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竹筒
しおりを挟む(俺も、耳はいいが…こいつ…よ
く…こんな声が聞こえたな…淫魔の特性か?…)
定吉が、そう優の事を思いなが
ら、その優を背後に護るように小さな呻き声を辿る。
うっそうとした木々と、それらに絡まる葉と、腰まで生えた草の獣道を、しばらく慎重に行く。
すると、少し開けた崖下に…
大量の土砂や木に埋もれた、うつ伏せの状態の男らしき顔と方腕だけが出ていた。
声は、そこからしている。
昨夜の大雨であちこち崖崩れが起きていたが、ここでも起きてい
た。
「あっ!!!」
優が叫んだ。
そして、すぐ脳裏に浮かんだの
は、朝霧と春頼の顔。
もし、春陽を探し二人が災害に巻き込まれたならと思うと、ぐっと息が止まりそうになった。
(朝霧さん!春頼さん!)
そして、再び優に蘇る、定吉と落ちる時の朝霧の春陽の名を叫ぶ
声。
優はその朝霧の声に更に、胸がこれ以上無い程締め付けられる。
優が顔面蒼白でばっと走り出す
と、又定吉がその腕を掴んで止めた。
「待て!放っとけ!もう…どうせ助からねぇ…今は、俺達が一刻も早く先を行くのが先決だ!」
定吉の声は、優が驚く程冷静だ…
「え!?」
優が、眉間を寄せて定吉を見た
後、埋まっている男を見た。
よく見ると、男から大量の血が流れ出て、元々赤茶けた土に染みて分かりにくく一体化していた。
それでも優は、珍しく怒りの表情を定吉に向け定吉の腕を大きく振り払い、男の元に駆け寄る。
「ひ…酷い…」
優は、目を背けたくなるのを堪
え、男をよく見た。
朝霧でも、春頼でも無くて一瞬安心したが、だからと言って放っていい訳では無い。
それに、血だけでは無い…
遠くからだと泥だと思っていた
が、実際は髪は焼け焦げ、顔も腕も所々火傷し煤で黒くなっていた。
ただ、土砂崩れに巻き込まれただけで、こんな風にはならない。
すると…
「み…み…」
人の気配に、男が必死に瞼を開けて呟いた。
「み?なっ、何んですか?」
泥と煤、そして、血の匂いにむせそうになりながら優は、地に両膝を付け、その声に懸命に耳を傾ける。
定吉はすぐ横で、逞しい腕を組み仁王立ちし、ただ冷静な視線で優達を眺めていた。
「み…水…最後に…た…のむ…水が…飲みたい…」
男が震えながら、優に懸命に方腕を伸ばした。
優はそれを聞き、すぐ立ち上がり定吉を見て、定吉の腰にぶら下げていた水の入った大きな竹筒をさっと取った。
「なっ、何すんだ!もう無駄だっつてんだろ!無駄な事すっと、こっちが命取りになんだよ!わかんねぇのか?」
定吉が驚き叫んだ。
優は激しくムッとしながら、もういいっ!といった感じで無言で竹筒を定吉に押し返し、近くに生えていた大きな丸みのある葉をちぎった。
「待ってて下さい。すぐ水持って来ますから…」
静かに男に告げ、優は、自らもかなり疲弊していたが葉を持って、少し離れた川に全力で走った。
「あっ!おいっ!」
定吉は優を止めようと腕を前に出したが引っ込め、土中の男を見下ろし溜め息をついた。
すぐに優は葉に水を入れ、幾分こぼれたが慎重に運んで来て、男の顔をゆっくり動かし葉から水を与えた。
もうボロボロなのに、やはり本能なのか、男は凄い勢いでそれを飲み干した。
しかし、まだ欲しいようだ。
優はその姿に少し安堵して、又水を汲みに行こうとした。
すると…
「ほらよ…」
溜め息混じりに呟き、定吉が竹筒を優の前に差し出した。
優は、一瞬驚いたがすぐ受け取
り、今度こそ十分飲ませてやる事が出来た。
「す…すなない…あんた…達も早く逃げ…ないと…いけないのに…」
ほぉっ…と、落ち着いたような深い息を付いた後…
男が何か酷く混乱しているような口調で、訳が分からない事を切れ切れに言った。
「逃げる?何から?」
優は、又地に両膝を付き、酷く困惑しながら労るように尋ねた。
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