殉剣の焔

みゃー

文字の大きさ
上 下
66 / 176

不明瞭

しおりを挟む
それでも定吉は、何が…自分の春陽への殺意を揺るがせているのか分からないままだ。

しかし、自分も川岸の石に腰掛け食事をとりながらどんなに考えても、その答えは一行に出ない…

ただ、まだ諦めた訳で無いと…自分を再び鼓舞した後、優に視線を向けた。

更に、定吉は不思議だった。

実際…

町からずっと春陽から目を離さず付けて来て、村でもずっと物陰から春陽を観察していたが…

今、目の前にいる春陽は、顔や体付きは似ているが、所作や雰囲気が今まで見てきた春陽と違う。

今の春陽は、ガサツだしそのくせやたらのんびりしていて背筋もしゃんとしておらず、良家の武士の子息らしい佇まいが全くと言うほど無かった。

(でも…確かに一緒に崖下に落ちたのはあの観月春陽だったはずなのに…)

(そんな事は無いと思うが…)

定吉はまるであの瞬間に、今目の前にいる男と春陽が入れ替わったようにさえ感じてしまう…

まさか、春陽は頭を打ってこうなったのでは無いかとも、チラリと脳裏をよぎったりもする。

それに春陽が、何故定吉がここにいるのか、もっともっと警戒して聞いてこないのも疑問だった。

だがそれをいい事に定吉は、自分が春陽の身分を知らない体に偽装し、獣のように魚に噛みついた後尋ねた。

「お前、この辺に住んでいるのか?」

優は不意の問いに、まだおにぎりを子リスの様に頬張りながらドキっとする。

「あっ!えっ!あっ…ああ……」

優が定吉から目を逸し、敬語になりそうなのを堪えボソッと言う
と、定吉は意味有り気に優をジっと見た。

「なら…お前、この辺りがどの辺か知ってんだろ?」

(ヤバ!何一つ分からないんだよ
俺は!)

(ヤバ!…春陽さんなら知ってるかもだけど…)

優は、そう思いながら固まる。

「さぁ…分からない…」

「分からない?お前、この辺に住んでるんだろ?」

「住んではいるが…この辺りまで来た事が無い…」

優は、必死で誤魔化し春陽になりきろうとする。

「ふーん…なら…これからどうするかだな…」

定吉が、怖い位真剣な目で優を見詰めてくる。

(こんな所で悠長におにぎりを食べてる場合じゃ無かった)

朝霧や春頼がどんなに捜しているかと、優は自分の立場を思い出
す。

脳裏に蘇る、崖を落ちた時の朝霧の叫び…

再び、サーッと血の気が引いていく。

「俺、ここに残ります。ここにいたら、きっと誰か捜しに来てくれると思うので…」

もう優は、タメ口を止める。

もう、どうやっても素の自分が出て挙動不審になる。

それに定吉が年上なのは明らかだし、命を救われた身の上。

途中から敬語になったとしてもおかしくないと思った。

そして後は、優に体を乗っとられても春陽の意識があるかどうかは分からないが…

再び元に戻った時何かあれば、春陽自身に上手くこの時の事を誤魔化してもらうしかない。

「さぁ…そりゃ…どうかな?それより、この川沿いに下って行けば、一番近い村に帰る事ができるかもしれねえぞ…」

膝の上…

右腕で頬杖を付きながら、すぐ横の川を見ながら定吉が提案した。

しかし、定吉の言うこの川を下っても、村には決して着きはしな
い。

すぐ近くにある、もう一つの川を下らないといけないのだ。

無論定吉は、それを知っている。

そして、わざと優を罠に嵌め、何処かへ誘導するつもりだった。

「え?」

「一昨日、この辺りの地図を見たが、多分、そうだったと思うぜ。俺が一緒に連れて行ってやる…」

「え?!」

優は、信じるべきか、信じて付いて行って良いものか酷く悩む。

(村とは、荒清村の事なのか?)

江戸時代の定吉なら安心して付いて行けるのだろうが、今の定吉は今一つ掴み所がない。

しかし…

優は定吉に付いて川沿いの山道を下る事にした。

だがその前に、食い散らかしたまま、ゴミはそのまま、皿一つ洗おうとしなで行こうとする定吉を諌めなければならなかった。

きっとこの後も、又誰かが鍋や皿を必要とするだろうから。

そして…

今の定吉には言えないが、それは優の時間稼ぎでもあった。

もしかしたら、朝霧と春頼が来てくれるかも知れない。

しかし結局、定吉は後片付けをする気を全く見せないので、優が一人で始めた。

最初は、川岸に座り素知らぬ顔で遠くの景色を眺めていた定吉だった。

しかし、ぎこちなく洗い物をする優を見て、すぐ舌打ちして隣にやって来た。

そして、黙って優を手伝い出し、あっという間に鍋や皿をキレイにして小屋に戻す事が出来た。

深春の、晴れ上がった雨上がりの朝の空気が清々しい。

しかし、出発し歩き出したはいいが…

草履でも昨夜の雨で川沿いの岩は滑り、道はぬかるみ足を取られ
る。

優は、巨体なのに動きの素早い定吉と違い思う様に前に進めない。

(やっぱ、もう少しスポーツをしとけば良かった…)

優が内心悔やんでいたら、大岩から又滑りそうになった。

だが、そこにさっと入ったのは、すでに岩の下にいた定吉だった。

定吉は、優の精神の入っている春陽の体をガッチリ抱き止めた。

優の方も、咄嗟に定吉の背中に腕を回し抱きついた。

どれ位だったろうか?

優も、更に定吉も、何故かそのままの体勢でじっとフリーズしてしまった。

その後やっと暫くして、ぽつっと声を出したのは、優の方だった。

「あっ…ありがとうございます…」

すると、ボソボソと定吉が素っ気なく返した。

「気をつけろ…」

だがその後…

その冷たい返事にもか関わらず定吉は、こけそうになる優に何度も何度も…頻繁に、ただ無言で手を差し延べて助けた。

そう…まるで、姫を護る騎士さながらに…

それに戸惑い不思議に思いながらも、優はそのつど定吉の大きい手を素直に握り援助を受ける。

どれ位歩いたか?

優はふと、人の呻き声の様なものを感じ、足を止めた。

「どうした?」

定吉には聞こえないのか、怪訝そうに優を振り返る。

優は、眉根を寄せた。

「誰か、声がする…苦しそうな…」

定吉は耳を澄ますが、聞こえな
い。

「そんなのしねぇぞ」

「よく聞いて下さい!絶対聞こえる!」

怪訝にしながら定吉が、暫く又耳を澄ませてみた。

「んん…あっちか?小さいが、何か聞こえるな」

定吉がそう言うと、急に優が茂みの奥へ入って行こうとするので、定吉が優の腕を掴んで止めた。

「おい!待て!お前は、俺の後ろにいろ!何がいるか分からない…いいな…一人で何処かへ行くな!俺の傍にいろ!」



 




































しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...