殉剣の焔

みゃー

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優達が次の行動に移ろうとすると、廊下を西宮が尋女を背負い走って来た。


「良かった…主…主…ご無事で…」


「西宮さん!」


優が近寄ると西宮は、周囲の惨状を見て一度顔をしかめたが、どんなに急ぎ来たのか分かる程の乱れる息を整えながらもニコリと微笑んだ。


「言ったでしょう。貴方との約束だけは、必ず守りますよと」


「良かった。ありがとうございます。西宮さん」


互いに笑みを向け尋女とも無事を喜んでいると、すぐ、定吉も小夜を連れて来た。


小夜はすぐ、優に平謝りしながら千夏を彼から引き取り強く抱き締め、妹の長い髪を何度も優しく撫でてやった。


「大きな音を聞いた時は、貴方にもしもの事があればと、心の臓が止まるかと思いました…」


定吉は、いつもならふざけてじゃれついて抱きついてくるのに、一度優に伸ばしかけた腕を戻し呟いた。


ただ、いつもより声が真剣で低く深い。


日頃、優と一緒にいると下がり気味の目元が、今は表情が引き締まって闘神の様にりりしく見える。


「他の使用人達は、勝手な判断でしたが、至急帰宅するよう申しつけました」


定吉のその報告に、優は彼を笑顔で見上げて礼を言った。


観月の案内で、奥殿の、最も強い結界の張った部屋に優達は入り、朝霧に運ばれた瀬奈もそこで消耗した身体を横たえた。


優が尋女にもう一つの玉を尋ねると、持っていた袋に入れていると中を見せてくれたが、彼女は中から取り出した玉と部屋の大きな卓に観月が置いたもう一つの方を交互によくじっと見て、ヒャッと声を上げた。


「どうした?」


観月が、玉に近寄り次に尋女を見た。


「た、玉に、卓の方の玉の中に歪みが、こんな事、あり得ない!」


いつも冷静な尋女が取り乱す。
だが、能力を持たない者にはそれは視えない。


「どう言う事だ!尋女!」


観月は尋女に詰め寄るが、彼女はかなり混乱していて返事が無い。


「申し訳ございません!春光さん!」


突然、小夜はその場に土下座して、周囲を驚かせた。


「歪みは先程の妹の水晶の物見中に何かあったかもしれません。もしかしたら、その時魔物も引き入れてしまったのかもしれません。もし、そうだとしたら、本当に申し訳ありません、春光さん」


「何?…」


観月の声に、カミソリの刃の様な怒気が混じった。


「何故早く言わない!何の為にお前や他の呪術師を付けていたと思っ…」


小夜に詰め寄る観月の前に、優が飛び出した。


「止めて下さい!まだ、千夏ちゃんはあんな小さいのに、あんな子にやらす方が間違ってる!」


優を見る、観月の目が一際険しく眇められた。


その迫力に、普通の人間なら簡単に圧倒されて負けるだろう。


だが、優は一歩も後ろへ引かず彼の目を見返す。


睨み合いを見かねて朝霧ら他の三人が間に入ろうとすると、観月が表情と裏腹の冷静な、又臣下の口調で話した。


「貴方の為に…貴方の為に、千夏はここへ連れてこられたのですよ…」


又、本当に余計な事を言うと、朝霧、定吉、西宮はキツく観月を睨む。


「なんで?他に居なかったんですか?」


優は、罪の意識で頭を殴られた様に感じながら観月に聞いた。


「他?昔は沢山呪術師はいましたよ。でも、戦国の戦いと殺戮で多くが死んだのです。今生き残っている子孫は数少ない上年老いていて、若く力の有る者は更に稀有です」


「なら、なら、悪いのは俺だ。千夏ちゃんじゃ無い!」


「貴方は…貴方は…」


観月は、時に弟が絡むといつもの自分をすぐ失う。


それがここ数日で分かり、優と観月の言い合いが更に激しくなり続きそうなので、大きな溜息混じりに朝霧が観月を止める。


「観月、兄弟喧嘩は後だ。先にもう一匹始末しないと」


「そんな事、分かってる!」


プイと幼児の様に観月が横を向いた。


朝霧はこんな子供じみた彼を、観月の子供の頃ですら見た事が無かった。


部屋は広く、女性達は奥の方に居てもらい、男五人、入口近くで話しをする。


「確かにもう一体の化け物の気があったはずだ。何処かに潜んでいるのかもしれん。西宮と定吉で奥殿を探し消す。私と朝霧は、主達と玉を護る」


観月がそう言うと優以外の男四人は、互いに顔を見合わせ頷く。


そして、すぐ朝霧が隣りの優の左肩に手を置いた。


「貴方はここで、私達と待っていて下さい」


「でっ、でも!」 


優自身分かっている。


今ここで自分に出来る事は、足手まといにならない事だと。


それでも、悔しい…


自分が刀を使えたなら…


もっと強かったなら…


「貴方が無事でなければ、私達は戦えません…」


朝霧は、優の目を奥深く見て語りかけ肩を強く掴むと、次に西宮と定吉の方を見た。


「頼んだぞ!」


西宮は、余裕の笑みを浮かべ黙って頷いた。


「承知しました!」


そう定吉も頷き、西宮が先頭で部屋を出ようとした時、さっきまで小夜の告白からハラハラしながら優達を見ていた尋女が叫んだ。


「玉が、玉の中の歪みが大きくなってきました!」


尋女が卓の上に置いてあった玉を手に取り見ると、清冽に澄んだ中に、ドロドロと黒い帯状のものが波打ちやがてそれが横に広がろうとしていた。


それは今度は、優や朝霧達にも視えた。


尋女は、必死で呪説しそれを食い止めようとして、拡大する力と拮抗した。


だが…


「たかだか呪術師如きが!」


玉の中から激しく罵る声がした。


優にはすぐ分かった。


「藍!」


バチっと音がして玉が赤黒い小さな火花を発して、尋女は一瞬苦しむ。
 

「尋女さん!」


優の叫びと共に周囲の者は慌てて彼女に近寄ろうとするが、玉から発する障気によって阻止される。


それでも尋女は、気丈に呪説を止めない。


あの銀髪の男は、どれだけ我慢出来るかな?と尋女に対しせせら嗤うと、声だけで姿は見せない。


「ハル。どうにかして荒清に侵入して玉を手に入れようとしたが、小娘のお陰で、わざわざ私が手に入れなくても過去への道が開けたぞ」


「過去への道?どう言う事だ?」


優は、楽し気な藍の声に不吉な予感を感じる。


そしてそれは、朝霧等皆も同じだった。


「フフッ…偶然にしては、まるで誰かが示し合わせたようだ。今日より三日は一万年に一度、時空に過去への道が出来る。玉はそこを探すのに必要だったが、盗むまでも無く玉の歪みと繋がった。私の送った下僕は双子でな、お前達が片割れを始末した前にすでに一匹が過去へ飛んでいる。まぁ、そこの女は命拾いしたが…そう言う事だ、残念だったな、ハル」


藍の言っている事は分かるが、優にはそれが何を意味しているか、余りに恐ろしい事なので想像したく無い。


「過去への道…」


「分からんか?ハル。奴を過去へやった。前世のお前を消す為にな!」


バチバチバチと、今度は更に激しく火花が散り、尋女は気絶しその場に倒れ込み、その手からコロコロと玉が、優、朝霧、観月、定吉、西宮の前に転がって来て、優以外が鞘に手をかけた。


「何なら、追いかけっこでもするか?あの、絶望と血と殺戮の時代で。今は、刺激的な事がなさ過ぎるからな。楽しいかもな?止めてみろ!ハル!」


嬉しそうな藍の言葉と共に、黒い霧の様なものが玉から吹き出した。


「観月。いや…あの時は…西宮だったな…貴様も、あの御方に、又会えるぞ…」


楽しそうな藍の謎の言葉に、何の意味か全く分からない観月が顔を歪め、彼にしては珍しくまるで助けを求めてくるかの様に優の顔を見た。


勿論、優や、そこに居る誰もが、あの御方が誰を意味するのか分からない。


藍の声が、急に低く厳しくなった。


「ハル、貴様は貴様の母共々、都倉一族でありながら、都倉家によって生かされてきた分際で裏切った。裏切り者は血と汚辱に塗れた制裁を受けろ!」


優の耳に、藍の声がこだまする。


「主!」


更に、身体が動かなくなった優の耳に、臣下四人が同時に叫び重なった悲痛な声が聞こえ、エコーしながら遠ざかる。


そして、彼等が苦悶に顔を歪ませながら優に手を伸ばし、側に行こうとする途中次々と意識を失い倒れて行くのをスローモーションの様に見て、自分も意識か無くなると思った時、苦しいはずの朝霧が優の身体を抱いて主の身体が畳に打ち付け無い様に護り、二人一緒に倒れ込み気を失った。


部屋に静寂が戻る。


「は、はっ、春光さん!」


小夜は、慌てて妹を腕に優と朝霧に駆け寄る。


息はある。


それは、他の三人も同じだった。


まだ気絶する尋女を必死に抱き、瀬奈は青ざめ震え上がっていた。


朝霧もこの状況でもまだ、優の身体をひしと抱いて離さないでい
た。








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