出す。
だからもし春陽の方が生まれ変わりの観月の主だったら、きっと文句など無かったんだろうなと思ってしまう。
(でも、令和の高校生なんてみんなこんなモンなんですよ!観月さん!)
今は自分の傍に居ない、今はこの戦国の空の下何処に居るか分からない、その小うるさい超絶美しい男に向かい拗ねた様に文句を呟くと、虚しくなって溜息が出た。
やがて、流れる様に静かに笛が始まった。
後に荒清神社の御祭神になる青龍と、後にその伴侶となる青年が一度訳あって別れなければならなくなった時、青年が青龍に対して吹いて贈ったという悲笛の曲。
そこには、又会いたい…必ず会いたい…と言う、青年の切なる願いが込められている。
春陽は、特に小さい頃からこれが得意だった。
だがこれは、あくまで御祭神に奉納する為だけに男巫女は奏でなければならなかった。
しかし今日だけ、今日だけはと、もう一人にも捧げさせて欲しいと
、荒ぶる神に心の中で許しを乞う
。
(今日は、御神様と、貴継…お前の為に、私は吹くよ…この、別れの曲を…)
どこまでも限り無く美しい、けれど悲哀に彩られた音色が、人々が身動ぎもしない静寂の中に響き渡る。
ある者はそれを聞き、深く目を閉じ…ある者は、涙が頬を伝っていたが…朝霧は、ただただ、一途に春陽だけを見詰めていた。
突き立てる様な朝霧の視線が、春陽は痛かった。
そしてそれ故に返って朝霧を見る事が出来なかった。
ただ、誰を見るとも無く、ただ真っ直ぐ前だけを向き吹き続ける。
きっと朝霧と目を合わせたら、心が散り散りに乱れてしまうから…
思い出すのは、幼い頃から常に…常に共にあった朝霧との数え切れない思い出。
毎年毎年、春には野山を一緒に駆け回り…
夏には一緒に川で泳ぎ…
秋には一緒に栗を拾い…
冬は一緒に雪合戦して、その後のんびり囲炉裏で母の焼いてくれた餅を頬張り、同じ布団で二人で体を温め合って昼寝した。
長男でありながら父の実子で無い故に荒清神社の跡取りでも無い春陽は、家族や周囲の人々は優しかったが、幼いながら自分の存在にいつも引け目を感じていた。
(貴継…お前は、そんな私をいつも、いつも…見詰めて寄り添ってくれていた…)
ずっとずっとずっと…こんな日々が永遠に、永遠に続くと、ほんのつい最近まで勝手に思い込んでいたのだ…
そう、突然、朝霧が大名の姫君と婚約し、婿入りすると決まったつい数ヶ月前まで…
どうしてそう思っていたのか?今となってはとても浅はかだ…
多くの人々がそうである様に春陽とて例外で無く、穏やかで安らかな日々は刹那に過ぎ去り、その時は意識すらしなかったが、決して当たり前でも永久でも無かったのだ…
そう…自分で自分が子供だったと…苦々しく思う。
(貴継…)
(私は、お前と過ごした日々、とても、とても幸せだったよ…)
(でも…でも…)
(私は、再びお前に会う事が叶うだろうか?)
(貴継…)
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