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マリア菩薩
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定吉は、化け物から受けた酷いケガを負い布団の中で横たわる。
そして、激しい汗をかきながら夢とうつつを行ったり来たりしていた。
そんな中、定吉は思う。
(誰だろう?…)
気の所為か、さっきからずっと誰かが自分の汗を拭いてくれながら、自分の手を握ってくれている様な気がする。
そしてなんだかそうされている
と、ギシギシとした身体中の痛みが楽になる。
(おかか様か?…)
こんな風に…
本当に優しくしてくれるのは、小さい頃に別れた母しか思い当たらない…
そうしている内、定吉は…
春陽を追って町から出て来て、ふと気まぐれで立ち寄った春陽の村近くの小さい寺での出来事を夢の中で回想していた。
普段なら寺など寄り付く事などなかったのに、境内の徒桜が余りに美しくて、引き寄せられる様に入ってしまった。
境内は小さい上、こんな所にあるにしてはきちっと整えられてる。
こんなご時世だ。
大小、様々な寺社は今や打ち捨てられたりして無人な所も多い。
そして、中に奉られていた神、仏も何処かへ消えてしまったなど日常茶飯事だ。
定吉は、ひとしきり花の華麗さを見上げた桜人になった後、ふと横にある本堂が気になった。
入った途端、外気と違うヒヤリとした清冽な空気が肌に触れ、ただ
、ただひたすら広がる暗がりを前に進むと、眼前に小さな蝋燭の灯りが見えた。
それは小さく、か細く、突如襲う風に揺れ、今にも消えそうな儚げな…
けれど消えそうになると、ジリジリと音を立て、又燃えようとす
る。
ふと、顔を上げると、そこにぼんやりとそれに照らされて御仏の姿があった。
凛とした唇は、今にもこちらに向かい何かとても言いたそうに少しだけ開き…
スっと通った鼻筋は、その意志を現しているかのようで…
細められたその涼やかな瞳は、包み込む様に優しく微笑んでいる中に、強い信念の様なものが見える。
何処かで似た人物を見たと思い、それが誰か…あの男だと思い出した瞬間、定吉の身体が固まった。
その誰かを想いながら、見上げたまま長い間動けないでいると、背後に気配がした。
「そなた、余りこの辺りでは見掛けぬ顔じゃな…」
白い着物を着た老僧が、穏やかに声を掛けて来た。
大抵の人間はこう言う所へ定吉が来ると、身体が大きくガラの悪い
顔を見て盗賊か何か悪人を見る顔をするのに。
そしてその横に、農民らしき男もいた。
定吉は振り返り少し二人の顔を見たただけで、愛想も無くサッとその横を通り立ち去ろうとしてすれ違う。
「この御仏様は、マリア菩薩様と申されて、前からは見えぬがお背中にバテレンの十字架を背負っておられる。以前、熱心な仏教徒の家の息子がバテレンの神マリア様の像を見て心奪われ、家中の者にバレぬ様、菩薩様にマリア様を重ねさせ仏師に彫らせ秘かに隠して拝んでいたが、夢枕に菩薩様がお立ちになり、二つの立場で苦しむ心を許すゆえ、寺に納める様にとそれは寛大に申されたとか…」
老僧は像を見上げ手を合わすと、ニコニコとして言った。
定吉はすれ違ってすぐ、出口の方を向いたまま立ち止まっていた。
「その男は、マリア様に狂った様に恋をしてたって聞いた事がありますよ」
横の男も楽し気に話しに入る。
黙ってそれらを聞いていた定吉
は、振り返り再び像を見て静かに呟く。
「仮に、その男がマリア様とやらに狂っていたとしても、それは恋なんてもんじゃねぇだろうよ…」
「え!なんでですか?」
男のキョトンとした声が返ってきた。
「もし、自分が狂った相手が自分にとって神なら、それは恋なんてちっぽけな邪心なんかで収まるはずは無いからな…」
そう言うと再び前を向き、定吉は静かに立ち去った。
寺での回想の夢は、そこで終わった。
そして、激しい汗をかきながら夢とうつつを行ったり来たりしていた。
そんな中、定吉は思う。
(誰だろう?…)
気の所為か、さっきからずっと誰かが自分の汗を拭いてくれながら、自分の手を握ってくれている様な気がする。
そしてなんだかそうされている
と、ギシギシとした身体中の痛みが楽になる。
(おかか様か?…)
こんな風に…
本当に優しくしてくれるのは、小さい頃に別れた母しか思い当たらない…
そうしている内、定吉は…
春陽を追って町から出て来て、ふと気まぐれで立ち寄った春陽の村近くの小さい寺での出来事を夢の中で回想していた。
普段なら寺など寄り付く事などなかったのに、境内の徒桜が余りに美しくて、引き寄せられる様に入ってしまった。
境内は小さい上、こんな所にあるにしてはきちっと整えられてる。
こんなご時世だ。
大小、様々な寺社は今や打ち捨てられたりして無人な所も多い。
そして、中に奉られていた神、仏も何処かへ消えてしまったなど日常茶飯事だ。
定吉は、ひとしきり花の華麗さを見上げた桜人になった後、ふと横にある本堂が気になった。
入った途端、外気と違うヒヤリとした清冽な空気が肌に触れ、ただ
、ただひたすら広がる暗がりを前に進むと、眼前に小さな蝋燭の灯りが見えた。
それは小さく、か細く、突如襲う風に揺れ、今にも消えそうな儚げな…
けれど消えそうになると、ジリジリと音を立て、又燃えようとす
る。
ふと、顔を上げると、そこにぼんやりとそれに照らされて御仏の姿があった。
凛とした唇は、今にもこちらに向かい何かとても言いたそうに少しだけ開き…
スっと通った鼻筋は、その意志を現しているかのようで…
細められたその涼やかな瞳は、包み込む様に優しく微笑んでいる中に、強い信念の様なものが見える。
何処かで似た人物を見たと思い、それが誰か…あの男だと思い出した瞬間、定吉の身体が固まった。
その誰かを想いながら、見上げたまま長い間動けないでいると、背後に気配がした。
「そなた、余りこの辺りでは見掛けぬ顔じゃな…」
白い着物を着た老僧が、穏やかに声を掛けて来た。
大抵の人間はこう言う所へ定吉が来ると、身体が大きくガラの悪い
顔を見て盗賊か何か悪人を見る顔をするのに。
そしてその横に、農民らしき男もいた。
定吉は振り返り少し二人の顔を見たただけで、愛想も無くサッとその横を通り立ち去ろうとしてすれ違う。
「この御仏様は、マリア菩薩様と申されて、前からは見えぬがお背中にバテレンの十字架を背負っておられる。以前、熱心な仏教徒の家の息子がバテレンの神マリア様の像を見て心奪われ、家中の者にバレぬ様、菩薩様にマリア様を重ねさせ仏師に彫らせ秘かに隠して拝んでいたが、夢枕に菩薩様がお立ちになり、二つの立場で苦しむ心を許すゆえ、寺に納める様にとそれは寛大に申されたとか…」
老僧は像を見上げ手を合わすと、ニコニコとして言った。
定吉はすれ違ってすぐ、出口の方を向いたまま立ち止まっていた。
「その男は、マリア様に狂った様に恋をしてたって聞いた事がありますよ」
横の男も楽し気に話しに入る。
黙ってそれらを聞いていた定吉
は、振り返り再び像を見て静かに呟く。
「仮に、その男がマリア様とやらに狂っていたとしても、それは恋なんてもんじゃねぇだろうよ…」
「え!なんでですか?」
男のキョトンとした声が返ってきた。
「もし、自分が狂った相手が自分にとって神なら、それは恋なんてちっぽけな邪心なんかで収まるはずは無いからな…」
そう言うと再び前を向き、定吉は静かに立ち去った。
寺での回想の夢は、そこで終わった。
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