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冥き山
しおりを挟む春陽は夜目が効く為灯りも持た
ず、近寄り難い程の漆黒の山中に入った。
しかし、賊と、それを追った春頼達がどちらへ行ったか判断出来ない。
ただの感を頼りに奥へ急いで進む
と春陽の耳元で姿は無いが、まだ大人になり切っていない美しい男の声がした。
春陽は聞き覚えは一切無いのに、尊大なモノ言いが何故か耳馴染みが良くて安心する。
そして、見えないのに、一瞬何者かに後ろから優しく抱き締められた感触を感じた…
「春陽!お前は屋敷に戻れ!小娘なら、必ず私が連れ戻してや
る!」
「誰だ!お前は?」
春陽が先を急ぎながら冷静に問いかけると、フフっと春陽の耳に笑ったくすぐったい息がかかり、体がゾクゾクゾクっとした。
「誰?私は、お前の…決して離れられない影。お前の味方だ。春陽、屋敷へ戻り大人しくしてろ!」
春陽には覚えが無くても、春陽の中に閉じ込められている優にはあった。
「小寿郎!小寿郎!」
優は呼んだが、式神の契約がまだなので全く届かない。
「いきなり出て来て味方ですって言われて、ハイそうですかと私に屋敷に戻れと?」
息を切らせながら、ひたすら前へ進む春陽が言う。
「いきなり?いきなりでは無いのだがな…」
突然、ブワッと風が舞いあがり、春陽は、右腕を顔の前にし驚きながら目を閉じた。
すぐさまそれが止み、再び瞼を上げる。
するとすぐ目の前に、白いふさふさした長毛の美しい、長牙が見るからに凶暴な、巨大で白虎のような獣がいた。
「こっちのハルも仕方の無い奴だな…背中に乗れ!小娘の所に行ってやる!」
そう呆れたように言う獣は、この漆黒の闇でも金の瞳の光彩がキラキラ輝いて見える。
突然巨大な獣が目前に現れたら、
春陽自身、本当ならもっと驚いてもいいはずなのに、雪菜の心配があるからか何故かとても冷静だった。
だが、こっちのハルも…とは、一体誰と比較しているのか不明だし、どこか猫の小寿郎に似ていてどうしても悪いモノに感じなかったが春陽が迷うと、背後から朝霧の呼ぶ声が耳に届いた。
「ハル!ハル!ハルー!!!」
その朝霧の叫びから、どんなに必死になって探しているのか分か
る。
春陽の心に、その声がまるで朝霧の真っ赤な血のように沁みこんできて震えそうになる。
そして、更にさっき朝霧の唇を受けた手の平も焼けるように熱くなる。
だがそれは、春陽だけでなく、優も同じ感覚を味わっていた。
「朝霧を待つか?」
この獣が、何故春陽の幼馴染みを知ってるのか謎だったが、今はそんな事を聞いている暇が無かっ
た。
(貴継、許せ…お前を巻き込む前に、雪菜を連れ戻す!)
春陽はそう決意すると、おもむろに獣の背中にヒョイっと跨がり毛を優しく撫でて言った。
「行ってくれ!」
「よかろう!しっかり掴まれ。決して私を離すな!」
獣が、にっと笑い走り出した。
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