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獣道
しおりを挟む定吉は、禍々しい黒い肉の塊の化け物の持つ、赤く血走った大きな一つ目と目が合った。
「なっ?!」
おぞましい姿に、定吉程の逞しい男ですらゾクリとした。
「あいつは、俺が目当てなんで
す!貴方は逃げて下さい!」
突然、優は叫び岩から降り、一つ目のいる方と逆の獣道に入って走り出した。
一つ目を、優自身に引き寄せる為だ。
「馬鹿!くそっ!」
定吉が叫び、優の後を追いかけようとした。
すると、一つ目も強烈に風を切
り、定吉を完全無視し飛び去り、優の後を行った。
所が、定吉の足が、ピタリと止まる…
(放っときゃいい…俺には、全く関係無い事…今は、あいつより…俺
の、自分の命だ…)
定吉は、自分の両手に拳を強く握り締めそう自分に言い聞かせ、更に続ける。
(今まで通り、全ては自分に損か得か、ただそれだけで判断しろ!でねぇと…生き残れねぇと…俺は、嫌という程思い知ってんだろ!)
そう、もう一人の自分は忠告してくる。
だが、定吉の心の臟は、優を思い浮かべて苦しいほどに乱れ狂う。
優は、走った。
歯を食いしばり…
草木を掻き分け…
今、出せる全力で。
少しでも、少しでも…定吉から一つ目を引き離したかったから…
けれど…
もう疲れで、足は棒のようだった…
そして…
もっと早く走れると思ったのに…
淫魔の力で変に体力の上がる時もあるのに、完全に覚醒していない所為か、体質が安定してなくて今に限って力が出ない。
その内…
ぬかるみと草木に阻まれ、優はドロドロになりフラフラで、ごく小さい石につまずきコケてしまう。
折角さっき定吉が顔を拭いてくれたのに、又顔から体中泥だらけになってしまい、無様に泥中に這いつくばる。
「くっそー…足、少し捻った…」
右足首に痛みが走り、思わず呟いた口の中にも泥が入り吐き出す。
(何で?…何で?…何で?…俺がこんな目ばかり合わないといけな
い?…)
理不尽が続き優は、手元に生えていた草を弱々しく両手で握り締めた。
思い出すのは、令和の東京での穏やかで平和な毎日。
もう足も心も、今、体にまとわりついている泥のように重い。
とても、とても…疲れた…
足が、もう動かない…
「フフッ…ハハハ…アハハハ…」
幻聴か?
遠くから、藍が冷ややかに嘲笑う声もする。
優は、ゆっくりと瞼を閉じる。
そして…
「朝…霧…さん」
優は無意識にその名を呟き、静かに一つ大きな息を吐き、泥の中に沈んだまま身動きを一切止めた。
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