3 / 176
想い
しおりを挟む優と朝霧が桜の木の下に居た頃、丁度同時刻、観月は尋女の元を訪れていた。
優が荒清へ来てから、まだ寝たり起きたりを繰り返しているが、彼女の体調が急激に良くなってきている。
本題の打ち合わせを済ませると、布団から上半身起こしていた尋女が、枕元にあった漆塗りの箱から文を取り出した。
「又、ご縁談の話しを頼光様にして欲しいと頼まれましたが、いつもの様にお断りいたしますか?」
「ああ。上手い事、そうしてくれ
…」
表情一つ変えず、観月は即答し
た。
「今回の方は、私も会った事がありますが、それはそれは美しい娘御ですし、気立ても良くて、家柄も申し分な…」
尋女は、観月の白けた表情に、話すのを途中で止めた。
無論、春光すなわち優が帰って来たからには、これから何があるか分からない。
妻を娶った所で、危険に巻き込んでしまうだろう。
だが、事情を全て飲み込んだ上、観月の妻に立派に成れるであろう強い女性は必ずいると尋女は思っている。
そして何よりも、荒清社には、どうしても観月の跡継ぎが必要で、それは早ければ早い方がいい。
尋女が観月に近い立場から、淫魔の件など何も知らない周囲にヤイヤイ言われるのはその為だ。
観月は、かつてこの地を護っていた龍の化身と言われる刀がご神体の荒清社の神事、人事全てをしっかり仕切り、資金繰りも上手く神社の事に熱心なのに、何故肝心の跡継ぎを作ろうとしないのか?
多くの縁談を申込まれ、良家の美女を選び放題なのにと、淫魔の件を知る者も知らぬ者も周囲は不思議がっている。
しかし、尋女は時々観月自身は、荒清神社自体にそれほど執心していないのでは無いかと不安に思う節もあるのだ。
観月は、荒清神社より、別のモノを見ている気がするのだ…
「それより、お前の知り合いに頼んでいた西宮の件、まだ返事は来ないか?」
観月がそう言うと、尋女は小さく溜息を付いた。
「はい。やはり、過去の文献はなかなか見つける事が難しく。しかし、今更、西宮様の前世が神職に近かったからと言って、今生で頼光様を観月家に産まれさせ、産まれる家を交換させたのが西宮様では無いかなどと…あの方は、その様な事をなさる風には見えませぬが…」
観月は、黙ったまま、尋女から斜め下に視線をやった。
「それに、今更それを疑って真実を知ったからとてどうされるおつもりですか?今大事なのは、皆で春光様を御守りする事では?春光様の御刀が今何処にあるのか。それを知るのが一番ですが、何せ、この私の力が衰えている所為で…せめて千夏の力がもっと開眼していれば良かったのですが…」
尋女の嘆息が続く。
「その、千夏だが…」
観月が一度言葉を止め、感情を感じ無い声音で続けた。
「尋女。お前の跡継ぎにと千夏を里から連れて来たが、アレを、小夜と共に里に帰そうと思う」
「は?」
驚愕に、老女の目が大きく開く。
「千夏の能力を見込んで姉妹共々連れて来て二年になるが、どうも私とお前の見込み違いだったようだ。春光も帰た事だし、早く新しい代わりを連れて来なければ…」
今度は、観月が諦めの息を吐い
た。
「頼光様…千夏は、やっと他人に、春光様には慣れてくれそうなのにですか?」
「慣れそうだからだ。今の内に帰さなければ、このままズルズル引き延ばしても、千夏も、春光の、春光の為にもなら無い」
「それは…」
尋女が返答に困惑していると、観月が何かの気配を感じて、小さくしっと人差し指を縦に唇につけると急に立ち上がり、音も無く歩き出すと襖を思いきり開けた。
だが、廊下には誰もいず、静まり返っていた。
おかしい…確かに何か居たはずだが…
観月は、訝しんだ。
観月達の居る所から離れた部屋
で、静かに引き戸が閉まる。
千夏は立ったまま襖を背に、姉の困り果てている顔を何より第一に想像し、更に彼の事を思い出す。
怖くないよ、と言って、笑顔の春光が、自分の手を白く柔らかい毛並みに導いてくれた事を。
自分は、彼の役に立てないから、ここには居られなくなる。
そして、春光に会えなくなるの
だ。
小さな身体が動揺でドキドキとして、胸を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。
4
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる