殉剣の焔

みゃー

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乖離

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自分が戦国時代に飛ばされなくても、何処かで春陽さんと定吉さんは出会っていたはずだ…


でも、今こうなってしまっているのは明らかに自分が定吉さんの名前を呼んでしまった所為で、もしかしたら歴史が変わってしまっているかもしれない…


そんな罪の予感に苛まれながら、
仮にも自分の前世であり武士でもある春陽の中にいながらも優は、正直斬った斬られたの世界に辟易していた。


出来るならあの平和な、刀剣など必要無い、令和の東京での普通の高校生に戻りたかった。


こんな風に、定吉と対峙しなければならないなら…


吹いてくる、春の生暖かい風が、
夜闇と共に身体に纏わりつくようだ。


近くの長屋から騒ぎに気付き町人が数人、手燭を手に春陽達を眺めていたが、誰も武者同士に見える二人の面倒そうないざこざにわざわざ介入する者など居ない。


「お前など知らないし、違うものは…違う!」


春陽もそうキッパリ言い切ると、勢い良く刀を抜いた。


途端、この時代の定吉もガタイが大きいが、電光石火、野獣の様に素早く春陽に向かって来た。


優から見たら未だにあの優しい優しい定吉が…と信じられず、無力にその迫力に竦み上がるしか無かった。


灯りは近くの地面に置いた洋燈だけなのに、今の春陽と違い夜目は効かないはずなのに定吉は、暗闇でも手慣れた風で刀を操り振り下ろす。


しかも二人には、まともにぶつかるには体格差が有り過ぎる。


それを考えてか春陽は、定吉の刃をただヒョイヒョイヒョイと軽く
、前を向いたまま右へ左へ後ろへ何度も避け続ける。


「逃げてばかりで、その剣はなまくらか?!」


ニッと笑い、定吉が一度動きを止める。


だが春陽は、真顔のままじっとそのせせら笑いを見詰めるだけだ。


「どうした?えっ?かかってこいよ!美しいお姫様!」


煽りを吐き定吉の攻撃は再び繰り出されるが、それでもやはり避けられて、暫くの間縦横無尽に舞うかの様に逃げ回わられる。


「もらった!」


散々追いかけ回してやっとと言う顔で定吉が叫ぶと、春陽の左肩を捕えかけた白刃がかすめもしなかった。


そして…


定吉の眼前から春陽が消えた。


しかし、ふと橋の高欄を見ると暗がりの中春陽が、腕を組みそこに立っていた。


春陽は、悠然として定吉を見下ろしている風だったが、実の所はかなり動揺していて、目の前の男に悟られぬ様隠していた。


これでは、増々淫魔だと疑われてしまう!


ちょっと後ろへ下がっただけのつもりのはずだったのに、自分でも信じられない跳躍力が出て、こんなに高く飛べたなんて事は生まれて初めてで、明らかに身体の異様な変化を感じて、どんどん普通の人間で無くなっていく様でならない。


「面白い…」


定吉が愉快そうな声を出し、暗闇の中神経を集中して、春陽がどう反撃してくるか予測した。


空気の揺らぎを感じ、春陽が飛んで自分に上から斬りつけると踏む



だが、春陽は一度飛ぶと見せかけ
素早く橋に降り、定吉の足元を払い巨体を倒すとその身体の上に乗り、首元に冷静な双眼で刀を近づけた。


後はそのまま肉を断つ、ただそれだけで良かった。


勝敗は、瞬く間に決まったかの様だった。


しかし、暫く経っても、何故かその体勢のまま刻が経つ。



「くっ…何をしてる…ひと思いにやれ!」


定吉が呻く。


「止めてくれ!殺さないでくれ!頼む!頼むから!」


「止めてくれ!!!」


優は、必死で叫ぶ。


こんな時こそ声が届いて欲しいのに、今、自分が共存する身体にも関わらず、だかやはり春陽には届かない。


それでも首元の刃は、何故か突然すっとそこから外された。


そして、普通の人間なら暗闇で見えないだろうが、今の春陽は、定吉の目の奥を覗き込んでふぅっと小さく溜息を着いて呟いた。


「何故、私に手加減する?何故、わざと負ける?きっと、お前の本当の腕前は、こんなモノではないのだろう?さっきも、もらったと言いながら、結局躊躇いわざと私から刃を逸しただろう?」


定吉は、眉を顰めて黙ったまま動かない。


「お前、言ってる事と剣撃が合ってないぞ。それに、本気で斬ってこない奴は…いつ死んでも構わないと……今のお前の様に投げやりになっているような目をした奴は殺さない…」


そう言い春陽は、あっさり刀を鞘にしまい、乗っかっている小袖越しでも分かる筋肉隆々の胸から降りようとした。


すると、遠くから朝霧の叫ぶ声がした。


「ハル!!!ハル!!!」


全身から殺気を放ち提灯を放り投げ、朝霧が剣を抜いて走って来る



春陽は、一切抵抗しない定吉の巨躯からやっと降りた。


「もう、いい!いいんだ…」


春陽は朝霧の胸を押して、定吉に襲いかかろうとするのを止めた。


「何がいいんだ!ハル!」


「行くぞ…貴継」


「ハル!!!」


そして、興奮し納得していない表情の朝霧の腕を引き、春陽が定吉から遠ざかる。


本当に、定吉がわざと手加減していたのかどうか?数日前までただの高校生だった優には分からなかったが…


定吉さん!定吉さん!俺だよ!


優は、叫びたいのをぐっと堪えた



一歩、二歩…


しかし、数歩してふっと春陽は、振り返らず一度足を止め背後に言った。


「酒を飲むのはいいが…余り…飲み過ぎるな…」


てっきり、本当に名も知らぬガラの悪いならず者然とした男にいいがかりをつけられたのは、男の昼の深酒の酔いの所為だと思っていた。


洋燈の仄かな光に浮かぶ春陽の去って行く後ろ姿を、定吉は、上半身だけ起き上がらせただただじっと見詰めていた。


宿に帰り着く前に、同じく春陽を必死で捜していた春頼とも合流した。


だが、帰路、何かをずっと考え込んだまま何をどんなに聞いても一言も何も答えない春陽に対して朝霧は、昼間の事も有り遂に抑えていた感情が吹き上げた。


朝霧は、部屋に着いた途端右手を上げて、その春陽の頬を思い切り打ってしまった。


パンっと部屋に何かが破裂した様な、目が覚める様な大きな音が響いた。




























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